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連載小説 :旅の芸人達(3):巡業と慰問

眩しい朝日が部屋に差し込み、おれは目を覚ました。

やはり昨日は疲れていたのだろうか。ぐっすり眠ったせいか、身体がしゃきっとしている。そして腹も減っていた。

周りを見渡すと、吉丸(きちまる)も幸(さち)兄さんや龍(りゅう)兄さんもいない。保名(やすな)が大の字になっていびきをかいているだけだった。

寝過ごしたかと思い、大急ぎで表の部屋に行くと、やはり三人ともすでに宮司様を手伝って朝餉の支度をしていた。

「徳二(とくじ)、おはようさん。保名はまだかい?」

龍兄さんが声をかけてくれた。

「まだ寝ています」

「もう朝餉の支度が整うから、たたき起こしてきてくれないか。全くあいつは誰かに起こされないと起きやしないんだから」

吉丸が笑いながら言った。

おれは奥の部屋に戻ると、保名を乱暴に揺り起こした。

「保名、いい加減に起きろ。朝餉だぞ」

あまりにぐっすり寝ていたせいだろうか、保名一瞬自分が何処にいるのか分からないようにぼうっとしていた。

「宮司様や兄さん達が朝餉の支度をしてくださっている。早く来い」

二人で大急ぎで表の部屋に行くと、全員分の膳が用意されていた。せっかく泊めてくださったのに何の手伝いもしないのは完全に俺達の失態だった。

宮司様は俺ら二人を見て笑顔で迎えてくれた。

「おはようございます。さすが若い人は眠りが深いですね。さあ朝餉をどうぞ。質素なものではございますが」

膳の上には陶器の椀と皿が並べられ、麦の入った玄米と味噌汁、それに山菜の漬物がたっぷり用意されていた。ぜんまいとウドの生姜漬けだった。

陶器の食器を見るのが珍しかったのだろうか。保名があまりに皿や椀をじっくり見ていたのに宮司様が気付いて、おっしゃった。

「篠山には良い焼き物があるんです。窯元の職人達は冬の間も窯に木をくべて良い陶器を沢山作っています。かなりの収入になるんですよ。遠方からも買い付けに来る人達がいると聞いています」

使い勝手の良い美しい茶色の陶器だった。手に持った時の感触が心地よい。

おれは早速、椀に入った飯に取り掛かった。噛み応えのある玄米と麦の飯は、おれらが普段食べている粟や稗と比べると何倍も美味しい。噛めば噛むほど甘みが出て来る。味噌汁をかけて食べるとそれだけでもごちそうだと思えた。山菜の漬物もしゃきしゃきと歯ごたえが残っていて味も格別だった。

おれは、ついぽろりと言ってしまった。

「こんな良い食事を食べてしまうと口が肥えてしまいそうだなあ。宮司様、美味しい朝餉をありがとうございます」

「なに、滅相もないことで。昨日の勧進のわずかばかりのお礼でございます。おかげさまで昨日は村の氏子が多く集まって、勧進も盛り上がりました。これで神社の改修が滞りなくできそうです」

吉丸が話を続けた。

「社屋が新しくなれば、お参りにくる氏子さん達もきっと楽しみにされることでしょう」

「そうであってくれればよいのですが。屋根も雨漏りがするし、外壁も何年も手入れが出来なかったためか撓んで風が入るようになってしまったので、社屋での神事に差しさわりが出る様になってしまっていた所でして」

「そうでしたか。確かに厄払いや初宮参りで社屋が雨漏りしていたらさぞかしご不便だったでしょう」

「はい。赤子を抱えた親がひしめき合っている所に雨が漏れてくると、せっかくの祝詞も上げることが難しい時が続いていまして」

「このあたりで腕の良い宮大工はいるのでしょうか?」

「おりますよ。村の建物の修繕はほとんどその者が手掛けており、宮大工としても立派な腕前をしています」

「それなら良かった。次回にまたお邪魔できれば、その頃には新しい社屋が出来ているかもしれませんね。楽しみです」

「出来たら来年もぜひ勧進に参加してください。いずれは鳥居も直さなければならないので、少しでも勧進を盛り上げていただけると幸甚です」

「それはありがとうございます。座頭もさぞかし喜ぶと思います」

「道中ですが、京へと信長公が兵を進めているとか。お武家様方が京に向かっているとの話も聞きます。どこでどのような事が起きるか分からないですし、どうかお気をつけてください」

