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「絶対当たる占い師」 作・夢乃玉堂  絶対の恋を求めて占い師の元を尋ねてきた女性を待ち受けていた運命とは?

「絶対当たる占い師」 作・夢乃玉堂

緑鮮やかな渓流の流れは、意外に冷たく早い・・・
それが、その時の印象だった。

岩に当たって弾ける水しぶきが入り口を濡らす丸太小屋に、真野智花(まのともか)は入った。

肌にまとわりつくようなお香の香りが、智花に仕事を思い出させた。

壁際の影の中には、設え付けの棚が隠れるように鎮座していて、
埃を被ったアンティークな装飾品が並んでいる。
智花は、小屋を訪れた目的も忘れ、それらの品々に見入っていた。

「占星術のクロスに、棚の上にはヒビ割れた水晶玉と
折れ曲がったタロットカード。
天井からはペルシャ風タペストリーか。
どれも少しくたびれているから、全部で1260円といったところかな」

「それは、売りもんじゃないよ」

胸の奥から絞り出すような声に驚いて振り返ると、
背中の曲がった女がテーブルの向こうに座っていた。
薄紫の服に青いケープを掛け、一見すると品の良い老婦人といった感じだが
膝まで伸びた白い髪の向こうから、濁った眼が睨んでいる。

「すみません。リサイクルショップに勤めているもので
目にしたモノを値踏みする癖があって、もう職業病ですね。フフ」

智花は親愛の情を込めて笑ったつもりだったが
もちろん、老婦人には伝わらなかった。

「骨董屋を呼んだ覚えも無いね」

「(少し焦る)いえ。買取にお伺いしたわけではなく
その、こちらは絶対・・・絶対あた・・・」

「絶対当たる占い師。あんたが探してるのは、それだろう。
は~あ。世の中に変な噂が広がっているのかね。
たかが占いのために、こんな山奥にまでやってくる
あんたみたいな変人が増えてあたしゃ困ってるんだよ」

「占い好きは変人ですか?」

「違うかい?4つしかない血液型や12しかない星座で分類した人が
みんな同じ運命をたどるなんて信じてる奴はどこかおかしいに決まってる。
その上に『絶対』がついたところで、どこまで当てになるんだ。
そんなに幸せが欲しいなら、運勢や相性なんて気にせずに
ただ目の前に来たチャンスを捕まえればいいだけじゃないか」

「え、それはつまり『絶対当たる占い』なんか出来るわけがない、
当たるわけがない詐欺? ということですか?」

老婦人は、智花を一瞥し、それまで以上に低く卑しい感じのする声を出して答えた。

「そうさ・・・あたし以外はね。ふふふ」

占い師は、顔をほころばせて笑った。
怪しげな雰囲気の声に似合わない可愛い笑顔が智花の緊張を解いた。
さらに求めていた占い師に出会えた喜びも加わり、智花は早口でまくし立てた。

「先生がおっしゃる通り、『絶対』は当てになりません。
最初にお付き合いした方は、絶対幸せにする、と言ったその夜に、結婚していることが発覚し、以来携帯も繋がりません。25点。
二番目の方は、絶対肌が綺麗になると言って
エーアイ制御の美容洗顔器を売りつけて行方知れずになりました。28点。
三番目は、絶対儲かる株だからと言って
私の貯金をまるごと持ったまま出掛けて未だに帰って来ません。17点」

「何だい? その何点何点っていうのは?」

「付き合った相手の得点です。
骨董品の価格付けを参考にして、男性の普遍的な好感度と将来性をかんがみ、採点いたしました」

「どっちもどっちだね。あんた、友達少ないだろう」

「いいえ。夏海(なつみ)という小学校からの親友がいます。
彼女とは損得を越えたお付き合いです。それから・・・えと、それから・・・」

それきり次の名前が出てこないことに智花は焦った。

『あれ? 変だな、夏海だけじゃないんだけど、
中学校では、ええと・・・ あれ? 高校は・・・』

なぜか他の友達が思い出せない。
占い師が可哀そうに、という同情の冷笑を浮かべた。
これでは本当に友達がいないように思われてしまう。
思いつめた智花はバッグからストラップが大きな塊になるほど沢山ついた
携帯電話を取り出した。

「この携帯には、縁結びや健康のお守りが50個以上付いています。平均一個500円として合計2万5千円。とてもお金がかかっています。
これが私の、絶対裏切らない友達です」

人間の友達がいないからお守りを友達と呼ぶ女、
寂しすぎる己の姿に、智花は涙が溢れそうになった。

「それ、こんがらがってて、まるで呪いの玉みたいだけどね。
要するにあんたは、絶対だと計算して貯金も恋人も失い、
それを慰めてくれる友達までも、絶対を基準に選んでいる。
つまり・・・何度も騙されたせいで値打ちの計算をする癖がついて、
今では『絶対』って言葉に、心が依存してるって訳だ。はあ~あ。寂し過ぎるねぇ」

