見出し画像

世界のお酒:金木犀の香りのお酒

コロナ前の楽しみの一つが、仲間と行く中華街での忘年会だった。毎年お馴染みのお店で、20名ほどが二つの円卓を囲み、コースで出てくる美味しい中華料理に舌鼓を打つ。

食事の始めはまずはビール。瓶で出されるそのビールが空になった頃、銘々が好きなお酒を注文するのが常だった。

紹興酒、赤ワインと様々なお酒が出てくる中、私と友人は断然杏露酒を注文していた。ロックで注文する杏露酒は、食事で温まった顔を少しの間冷やしてくれ、こってりした料理をすきっと流してくれる。


杏露酒は中華料理店ではお馴染みのお酒の一つだと思う。恐らく大抵の中華料理店では用意しているのではないだろうか。果物のお酒はどちらかというと女性に人気のお酒の一つでもあると思う。
 
コロナで毎年忘年会がお流れになったのを寂しく思っていたとき、近場のスーパーで杏露酒を見つけた。大勢で飲む楽しいお酒とはまた違うが、懐かしくなりつい購入してしまった。ラベルのデザインが可愛くなり、若い世代にもアピールしていることがうかがえる。
 
家でたっぷりの氷と共に久しぶりに傾けた杏露酒は、同じメーカーの物であるにも関わらず、お店で飲むのとは少し印象が違っていた。恐らく食事と一緒に取っているわけではないからだろうか、その香りの良さに驚いた。
 
杏のお酒だとは知っていたものの、グラスからはまるで秋の金木犀の様な花の香りがした。口に含むと、杏の華やかな味が口にいっぱいに広がる。

色は、ロックにして少し時間を置くと美しい金色に変わる。グラスの中の金色の液体の香りと味とが相まって、なんとも華やかな飲み物になる。ほんの少しとろみのある杏露酒は、本当に少しずつ大切に楽しむものなのだと気が付かされた。
 
杏露酒は中国のお酒と思われている方もいらっしゃるかもしれないが、これは日本で産まれたお酒だそうだ。その歴史はキリン歴史ミュージアムのウェブサイトに詳しく乗っている。
 

キリン歴史ミュージアム

 

戦時中、中国の満州で酒造会社を営んでいた方々が、本場中国で学んできた酒造技術を活かし、日本国内向けに中国酒を作り出したのが始まりだと言う。発売当初は、戦後の物資不足や販売ルートを開拓するのに苦労されたようだが、中華料理店に直接販路を求めたのが功を奏したようだ。
 
杏露酒の産まれた切っ掛けの一つが、日本の梅酒だったと言うのも興味深い。梅酒は、古くから日本で飲まれてきた日本人には馴染のあるお酒だ。それを中国の果物である杏を使って作ってみようというアイデアから、製造が始まったとのことだ。製造には試行錯誤が繰り返され、今まで「誰も作ったことのない」オリジナルのお酒が誕生したと言う。
 
このお酒の開発に逡巡された人たちの並大抵ではない努力は頭が下がる思いだ。
 
戦時中に満州にいらっしゃった方々は、日本に帰国された時期にもよるかもしれないが、相当な苦労をされた方々なのかと推測する。しかし、満州滞在時にしっかり中国酒の製造法を学び、それをもとに私たちが今日でも楽しめるお酒を造ってくださった。
 
海外にある程度長い期間いて母国に帰ってきた人達がまず直面するのが、滞在していた国の味を懐かしむ、という事だろう。どうしても今までいた場所で飲んだり食べたりしたものが欲しい。だが、その食事や飲み物がなかなか国内では手に入らない時の渇望は相当なものだと思う。

逆もしかりだろう。日本から海外に出かけた人や、日本国内で遠方に移動した人もやはり故郷の味を懐かしんで、手作りなどで何とか故郷の味を再現しようとすることは稀ではないかと思う。
 
その懐かしさに加え、食事や飲み物を作り出す技術を学んできた人たちともあれば、その情熱をもって日本での中国酒の製造に尽力されたのではないかと思う。杏露酒の場合は、製造技術に加えて「今まで誰も作ったことのない」お酒への未知なるチャレンジだったので、製造技術に長けた人々でなければ決してできない技だったのではないだろうか。
 
古くはウイスキーやワインやシードルなど海外から来たお酒を日本でも製造しているが、この杏露酒のパイオニア達も生みの苦しみを味わった事かと思う。彼らの努力のおかげで、今は中華料理店どころか、スーパーマーケットの棚に置かれるほど杏露酒は市民権を得ている。
 
杏露酒の香りがなぜか金木犀に似ていると思い少し調べてみた所、杏も金木犀もラクトンという香り成分が含まれているそうだ。甘酸っぱいこのラクトンの香り、秋の天気の良い日に金木犀の花の香りと出会った時の様に思わず惹き付けられる。
 
杏を沢山食べる機会はなかなか無いかもしれないが、杏の美味しい所を存分に詰めた杏露酒、飲み終わった後にはお酒でのリラックス感の他、香りでも癒されることがあるかもしれない。
 
コロナも第七波が猛威を振るっている昨今、今年の年末がどうなっているかは想像もつかない。12月には大勢で円卓を囲むことはもしかしたら難しいかもしれないが、またいつか世の中が落ち着いたときに、いつもの顔ぶれで美味しい中華料理と杏露酒を味わえたら嬉しいな、と思う。



「世界のお酒と旅」シリーズの一部が、Amazonより書籍となりました。
ペーパーバックとKindle Unlimitedの電子書籍の両方をご用意しております。

立ち読みへのリンクはこちらです。ぜひ一度お立ち寄りください。


「世界のお酒と旅」の姉妹編、「ヨーロッパのお酒と旅」がパワーアップして書籍になりました。
ヨーロッパとコーカサス12ヵ国のお酒と旅をご紹介しています。旅行業界の裏話も少しご紹介。
全世界のAmazon Kindle Unlimitedで無料ダウンロード可能です。






この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?