親切な宮司様のお言葉に、おれらは感謝した。

朝餉が終わると、おれらは宮司さんに最後の挨拶をして、神社を後にした。

篠山から南に方角を取り、山道をどんどん進んでいく。皆、昨日の疲れすら残っていないようだ。朝日が眩しく顔に当たって気持ちがいい。

山の中では、何人もの馬に乗ったお武家様とすれ違った。村から駆り出されて京に向かうと思しき若者達もいる。皆、一様に京の方角を目指していた。
辺りには緊張感があふれ、すれ違うどの顔も目線を伏し、足早に歩みを進めていた。

途中、いくつかの小さな村を通った。

おれらはまたいつものように楽を奏で、唄を唄いながら畑のあぜ道をゆっくり進んでいった。あちこちの畑から人がこちらを見て、手や鍬を振ってくれる。おれらも手を振って返した。

「強(し)いてや手(た)折(お)らまし 折らでやかざさましやな 弥生の長き春日(はるひ)も 猶(なお)飽(あか)かなくに暮らしつつ」

昼過ぎになって、おれらは三田(さんた)の村にやってきた。ここは米処で、人々は田んぼの準備に余念がない。おれらは村はずれで軽い昼餉を済ませると、村の真ん中で辻芸を始めた。

幸兄さんの笛と龍兄さんの鼓が高らかに響き渡り、吉丸の呼び込みが始まる。
「京丹波からまいりました正吉一座にございます。軽業に唄に舞と何でもござれ。とくとご覧あれ!」

そう言って、吉丸は唄いを始めた。
 
「面白の 海道下りや 何と語ると尽きせじ 鴨川白河打渡り 思ふに人に粟田口とよ 四の宮河原に十禅寺 関山三里を打ち過ぎて 人松本に着くとの 見渡せば・・・」
 
冴え冴えとした大きな声があたりに響き渡り、遠く畑を超えて広がっていく。近くの田圃にいた村人達が思わずこちらを振り返った。

それを合図に、おれと保名は軽業を始めた。

おれらは今回の巡業のために用意していた軽業を披露した。

いつものトンボばかりではなく、おれの得意な技で、逆立ちしながら片手で回転する技や、保名を肩の上に立たせ、そこから保名が身体をひねりながら飛び降りるという大掛かりなものまで次々と見せて行った。

気が付けば村の子供達の他、畑で精を出していたり、家の中で仕事をしていた大人達までが集まってきている。

最後に、おれは保名を持ち上げる。おれが目いっぱい上に伸ばした手の上で保名が逆立ちをすると、保名はそこから二回転身体をひねって地面に飛び降りた。

子供達からは歓声が上がった。

すかさずおれは逆立ちをして、両の足を頭にぺったりと付けた。

片手で小刻みに跳ねながら、吉丸の唄に合わせて一回、二回とその場で回っていく。

「よくよくめでたく舞うものは 巫(こうなぎ) 小楢葉(こならは) 車の筒(どう)とかや 八手(やち)独楽(くま) 蟾(ひき) 舞(まい)手(て) 傀儡(くぐつ) 
花園には蝶小鳥」

そのうち子供達が数を数え始めた。ひぃ、ふぅ、みぃ、よ、と、数がどんどん増えていく。

十まで数えた所でおれは頭に付けた足をゆっくりと上げ、そのまま足をあぐらに書く。

次の瞬間その足を目いっぱい横に広げた。両足をぴんと横に張り、そこからふくらはぎが肩につくくらいまで伸ばす。正面から見るとハの字を書くように見えるらしい。大人からどよめきが起こった。