溜息をついて首を振ったきり、占い師は沈黙した。

どれくらい時間が経っただろうか、遠くから聞こえる滝の音に耳を澄ませていた占い師は、ゆっくりとした動作でヒビの入った水晶玉をテーブルの上に乗せると再び口を開いた。

「いいかい。これを最後にするんだよ」

「え! 占っていただけるんですか。ありがとうございます。
占い料はおいくらでしょう?」

「お金なんぞは要らないよ。お金じゃなくて、
あんたの寿命を100日だけ貰えればいいさ」

「寿命を100日ですか?」

「ああ。そうだよ。言っとくけど前払いだからね」

「え~と、女の平均寿命が81.7歳。
閏年も勘定に入れて日数にすると、2万9822日。
そのうちの100日を占いの手数料として計算すると
およそ0・3パーセント。安い、買いですね」

「良いから、占って欲しいことは何だい。
あたしの気が変わらないうちにさっさと言いな」

「はい。私がお聞きしたいのは
この先、私を絶対的に愛してくれる人は現れるのかという事です。
もし現れないのであれば、死ぬまでに必要なお金の総額を計算して
退職までに見込める収入から生活費を抜いて、
余った金額を思う存分、旅行や趣味に使います」

「夢があるのか無いのか分からない話だねぇ。まあ良いだろう。始めるよ」

占い師は、水晶玉の上で両手を動かし、怪しい呪文を唱え始めた。

「インガンゲン チルヒメロン アリホッポ
インガンゲン チルヘルベテット アリフジャート」

呪文の声が高まるにつれ、
水晶玉のヒビ割れが繋がってゆき、鈍い輝きを放ち始めた。
智花は瞬きするのも忘れて、その光を見つめた。
しばらくすると水晶玉の中に男の顔らしきものが浮かび上がってきた。

智花はしっかりと目を凝らそうとするが、なぜか視界が暗くなっていく。
とうとう体を起こしていることが出来ずにその場に倒れこんでしまった。

「どうしたんだい。あ~あ。
どうやら、残りの寿命が100日もなかったようだね。
こんなことなら、占いなんかやらずに思う存分人生を楽しんでおけば
良かったのにね。ひひひひひ」

真っ黒な闇に、滝の音が大きく響き始めた。
ドド~、ドド~、
ドド、ドド、ドド、ドド、
ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。

「聞こえますか? 聞こえたら目を開けてください! フーフーフー」

暗闇が晴れるように意識が戻った時、智花の顔には、
見知らぬ男性が覆いかぶさり唇を重ねて、息を吹き込んでいた。
智花が反射的に顔をそむけると、その男は嬉しそうに声を上げた。

「やった! 生き返ったぞ!」

「智花ちゃん。良かった。助かったのね」

涙で顔をぐしゃぐしゃにした夏海が智花の体にすがりつき、力いっぱい抱きしめた。覗き込んでいる登山客やハイカーたちも一斉に拍手をしている。

唐突に智花は思い出した。

『そうだ。失恋した私を慰めるために、夏海がハイキングに誘ってくれたんだった。
途中、渓流を渡る飛び石で、私は足を滑らして流されてしまった。
デイバッグ携帯だけは離すまいと握りしめたのが禍した。
たくさんついたストラップのお守りに渓流の水が染み入るにつれて重くなっていき、私の体は深みに落ちていった。

そこからはちゃんと覚えていないけど、おそらく通りかかったこの男性が私を引き揚げて人工呼吸をしてくれたんだ』

「やあ。一時はどうなることかと思いましたが
無事息を吹き返して、本当に良かったですね」

登山客たちの喝采も、それを受けて照れ臭そうに笑う男性の白い歯も、
今の智花にはまぶしく思えた。

『夏海も、あの人も、ここにいる全員が、私が生きている事を喜んでくれてる。生きてるだけで、こんなにも祝福してもらえるなんて、
なんだか恥ずかしいけど・・・嬉しい』

冷たく冷えた智花の頬に、熱い涙が一筋流れた時、
占い師の言葉が頭の中によみがえった。

『幸せが欲しいなら、運勢や相性なんて気にせずに
ただ目の前に来たチャンスを捕まえればいいだけじゃないか』

智花は、勇気を出して助けてくれた男性の手を握り、
目を見つめて話しかけた。

「助けて頂いて本当にありがとうございます。
それで・・・あの。もしお嫌でなければ、
お食事をご一緒してもらえませんか?」

夏海も生還の喜びを共有していた周りの登山客も
生き返ったばかりの女の子が放った唐突な告白に驚き、言葉を失った。

男性は、少し戸惑ったようであったが
智花の顔をしばらく見つめると、優しく微笑んで頷いてくれた。

木々の間から差し込む日の光が、二人の微笑みの間で揺れていた。


おわり


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