アルテタ監督の戦術に潜む落とし穴【アーセナル】
始まりは2021/22シーズンプレミアリーグ開幕戦。昇格組のブレントフォードを相手にまさかの0-2で敗戦しスタートダッシュに失敗すると、そこからチェルシーに0-2、マンチェスターシティに0-5と3連敗。当然昨シーズンのCL王者チェルシーと昨シーズンのプレミア王者シティの連戦だったことは唯一の擁護するポイントかもしれません。
今シーズンのここまでの戦いぶりを見ているとアルテタ監督の戦術とアーセナルの選手たちのミスマッチが起きているように感じました。今回はそのミスマッチについて自分なりに考えていこうと思います。
アルテタ監督の守備戦術
アルテタ監督はシティのコーチをしていた時にペップ・グアルディオラ監督の下で『ポジショナルプレー』を学び、アーセナルにも還元させました。攻撃面では5レーンを使いながらボールを繋いで前進し、サイド攻撃を主体としたサッカーを展開しています。選手のキャラクターも違うのでシティと全く同じサッカーしている訳ではありませんが、「立ち位置で優位を確保しながら攻める」という根本的な部分は同じだと思います。まだまだ攻撃面では課題が多いアーセナルですが「アーセナルらしい」攻め方というものがだいぶ板についてきたように昨シーズンは感じました。今回は攻撃に関する戦術はこの辺にしておいて、この3連敗の中で1番の問題だと感じた守備に関する考え方について触れていきたいと思います。
アルテタ監督は対戦相手を分析し特に強豪チームを相手にした時に試合毎に守備を構築する傾向があります。アルテタ監督が講じる守備戦術はかなり独創的で「なるほどこうきたか」と感じることが多いです。昨シーズンのシティ戦は非常に興味深いものでした。
今シーズンもチェルシー戦やシティ戦で特徴的な守備を考案していました。今回は触れませんがチェルシー戦とシティ戦の守備戦術を見ていこうと思います。開幕戦のブレントフォード戦では相手が昇格組でアーセナルがボール保持する時間が多く、ネガティブトランジションとリスクマネジメントのところに力を入れていたので今回は省略します。
対チェルシー
チェルシー戦では前からプレスに行く姿勢を見せたアーセナルでしたがプレスがあまり上手くいかずに前半で2失点してしまいました。
アルテタ監督はチェルシーの3-2-5のビルドアップに対して始めは1トップのマルティネッリと2列目のサカ、スミスロウ、ぺぺでチェルシーのビルドアップ隊(3CBs+2ボランチ)にアプローチをかけました。この時にボランチのジャカとロコンガがチェルシーの2シャドーをマンツーマンでマークし、両SBがWBを捕まえます。チェルシーの1トップに入ったルカクに対して2vs1の状況が作れています。
ですが、いざ前線がプレスに行くと2列目のスライドが間に合わずに、GKを経由されてサイドを変えられると簡単にプレスを剥がされてしまいました。
下の図の状況で言うとサカがボールホルダーのアスピリクエタにプレスに行きますが、スライドが間に合わないのでプレスが緩くなります。そしてジョルジーニョにはスミスロウが付いていないといけませんが、スライドが追いつかずフリーにさせてしまいました。するとジョルジーニョから質の高い縦パスがルカクの足下へ入ります。この時にルカクは意図的にパブロマリの方へ流れてボールをキープします。
前半は全くと言って良いほどパブロマリがルカクからボールを奪った場面がなく、ルカクが起点となりチェルシーの攻撃を活性化させていました。1点目もルカクに縦パスが入ったところからサイドに展開され、最後はルカクに決められるという流れでした。
この守備戦術では2つの重要なポイントがありました。1つは「前からのプレスである程度チェルシーのプレーの制限をかけられること」。そして2つ目は「ルカクにボールが入った時に2vs1の数的優位を作っているので潰せること」でした。しかし、結果的にどちらも上手くいかずにこの守備戦術は破綻しました。
失点後アルテタ監督は慌てて修正を加えます。プレスをかけた時に2列目のスライドが間に合わないのでロコンガを一列前に出し同数にして対応しました。ロコンガを前に出したのでボランチがシャドーをマンマークすることはできなくなり、シャドーが浮く形になります。
アーセナルは数的同数にして前からプレスに行きましたが、アーセナルのプレスの強度が弱かったことやチェルシーが上手く角度をつけてボールを回しきたことで、簡単にチェルシーのシャドーまでボールを運ばれてしまいました。
先程と同様にこの守備も重要なポイントであった前からのプレスが失敗に終わり、良い形でルカクにパスが入ります。パブロマリも五分五分のボールがルカクに入った場合は対応できたかもしれませんが、ルカクへのパスに全く制限がかからないのでルカクからボールを奪えませんでした。結局、前半は終始防戦一方で終了しました。
ハーフタイムに再度修正を施し、CBが浮いていたシャドーを捕まえるようになりました。またアルテタ監督が喝を入れたのかプレスの強度も上がりルカクへのパスに制限がかかるようになりました。もちろん決定機を作られましたが、そこそこ守備は安定し後半は無失点で切り抜けました。
というのがチェルシー戦の守備戦術でした。次はシティ戦を見てみましょう。
対シティ
シティ戦に関しては前半35分にジャカが退場してしまいゲームが壊れてしまいました。ですので前半35分までのところをピックアップして考えていきます。アーセナルはチェルシー戦同様立ち上がりから前からのプレスでシティのビルドアップを壊しにいきました。この試合のアーセナルのフォーメーションは5-4-1でWBを置いてきました。これは対シティを考慮しての採用だと思います。
