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「麻田君、梯子を外される」


高校に入学したての麻田君は、バイクの免許を取得するべく、
自動車教習所に通っていた。

一通り教習を終え、いよいよ仮免許の試験当日。
初めての学科試験を終えた麻田君は、
教習所のホールで緊張しながら発表を待っていた。

「高校受験でもこんなに勉強したことは無かったな」

ホールの隅にある自販機で缶コーヒーを買った麻田君は、
缶をバイクのハンドルに見立てて、方向指示器の出し方をおさらいしていた。

すると突然、その腕に女性がすがりついてきた。

「わあ~もう緊張しちゃったぁ」

赤いシャツに白いジーンズ。やや巻き気味の長い髪の間から
切れ長の美しい目が見つめていた。童顔だが少し濃い目の化粧をして、
麻田君より3~4歳くらい上に見える、女子大生だろうか。

「アタシ、すっごい失敗したかも~」

誰だこの人、と戸惑う麻田君をしり目に、女性は話し続けた。

「道路に書いてある、ひし形図形ってなんだっけ」

「え? 前方に横断歩道あり、ですか?」

「そうだ、そうだよね。やっぱり男の人ってすごーい。
アタシ、試験って何回やっても苦手なのよね~」

変わらず親し気に話しかけてくる女性。

そして麻田君は若かった。

若い時と言うものは、得てして物事を良い方に捉えがちである。

後で考えれば、「そんな事あるわけ無いのに」という考えも、
あり得るかもしれない、と考えてしまう。「もしかしたら」というアレである。

この時の麻田君がまさにそれであった。
麻田君は考えた。

『こんなに親し気に話しかけてくるんだから、きっとこの女の人は
俺の事を気に入っている。
今まで直接話したことは無くても、近寄りたいと思っていたに違いない』

とまあ、歴史的考え過ぎ、というか妄想的考え違いをしてしまったのだ。

ニヤ付きそうになる顔を必死に抑えながら、
話を合わせて頷いている麻田君の脇から、別の女性の声が割りこんできた。

「あかね~。ここにいたの?」

同じように明るい服装の女3人が現れ、
あっという間に彼女を取り囲んで、俺を外に押し出した。

「あ。すみません」と軽く会釈をした後は、4人とも全く麻田君を無視して、
試験の話で盛り上がって行った。

話の途中だったこともあり、黙って消えるのも礼儀を欠くと思った麻田君は、
女性たちの壁に半歩だけ踏み込み、

「あ。じゃあね」

と言って軽く手を振って、その場を後にした。

女性たちの話す声が、麻田君の耳にも聞こえてきた。

「誰? 知り合い?」

「知らない子、ちょっと話したいみたいなの」

「ああ。よくある奴ね。隣に座った女の子が気になる男子」

「はは~ん。坊や、イシキしちゃったのね。」

「普段女子と話したこと無いのかしら。ハハハ」

『何だと、坊やだと!』

怒りが頂点に達した麻田君だったが、
ここで振り返って言い訳したら、本当に意識していたみたいに見える
と思った麻田君は、気になる背中の会話を無視してホールから出ていった。

梯子を外されたような気持になった麻田君は、
建物の外に出て誰もいないのを確認してから大声で叫んだ。

「話しかけてきたのはそっちだろうが!」


その後、一時間ほど近くのマックで時間をつぶし、教習所に戻ると、
誰もいないホールに、合格者の番号が張り出されていた。

麻田君の番号は・・・

あった!

ほっと一息してすぐに、先ほどの女性の合否が気になったが、
受験番号も聞いていなかったので、知りようがない。

逆にそれが良かった。

女性が落ちていても受かっていても、

麻田君は冷静さを欠いて、後日行われる実技試験に影響が出たであろう。

その後、免許の更新に来るたび、麻田君はこの日の事を思い出し、
その時の女性が来ていないか、探してしまうのだという・・・

「そんな事あるわけ無いのに」

おわり

以前にも書きましたが、誰だか分からない人に親し気に話しかけられるのは、
ある種のホラーでもあります。
しかし、『若さ』は易々と恐怖を乗り越え、お花畑のような桃源郷に
自らを落とし込んでしまうことがありますね。
麻田君にとってはほろ苦い思い出になったようです。





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