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連載小説 | 島の記憶  第36話 -王と王妃-

一つ前のお話はこちら

集会所から連れ出された私たちは、現在は王と王妃の住む宮殿へと追い立てられた。

元々は神殿だった建物は、今は立派な装飾を施した大きな屋根のある立派な宮殿になっていた。土台部分だけは私の知っているもとの神殿の建物が使われている。

宮殿までの坂道を,私は片足で飛び跳ねながら少しづつ登っていった。

時々タネロレが「大丈夫か!?」と言っているのが聞こえる。私は古語で「大丈夫です!」と伝える。

それを聞いていた男たちは、眉を吊り上げて大声で言った。

「異国の言葉を喋るのか?お前たち本当にこの村と関係があるのか!?」

「今のは古語です。祖先が一緒とはいえ,私たちの言葉はもう変わってしまっている。ただ古語を使えば理解が出来ます」

「証明できるのは?」

「私の叔母のアリアナは古語がわかります」

「信用ならんな」

坂道を上がると、やっともとの神殿の扉まで辿り着くことが出来た。簡素な木の組み合わさった薄い扉だった正面のい入り口は,今やごたごたした飾りの彫りこまれた分厚い板に変わっていた。男たちが恭しく扉を開けた。

「陛下,今朝村に海から忍び込んだ男と女を引っ立ててまいりました」

私は目を上げた。そこには忘れもしない兄のヒロがいた。
しかし,その変わり果てた姿に私は動揺を隠せなかった。

あれだけ丈夫でがっしりとした体つきだった兄はやせ細り,顔もげっそりとやつれている。きちんと食事を取っているんだろうか。

頭には動物の毛皮で作った大きな輪のようなものを乗せ,別の動物の毛皮を身体に巻き付け、手には金色に光る棒のようなものを持っている。

兄は、昔と変わらない太い眉毛と鋭い目つきでこちらを見ると、「座らせろ」と男達に言った。私たちは,王宮の入り口に上から押し倒され、膝立ちになって兄の居る方を見た。

ヒロの横には、小柄でやはり目つきの鋭い女性が座っていた。金色に輝く輪のようなものを頭に乗せ,毛皮を身体に巻き付けている。むき出しになった肩は滑らかで、兄と違って食事をきちんと取っている事だけは用意に想像できた。

「どちらからしゃべらせますか」男たちの一人が尋ねると,兄は「男の方からだ」と言った。

「兄さん,タネロレはこの島の言葉は理解が出来ません。私が兄さんの話を伝えます」

私はヒロに無かって言った。

「どんな言葉だ」

「古語です」

兄は訝し気な目でこちらをつらつらと眺めていたが,そのうちこう言った。

「アリアナを連れてこい。本当に古語で話しているのか確かめたい」

「なぜそんなに疑うんですか?」

「お前のいう事は信用ならないからだ」

「どうして・・・」

「古語を理解できる人間は少ない。俺達の解らない古語を使って、何か悪だくみをされては困るからだ」

アリアナ叔母さんが呼ばれ,タネロレへの質問が始まった。

どこから来たのか
名前は何というのか
家族は
普段は何をしているのか
ティアとどこで合ったのか
どんな関係なのか
島には何の用があって来たのか
島を襲い、何か悪だくみをしているのではないか
ティアに危害を加えたのか

尋問の様な質問が矢継ぎ早に出た。
その間,私は口を出すことを禁じられた。

タネロレは質問に丁寧に答えて行った。

しかし,ヒロは疑ってかかるような表情を崩さなかった。

「ティアがお前の祖母と暮らしていたのは分かった。お前はティアとどんな関係なんだ」

「同じ神殿で働いています」

「何か危害を加えたり、よこしまな事を考えていたりしなかったのか」

「そんなことは考えていません。ティアが歩く練習をするときに手伝った程度です」

「そちらの街からここの村まで来るのに二日かかったと言う。その間に何か起きたのではないか」

「二日間,船の帆を操っていました。何か他の事をする余裕はありませんでした」

ヒロは不審な表情を崩さなかった。

アリアナ叔母さんがそっと言った。

「この村で男性と女性が一緒にいるとどうなるかわかるでしょう?あなたもカイと一緒にいる所を見られただけで噂になった。正直言って、この村の皆がタネロレとあなたは夫婦になったのではないかと言っているのよ」