俺は足を広げたままぐるっと一回転し、ゆっくりと起き上がった。

村の人は気に入ってくれたようだ。おひねりもいくつか飛んできた。

頭頂から零れ落ちるほどの汗をかき、片手が棒のようにくたびれているが、見物人の反応を見ると疲れも吹き飛ぶ。

何人かの村人が声をかけてくれた。

「神無月には米が実っているはずだから、またその時に来てくれよ。あんたたちの様な軽業は初めて見たよ。唄も良かったし、稲刈りの時に聴く唄や楽は何とも嬉しいものだ」

「ありがとうございます。ぜひ寄らせてください」吉丸が答えた。

別の村人も声をかけてくれた。

「昨日ここを通った商人が言ってたが、今あちこちのお武家様が京を目指されているそうな。いつどこで争いが起きるか分からないようだ。皆、気いつけてな」

ありがたい事にここの人達も親切だった。おれらはお礼を述べ、神無月の頃にもう一度来ると約束して次の村を目指した。

次の村に行く道すがら、おれらは来年の旅回りは田植えか稲刈りの時期にしてみようかと話し合った。

吉丸は木の板に今回お声のかかった村の名前を書きつけていると言った。帰ったらおやじさんに相談してみるつもりだそうだ。村長さん達にはおやじさんから直々にお伺いを立てねばなるまい。

楽や唄には人を元気づける力がある。そして軽業や舞も力仕事をする人々にとって力を出してもらう源となるようだ。

そして村の人達からの率直な意見は、おれらにとっては何よりも掛け替えのない収穫だった。普段町の四つ辻で芸を披露してもこのような声をかけてもらえることは稀な事だ。声を掛けていただく機会があるとしても、ご贔屓さんの家に招かれることが年にほんの数度ある程度だ。

午後ののんびりとした暖かい日差しを受けて、おれらは先を進んだ。

その後もいくつかの村に寄っては、唄と楽を披露しながら進む。春の日差しの中、おれらは喉が続く限りに唄を唄い、身体が続く限り軽業を見せ続けた。

どこの村に行ってもお武家様達が移動しているという話を聞く。

夕方が迫ってくると、おれらは今度は川を探した。その日の夕餉の支度があるからだ。

今日は、昼餉は干飯を少し口に入れた以外は我慢した。せめて何か口に入れておかないと明日は身体が持たないだろう。今日は軽業を何度も見せたので、腹が減って仕方がない。

道の向こうから、今日の仕事を終えたと思われる農家の二人連れがやってきた。二人とも鍬を肩に掛けて、喋りながらのんびりと歩いてくる。

おれらは話しかけてみた。

「恐れ入ります。この近くに川はありますでしょうか?」

「ああ、すぐそこに船坂川があるよ。滝になっている所があるから気いつけな」

「ありがとうございます」

おれらは水の音を頼りに川を見つけた。なるほど、小さな音ではあるが、滝つぼに水が流れていく音がする。

光がだんだん弱くなってきた夕暮れの中、おれらは川に辿り着いた。

夕餉の粥を炊くための水を汲むと、川辺で火をおこし、稗粥をゆで始める。
その間に着物を脱ぎ、滝つぼに入ってみた。水は冷たかったが、今日一日かいた汗を流すにはもってこいだった。

