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「手折れば散る」・・・秘めた思いに気付いてほしい。小野小町の話。旅で見つけた物語。


今から千二百年程昔。
その容姿と才能を褒め称えられた小野小町は、
三十半ばの頃、数多ある誘いを振り切り、
都を捨てて、生まれ故郷に近い雄勝(おがち)の里に隠れ住んだ。

小町への思いを忘れられない深草の少将は、
都から単身、小町の庵(いおり)を訪ねてきた。

「小町殿。ひと目だけでもお姿を見せ下さい」

しかし、小町は会うどころか門さえ開けず、

「百日の間、芍薬の花を届けてくださらなければ
お会いする事は出来ません」

と、少将を試すような言葉だけを残して奥へ引っ込んだ。

「はるばる出羽の国にまで赴いた私なら、
その程度の願いなど、いかにしても叶えて差し上げましょう」

それから毎日、少将は小町の庵まで芍薬を届けた。
庵の入り口は、芍薬の甘い香りで満たされていった。

「ああ良き人よ。でも百日は長い。
きっと約束は果たされず、諦めて頂けるでしょう」

小町がそう考えるのには訳があった。
芍薬の花の季節は短く、とても百日もの間、
花を届けることは無理なのだ。

小町は、秘めた思いを芍薬に託して、少将に伝え、
それが伝わらなくとも、百日の約束は果たされず、
諦めて帰るであろうと考えたのだ。

果たして小町の思い通り、月日がたつにつれて、
少将は花を手に入れるのが難しくなってきた。

ある時は、村々を駆け巡り、
ある時は、険しい崖の上に上って
少将は芍薬の花を捜し求めた。

そして百日目。
少将は、激しく雨の降る中、険しい峠を越えた
深い山の中で、ようやく芍薬を見つけた。
その花は雨に打たれ、今にも朽ち果てそうになっていた。

「このような花でも喜んでくれるであろうか」

しおれかけた芍薬を見つめて、少将は気付いた。

「もしや小町は、昔を知る者に今の姿を見せたくないのではないか。
だとしたら私は、愛しい人の嫌がることを無理やり行おうとしているのか」

心乱れた少将は渓流で足を滑らし、
激しい流れの水に落ちて、帰らぬ人となった。

人づてに少将の死を聞いた小町は三日三晩号泣し、
消えることの無い深い後悔を胸に
ただひたすら少将を供養する余生を送った。

やがて、昼なお暗い岩屋の奥で、
石像を刻みながら生涯を終えた小町の亡骸が見つかった。


手折れば散る 儚き恋の花一輪
心に秘めた思い知るらん

            おわり


男を振りまわすつもりが無くとも、男というものは恋の為に
右往左往したり、頑なに思いを遂げようとしたりします。
まことに、愚かな者なのかもしれません。





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