私は身動きが出来なかった。

タネロレが好きだという事には変わらない。しかし夫婦になったと言うのは行き過ぎた考えだ。第一そんな考えは持ち合わせていない。

アリアナ叔母さんは、どうやら今言ったことをタネロレに伝えた様だ。
するとタネロレは兄の方をまっすぐ見てこう言った。

「こちらでティアの無事を知らせた後,僕たち二人は街へ戻ります。僕もティアも神殿での仕事があるからです。

僕らの街の神殿に勤めるものは、結婚することを認められています。僕は街に戻ってから、こちらの漁師と街の漁師が一緒に寮に出かけたり獲物を分かち合ったり,街にしかない布や野菜をこちらの村に持ってきたりと、街と村の関係を太くしたいと思っています。

それが軌道に乗ったら僕はティアと結婚するつもりです」

私はショックで口がきけなくなった。

巫女が一生神の花嫁として人間の男とは結婚しないという儀式を行った場所で,証人として同棲した兄の目の前で,タネロレは私との結婚を語っている。

そんなことを露も知らないタネロレは、結婚を堂々と語って見せた。

ヒロは素早く立ち上がると,昔からの怒号を私に浴びせてきた。

「ティア,お前もしかしてタネロレともう関係しているんじゃないのか。結婚などと言っているが,本当はもう子供がいたりしてるんじゃないか?え?どうなんだ?」

「私は嘘はついていません。タネロレと関係を持ったことは無いし,結婚についても今タネロレが言ったのを始めて聞きました」

「本当か?嘘をついているんじゃあるまいな」

ヒロの怒号が響き渡る。

「ティア。お前は神の花嫁として、一生神に人生を奉げるんじゃなかったのか?神殿で暮らしていると聞いたが,そっちの神殿は巫女が結婚するなどそんなに堕落しているのか?ここでの誓いは嘘だったのか?

万が一でもお前の言っていることが本当だったとしても、男と二人で二日間も船に二人きりでいるなど,巫女としてはありえない事をしたんだぞ。そんな嘘つきな巫女を誰が信用する?この村ではありえない話だ」

「私が言ったことは本当です」

「ならば巫女に神託をお願いしてみよう」

ヒロはそう言うと,男たちに何かを命じた。

男たちは一礼をして二階に通じる階段を駆け上がっていった。

「神殿は、今はこの王宮の二階にあるのよ」

アリアナ叔母さんがそっと言った。

しばらくすると男たちが一人の女性を連れて戻って来た。

派手な紫の衣を纏い,頭に花輪を被った中年の女性。この人が村の巫女だと言う。

少し暗く濁った赤い光を発しており、禍々しい雰囲気のする人だった。

女性はこちらを見ると、王妃と言葉を交わした。

私は思わず声が漏れそうになった。私たちが居た街の言葉とよく似ている。
タネロレも気が付いたようで、真剣な眼差しで二人を見ていた。

ヒロに言葉が通じないと分かってなのか,二人はこんなやりとりをしていた。

「全く,何だって死んだはずの巫女が戻ってきたりしたんだい」

「知らないわよ。さっさと二人がこの村から戻るようなご神託をのべてよ。うちの人はあんたのご神託なら何でも信じるんだから」

「めんどうだねえ」

「二人の間に子供がいるって疑ってるみたいだから,そんなご神託で十分じゃないの」

それを聞いていたタネロレは立ち上がって二人に叫んだ。

「なんだ,そんないい加減な神託しかできないのか?霊を降ろして言葉を降ろすことすらできないのか?お前,巫女なんて言っているけれど偽物なんじゃないのか?」

タネロレが言うと、王妃と巫女はぎょっとなってこちらを見た。

「あんた,なんで言葉を・・・」

「ああ,よく似ているよ,おれの街の言葉と。あんたたちが何処の出か分からないが、そんないい加減な巫女のいう事は信用ならん。ティア,今こいつらが言っていたことを兄さんに伝えてやって欲しい」

私は、理解できた限りの内容を兄に伝えた。

ヒロは侮蔑を込めた目でこちらを見ると,

「お前のいう事は信用ならんからな」

そう一言いうだけだった。

巫女の神託は,本人と妃が話していた通りの内容で,私とタネロレはすでに結婚していて街に子供がいるというものだった。

兄は軽蔑のこもった眼差しでこちらを見ると,立ち上がってこう言った。

「お前は街で堕落な暮らしをして身を誤ったな。村に戻るつもりがあれば,これまでのきちんとした暮らし方を維持できたはずなのに。それがどうだ。一足外に出てみれば自分のやりたい放題。

結局男との結婚に身を落として子供まで作って。それが巫女のする事か?神の前での誓いはどこへ行った?

