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「狩る、流す、入れる」・・・なんて簡単な生きる目標。



『念願』


自粛自粛で気が滅入る日々を送っていた私は
妻の言葉にハッとさせられた。

「そんなに溜息ばかりついてないで、又、流す、狩る、入れるを考えれば良いじゃない!」

狩る、流す、入れる。

それは、私の小さい頃からの念願であった。
私には、子供の頃から気になっていて、大人になったらやってみたいと思っていた「食のイベント」が、三つあった。
と言っても大袈裟なものではなく、ちょっと努力しないといけないけど簡単なこと。

まず最初の「流す」は、「流しそうめん」。
これは数年前、発祥の地と言われる高千穂峡の専門店で体験。
二つに割った竹のトユに水を流し、そこに流れてくる素麺をお箸で拾って食べるイベント性の強い食事。
思いの外掴むのが難しく、真剣に流れに箸を突っ込んでいました。


二つ目の「狩る」は、「〇〇狩り」。
リンゴ狩りやブドウ狩りと言った畑になっている果物を収穫しながら食べる
フルーツの食べ放題。
こちらも数年前に、千葉県で「いちご狩り」を体験。
いちごで満腹になることがあるんだ、と感激した。

三つ目の「入れる」が、「わんこそば」だった。
ご存知のように「わんこそば」は、盛岡・花巻などの郷土料理で、
一杯食べる終わるとすぐさま、横にいる仲居さんが
お代わりをお椀に「入れる」。

食べる人が降参するまで蕎麦が限りなくお代わりされていく、という趣向。
若い蕎麦好きなら100杯ほど。大食に自信がある人は200~300杯。競技大会で優勝する人は、500杯以上食べると言われている。

実は「わんこそば」は、十数年前にも体験するチャンスがあった。
何の機会だったか忘れたが、恩師と弟子数人で東北に出かけた時の事、
恩師や大勢の他人の前で「個人的な初体験」をするのははばかられると思い、当時の信条と食のルールに則って、
会合が解散となってから一人で行こう・・・と計画していた。

ところが、恩師と弟子一同で昼食をとろうと蕎麦屋に入った時、
弟子の一人が、「わんこ」って何だろうと言い出した。

それなりに歳を取っている独身男。〇〇大学出身で誰でも知っている会社の一員という、大層な肩書きを持つと噂されていた人物が、知らないはずはないだろう、と不信に思ったが、話を聞くと本当らしい。

「これは、ちょっと嫌な予感・・・」

と思ったが、案の定であった。

他の弟子たちが彼に「わんこ」の説明すると、彼はおもむろに挑戦する、と言い出したのだ。

心に暗い雲がかかってくるような気分になった。
皆、恩師の前で勝手な事をしないように気を遣っているのに、なぜ「わんこ」を選ぶのか!

『分かっているのか、
テーブルの上がお椀で一杯になることを。
場合によっては食べ終わりまで長い時間がかかることを。
それによって、恩師を待たせてしまうということを。
そして何より、この場の主役が恩師ではなく、末端の弟子である自分になってしまうことを!』

そんな風に私の心は嵐のように乱れた。

だが本心は、自分がやりたいと思っていたことを目の前でやられるのが嫌だっただけなのかもしれないと考え、静観することにした。

そころが、これが大間違い。
その彼の「わんこ」がなんとも悲惨だったのだ。
だし汁や蕎麦の切れ端を周囲に飛ばしまくり、たいした杯数もいかずにギブアップ。

イベントの高揚感も達成感も無く、悲惨な戦場で死屍累々という雰囲気。
その場にいた恩師も他の弟子たちも言葉少なに会計して、早々に解散となった。

それから十数年、その経験がトラウマのようになってしまい、
盛岡地方に行っても「わんこそば」を試す気にならなかった。

だが、この時も妻の一言で考えが変わった。

「他の二つを実現して、三つ目を残したままで良いの?
人生に悔いが残るわよ」

と言われて一大決心。
一昨年、ようやく本場盛岡で体験することができた。

100杯を一気に、という程の無理はしなかったのだが、
「初体験」の感動はかけがえの無いものであった。万歳。

日本の「食」は、味はもちろん。見た目の美しさや、素材へのこだわり、
その料理の誕生にまつわる物語など、色々な魅力がある。
さあ。次の三大「食のイベント」を決めなければ。

焼けた石を魚介類の入った鍋に入れて一気に炊き上げる、男鹿半島の「石焼桶鍋」か。
いつ行っても長蛇の列で諦めてしまう「天然氷のかき氷屋」か。
獲れたてを目の前で茹でてくれる「蟹づくし」か。

まだまだ日本中、世界中に幸福な食の時間は転がっている。
溜息ついている暇なんかないぞ。


                      おわり



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