シティの2CBsに対してオバメヤンとサカがプレスに行きます。サカがプレスに行った時には右WBのセドリックが縦にスライドしてマークし、最終ラインがスライドしてバランスを取っていました。ウーデゴーアがロドリをマンマークし、スミスロウがウォーカーをケアします。一見上手くハメることができているように見えますがボールが逆サイドに運ばれると一気に綻びが出ます。右サイドでは上手く人を捕まえることができましたが、ボールが逆サイドに運ばれると前線から下りてきたB.シウバをフリーにさせてしまいました。そしてディアスからB.シウバへ縦パスが入り前進を許すことになりました。
また右サイドのスライドが上手くいかないことがあり、前線がプレスをかけた時にセドリックがカンセロまでズレることができなかったり、チェンバースが外側にスライドすることができずに前進されてしまう場面がありました。
全部が全部上手くいかなかった訳ではなく、上手く人を捕まえてハメることができているシーンがあったので、マークの受け渡しやスライドがスムーズにいけば良いプレスになっていました。
この試合で特に良くなかったことが自陣までシティに前進された時の守備です。アーセナルは自陣まで前進されると 5-4-1をコンパクトにしたブロックをしき、ゾーンディフェンスに移行しました。ですが、ただ選手間の距離を縮めていただけで、ボールホルダーへアプローチすることができていませんでしたし、ライン間、ハーフスペース、背後とシティに好き放題やられてしまいました。シティの選手たちのクオリティーは非常に高く、フリーにしてしまうとピンポイントで合わせるボールを蹴れる選手が多いです。今シーズンを通してボールホルダーへのアプローチが緩い状況が多いのは深刻な課題です。
1失点目に関してはシティはGKからの攻撃でしたがGKからパスを受けたB.シウバへのアプローチも中途半端でしたし、ギュンドアンへの縦パスも一歩出遅れ侵入を許すと大きくWBの背後へ展開されました。またこの時にアーセナルはゴール前に人をしっかりと集めて、クロスへの準備ができていたように思えましたがジェズスのクロスに誰も触れることなく、ギュンドアンにヘディングシュートを決められてしまいました。
あのゴールに関しては色々な見方ができると思います。あれだけアーセナルがゴール前を固めていたがそれを上回るクオリティーでジェズスがクロスを上げて、しっかりとギュンドアンが決めたとも言えるかもしれません。ですが、個人的にはアーセナルのディフェンス陣に問題があったと思います。アーセナルの選手達はボールウォッチャーになっていて全体的にボールの方に寄っているように思えました。その結果、チェンバースがクロスに被ってしまったのではないかなと思います。
この試合でも前からのプレスが上手くいかずにフィルターとしての機能になっていないこと、そして最終ラインを5枚にして人が足りているはずなのに対応できていないことが失点の原因かなと思います。
アルテタ監督の戦術と選手のギャップ
ここまでチェルシー戦とシティ戦の2試合の守備戦術を見てきましたがどちらの戦術にも共通している失敗の原因があります。アルテタ監督が講じる守備戦術は「上手くいけば理にかなった戦術」になるギャンブル的な要素を秘めているところです。
・前からのプレス
チェルシー戦もシティ戦も前からのプレスで相手のビルドアップを狙いにいきましたが上手くはいきませんでした。問題は各選手のタスクの多さだと思います。チェルシー戦で言えば2列目のスライドのところでアーセナルの1人の選手がチェルシーの2選手をケアする形になっています。また、シティ戦でもスミスロウがウォーカーとB.シウバをケアする状況が起きましたし、右サイドでは3選手(サカ、セドリック、チェンバース)がスライドする仕組みとなっています。
そしてこれらのタスクが繊細で神経を使うタスクだということです。例えばスライドのところではタイミング、ボールの場所、相手の動き方、味方との連動など様々な状況を考慮して統率の取れたものにしなければいけません。タスクが多い上に1つ1つのタスクの難易度が高いとより実行することは難しくなります。
当然サッカーは攻撃と守備があるので攻撃面でも各々にタスクがありますので、そのことを考慮すると1人の選手が抱えるタスクの多さと難易度の高さは機能不全に陥る原因になっているのではないかなと思います。
・選手のクオリティー
戦術は相手ももちろんですが自チームのことを考慮して講じる必要があります。どんなに素晴らしい戦術だったとしても選手がその戦術を表現する能力がないと上手くはいきません。守備戦術で奪いところを決めてそこに上手く追い込めたとしても、そこで実際に選手が相手からボールを奪えなければその戦術は破綻していることになります。チェルシー戦ではその現象がルカクのところで起きました。ルカクへのパスに対して制限がかからなかったことは考慮しなければいけませんが、ルカクと対峙したパブロマリが手も足も出なかった時点でアーセナルの守備戦術は失敗でした。
いくら監督がしっかりと対策をして、指示を出し、選手に働きかけたところで選手がそれを表現できる力がないといけません。正直に言って、「ボールホルダーに対してあと1歩寄せられるかどうか」、「球際のところで戦えるかどうか」、「相手選手を離さないでマークしているかどうか」など選手のクオリティーに関わる部分で物足りない印象を受けます。今のアーセナルはアルテタ監督の戦術と選手のクオリティーとの間に大きなギャップがあるのではないかなと感じました。
プレミアリーグ3連敗で始まり最下位に沈んでいるアーセナル。このまま沈み続けてしまうのか、ここから這い上がって復調し輝きを取り戻すのか注目していきたいと思います。冨安の加入も決まりますます注目を集めるアーセナル。今後の動向を見守っていこうと思います。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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