そんなふしだらな巫女はこの村には不要だ。もうどこでもお前が好きなところに行けばいい。お前はもう死んだものとする」

兄はそう言うと,三人の男に命じた。

「この二人を船までお送りしろ。二度と戻ることが無いように厳重に浜に見張りを立ててな」

「ヒロ,それはないでしょう!」
アリアナ叔母さんが言った。

「やっと帰ってくることのできたティアをこんな早くに追い返すような真似は,王と言えども許されませんよ。第一おかあさんやおばあちゃんは反対しますよ」

その時,私はアリアナ叔母さんの頭の周りに白い湯気の様なものが取り巻くのを見た。

次の瞬間,叔母さんは意識を失って前のめりに倒れ込んだ。

王妃や巫女からは悲鳴が上がり,一同が騒然となった。

一刻も早く叔母さんを楽な姿勢にさせないと,と私とタネロレは叔母さんの身体を支えて横にした。

病気なのか何なのか。調べるためにかつて審神者をしていたロンゴ叔父さんが呼ばれた。

急いで駆けつけたロンゴ叔父さんは,アリアナ叔母さんの顔を見るとすぐに皆に言った。

「タネーおじいさんから伝言があるようです。聞いてください」

そう言って,アリアナ叔母さんを座らせ,後ろから支えた。

アリアナ叔母さんの顔は変形し,年取った優しそうな男性の顔になっていた。
その人は古語でこう語り始めた。

「一人死ぬ。一人戻る。村はつぶれる。遠くの家族が救いに来る。白い肌の人に気をつけろ」

タネーおじいさんの神託をロンゴ叔父さんが皆に伝える。

「死ぬですって?私はごめんですからね」王妃が言う。

「私だっていやですよ,こんな辺鄙な田舎で死ぬなんて。いつになったら私の町に帰れるのよ。あんたさっさと何とかできないの?」

「白い連中のせいよ。あいつらさえいなければ私達だってこんな田舎の村に来ることなんてなかったのに。金払いだけは良いけど,この村にはその金を使う場所すらないんだから」

「死ぬのはどうせここの村人の誰かよ」

「でも村がつぶれるってどういう事?」

「さあね。でもこんなご神託が出たんだもの,私たちが暇乞いする良い口上にならない?早く町に帰りましょうよ」

王妃と巫女は腰を上げた。王妃は兄に向ってこう告げた。

「酷い神託が下りましたね。騒ぎになるかもしれないから、わたくしと巫女は一時里帰りをしてよろしいでしょうか?」

「だめだ。村の一大事の時に王妃が居なくてどうする」

「でも死ぬものが出ると言っているんですよ?私が命を落としたりしたら,それこそあなたの責任が問われますわ」

ヒロはまずい,という顔をした。

「神託はすぐには現実にはならない。お前も巫女も二階に行っていなさい。俺が良いと言うまでそこにいるんだぞ」

兄の鋭いまなざしに射すくめられた王妃と巫女は,こそこそと二階に上がっていった。

兄はこちらを向き直ると,再度私に怒号を浴びせた。

「先祖の霊が不吉な事を言うのは全部お前のせいだからな。お前さえ帰ってこなければこんな不吉な神託など降りなかったのに。家族と今日一日だけは過ごしていい。ただ,今日一日だけだ。日が暮れる前に船を使って村から出て行け。堕落したものは追放とする」

追放?

正気に戻っていたアリアナ叔母さんが抗議の声を上げた。

「ヒロ,あなたも正気を失っていますよ?言っている事とやっていることがめちゃくちゃなのに気が付かないの?

あんないい加減な巫女の神託も,タネーおじいさんの神託も同じように扱ったりして。

神託どころか,あなたは自分の頭の中で作り上げて勝手に信じ込んだティアのこれまでの生活を堕落していると自分勝手に決めつけている。神託ではなく,生きている人の言葉には耳を傾けないの?」

「俺はもう誰も信じない。今信じられるのは白い連中が落としていく金のつぶだけだ。これがあれば村は安泰。妃も巫女も好きな事をやれば良い。おれはただ貿易が上手く回ってこの村が生活できるようになればそれでいいんだ。巫女もいることだし,ティアには何の用もない」

そう話している兄の姿を見て,私はぞっとした。兄の後ろに黒っぽい煤の様な影がべったりと張り付いていたからだ。

(続く)


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