頭まで水にくぐって充分に一日の疲れを取ると、おれらは川から上がり、腰に着物を撒いたまま夕餉の支度にとりかかった。濡れた体も稗粥が炊ける頃には乾くだろう。

椀と箸を背籠から取り出し、今朝宮司様から頂いた山菜の漬物の小さな樽も出す。

稗も沢山あるわけではないので粥は日に日に薄くなっているが、腹持ちの良い山菜の漬物と一緒に食べればごちそうだ。

おれは思わず勢いよく粥を搔っ込んだ。漬物も口いっぱいにほおばる。漬物があまりに美味しかったので、今日の夕餉は豪勢なものになった。

「ああ、腹がくちた。今日はどこで寝ようか」

「さすがにこの川べりは無理だな。石ころだらけでとても眠れないだろう」
吉丸が言った。

「この近くで草が多くて見晴らしの良い所を探してみるか」
幸兄さんが言う。

「そうだな、明日の朝餉もあることだし、あまり遠くに行かない所で探してみよう」
龍兄さんが答えた。

おれらは川から離れると、土手の道を進み始めた。しばらく行くと、前方に明かりが見えてきた。龍兄さんが尋ねた。

「家があるのか?」

おれは遠目でよく見てみた。

「いや、違うと思う。あれは焚火の火じゃないか。煙の匂いもするし、だれかおれらみたいに食事でもしているんだろう」

「俺達の様な旅の一座かもしれない。話しかけてみるか」
吉丸が言った。

おれらは遠くに見える明かりを頼りに近づいて行ってみた。

焚火の周りを五人ほどの男達が囲んでいる。

明かりに照らされたその姿を見て、おれらはぎょっとなった。

着物の前をはだけてくつろいでいる男達のそばには、兜や鎧、大袖などが並んでいた。

これはお武家様達の様だ。おれらが近づいてきたのを見ると、お武家様達は不審そうな顔でこちらを見た。一人が声をかけてきた。

「そこを行く者、名を名乗れ」

吉丸が答えた。
「京丹波の正吉一座からまいりました旅芸人一座でございます。名を吉丸と申します」

「京の近くの出か。ここで何をしている」

「今晩休むところを探している所でございました」

それを聞いていた他の一人がこう言った。

「旅芸人か。景気づけに何かやれ。舞でも何でもいい」

吉丸がすぐに保名に男舞をお見せしろと伝えてきた。

保名は背負い籠から緋色の扇を出すと、旅装束のまま男舞を舞った。

足元が草なので滑りやすいようだ。すり足が普段の何倍も決まっているが、滑りやすいせいか、保名はいつもよりも慎重に舞っていた。幸兄さんの笛が舞を引っ張っていく。

すべて舞い終えた所で、全員でお武家様の顔を見た。

全員が暗い顔をなさっていた。

これは何とか挽回せねば。おれは背負い籠の中にあった、老婆からもらった娘の衣装を羽織り、ちょこちょこと小刻みな足取りで保名に近寄っていった。これはいつもおれらがこっそり稽古している出店の夫妻の物まねが始まる合図だ。

おれらの一座の近くにある出店の夫婦は、仲睦まじい事で有名だ。客の前では威勢のいいおかみも、裏に回ると旦那と非常に仲睦まじい光景を見せてくれる。しなだれるように旦那の肩に顎をのせるなど、おかみの可愛らしさと言ったらほとんど町中の者が知っているくらいだ。

おれは女ものの着物を羽織ったまま、保名の近くに寄り、小首をかしげ、保名の周りを回り始めた。

それを受けて保名も飯屋の旦那の真似をする。おかみが近寄ってくれば抱き寄せ、おかみが離れて行けば残念そうに手を伸ばして後を追う。滑稽な仕草を交えながらもおかみが客に食事を出し、また裏に回って旦那と仲良くしている所を見せる。

気が付けば、幸兄さんや龍兄さんがいつもの陽気な楽を演奏していた。

おれと保名はつかず離れず、何度も回りながら相手の肩に頭を寄せ、ある時は誘うように手招きをし、肩を抱き寄せては離れるを繰り返した。お武家様達は興味を示されたのか、忍び笑いが聞こえてきた。

最後には地べたに膝をつくと、おれは保名にしなだれかかって肩に顔を乗せ、保名はおれを後ろから抱きしめた。

この出し物はお武家様に気に入ってもらえたようだ。

全員が笑ってくれた。

ふと気が付くと、笑いながらも涙ぐんでいるお武家様もいらっしゃる。

「何かお気に障りましたでしょうか?」

おれはそっとその泣いている方に声をかけた。

「いや、国に置いてきた女房を思い出してね。今回京に出兵して信長公の方に付くことになって命を落とすこともあるかもしれないので覚悟をして出てきたのだが、お前さん達の舞を見ていてつい里心が付いちまった」

他のお武家さん達も口をそろえて似たような事をおっしゃった。

「いいものを見せてもらったよ。最後に女房の顔を思い出せた」

「うちはここまで仲が良くないけどね、やはり家を思い出したね」

「こういう滑稽なものを見ると気分が軽くなるよ。かたじけない」

今日ここに来るまで、近隣諸国のお武家様達が京に集まってきているという話があちこちで飛び交っていた。京で街が焼き払いされるかもしれないなどの噂も聞いた。今目の前にいるこの方々は、京に付いて信長公のお考え次第では明日もしれない身だ。

そんなお武家様達だからだろうか。おれらがふざけ半分で作った舞を、自分達の家族を思い起こしながら見てくださった。

ほんの少しの間だろうが家族を思い出し、それで気分が晴れるのであれば、それに越したことは無い。そのお役に立てたのなら光栄至極な事だ。

おれらはお武家様達にご武運を祈り、その日の寝床を探しに足を進めた。



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本作品はシリーズの第三作目です。
一作目と二作目は下記のマガジンにサンプル記事を載せております。
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