見出し画像

バブル期の昔語り:高校生の服装と大人への第一歩

年寄りの独り言として聞いて欲しい。

40年近く前、筆者家族は父の転勤でイギリスに行き、そこで三年間を過ごした。

筆者は当時14歳。始めの4か月はロンドンにある日本人が運営する日本人学校に行き、卒業後はインターナショナルスクールに放り込まれた。

14歳と15歳,16歳では、顔の風貌がどんどん変わって行く時期だ。日本人学校に通っていた頃は何もなかったのだが、16歳が近づくにつれて面倒な事が起き始めた。

いわゆる「職務質問」だ。

筆者の通っていた学校は極小サイズのキャンパスが市内に二か所あり、そこをスクールバスで移動しなければならなかった。

筆者はそれが面倒で、学校が終わった後、少し歩いた所にある地下鉄の駅を目指していたところ、警官に捕まっていくつか質問をされた。

ここで何をやってるのか
なぜ一人で歩いているのか
普段は何をやっているのか
この街に住んでいるという証明書はあるのか

ここで何をやってるかと言えば学校の帰りで、運動のために歩いて少し離れた所にある地下鉄の駅に行くところだった。その駅を使えば乗り換えなしで自宅の最寄り駅まで帰れる。

なぜ一人で歩いているかは、自分と同じ地下鉄のラインを使っている人がいないので、自然と一人で歩くことになる。

普段何をしているかと言えば学生だ
これは、学校が支給してくれる学校のロゴ入りのノートを警官に見せて信用してもらった。

この街に住所があるかどうかは、即答できなかった。

当時の筆者が持っていた身分証明書はパスポートのみであり、他に何か
証明になるものなどない。地下鉄の定期を見せても証明にはならなかった。
事務の人が残っているかどうかわからないが、警官に学校に電話をしてもらうことにした。そこの生徒であることと自宅の住所が分かればそれでよかった。

無事釈放された筆者は、夕暮れで暗くなり始めた道を、地下鉄の駅の方へ急いだ。

翌日からはパスポートを持って学校に行くことに決めた。学生証が無い学校なので、自分の身分を証明するものはこれしかない。パスポートは盗まれたら即ブラックマーケットで取引され、誰か知らない人が筆者のパスポートを使ってよその国に入国ができる。

偽造パスポートを作られるなどたまったものではない。筆者は上着のファスナー付きの内ポケットにパスポートを深く押し込み、絶対にすり取られないようにして学校に通った。

そのうち、16歳の誕生日が近づいてきた。

イギリスでは16歳の誕生日を迎えたら、当時は一週間以内に市内の決められた警察署に親の同伴で出頭し、外国人登録書というものを作成してもらう。顔が判別できる写真とパスポートを持ってくるようにとのことだった。

親の仕事の関係で昼間の午後一時か二時くらいに警察署に出頭しなければならなかった。

その時間には授業がある。

おそるおそる先生に事情を話すと、まずは16歳を迎えることを喜んでくださった。

今は分からないが、当時のイギリスでは16歳が大人の入り口となる特別な年齢で、外国人登録をするなどいくつか義務が生じるようになっていた。

先生はその週の授業で、筆者が来週16歳になること。そして外国人登録をするという義務を果たすために授業を休む、という事をクラスの前で話した。

当時の同級生は大半が15歳。外国人登録をするまでまだ間がある子たちがほとんどだった。先生は義務を果たすことの重要さを皆に伝え、「これから少しづつ皆も義務を果たすという事が増えてきます。まずは来週Annaが登録してくるから、その後で興味がある人は話を聞いてみてね」と言った。

外国人登録の日、筆者は父と街中で待ち合わせ、指定された警察署に行った。

なるべく早く行くように言われていたものの、私たちの前にはすでに20家族程が並び、私たちの後ろにも続々と親子が並んでいく。総勢、おそらく100家族ぐらい来ていたと思われる。

手続きは簡単で、パスポートを見せ、自分の名前とイギリスでの住所、出生地を告げ、写真を渡すだけだった。

手渡された登録書は緑とも灰色ともつかない薄暗い色の証明書で、背年月日と住所、それに写真が付いていた。これを見て,やっとパスポート以外のもので身分を証明できるようになった。

道端での職務質問はその後もちょくちょくあり、筆者は外国人証明書と学校のロゴ入りノートやロゴ入りのファイルを見せて乗り切った。

しかし、これだけ何度も職質にあうのもめんどうだった。

知恵を絞って考えたのが、「子供っぽい服装をする」ことだった。
冬にはキャラクターの絵が裏地についているフードの付いた長いコートを。
夏にはディズニーのキャラクターが付いているTシャツを。

年相応のお洒落がめったにできなかったのが残念だったが、職質などと言う面倒に巻き込まれるぐらいなら、どう見ても仕事をしているような年齢に見えない格好をしていればいいのではないかという結論に至った。

学校では子供っぽい服装を笑われたが、職質の話をするとみんな大爆笑をしながら、「それは仕方がないね」と理解を示してくれた。

ディズニーのキャラクターには本当に助けてもらった。

確か犬のキャラクターのついたTシャツを二枚ほど持っていた記憶がある。
これを来ていると、職質に合う事は一切なかった。

ただ、当時流行っていた革ジャンを着て外に出るとてきめんに職質に合うので、これは諦めなければならなかった。

不思議な事に、どうということの無いシャツとカーディガンを着てジーンズをはいているだけでも職質に合う事があった。もしかしたら気が付かないうちに物騒な界隈を歩いていたのかもしれない。

何が起きるか分からない道端で,私を救ってくれたのはTシャツと学校のファイルやノートだった。

今も時々制服を着た高校生を見て羨ましいな,と思う事がある。

学生ならではの象徴の制服。どこの学校に行っているかもすぐ分かるだろうし、何より学生に職質をする警察官などいないだろう。

制服がいやだという意見ももちろん聞いた事がある。
しかし、その制服もある意味面倒な事から身を守る意味もあるだろう。

通勤の時、朝に制服を着た高校生の集団とすれ違う度に、そんな昔の事がふと思い出されることがある。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?