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このさき、いつも隣に

愛してるの響きだけで 強くなれる気がしたよ
ささやかな喜びを つぶれるほど抱きしめて

 駅前の広場で、スピッツのチェリーを歌っている人がいた。

 小雨が降っていて、私はミスタードーナツの詰め合わせを手に家路についていた。入籍前夜のこと。

 無意識に歌詞を反芻する。小さな幸せを大切に暮らすって、生きていくうえでいちばん大事なことかもしれない。感傷的な気分に浸りつつ、内心まじめに頷いていた。ないものねだりばかりしていたら、いつまで経っても満たされないもんなぁ。

「遅くなったけど夜ごはんどうしようか?」
同居人のLINEに、「ミスド選び放題だよ!」と返したら、インスタントスープを買ってきてくれた。しょっぱいもの欲しくなるかなと思って、とのこと。先見の明がある。

 コンビニのサラダに、コーンスープに、ドーナツを広げて、ミスドパーティーを開いた。深夜のドーナツはうっとりするほど美味しかった。

 昔、仕事帰りの父がミスドをよく買ってきたなあ、と懐かしく思い出した。


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よい記念日を過ごしてね☺︎

 大好きな上司がメッセージをくれた。

そよの幸せを願ってるよ!

 10年来の友人は入籍日を覚えてくれていた。
 みんな優しい。じーんとした。

お父さんがさみしいさみしいって言ってる 笑

 母のLINEには思わず笑ってしまった。お父さん、そんなタイプじゃなかったじゃん!

 もの寂しいような、それでいて未知の世界への期待に胸が膨らむような、不思議な気持ち。これが感慨深いというものかなあ。

 しみじみしつつも、疲れと満腹感には勝てなかった。もっといろいろ話そうと思っていたのにな。気付けば通勤服のまま、同居人ともども寝落ちしていた。


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 婚姻届は、朝一番に提出しようと決めていた。

 慌てて身支度を整え、駆け足で役所へ。婚姻届を広げた写真を撮りたくて、妹にカメラマンをお願いしていたのだ。

 道半ばで免許証を忘れたことに気付き、取りに戻ったせいで、持久走ばりに走る羽目になった。ああ前髪が、前髪がぼろぼろに。気合を入れてセットしたのに。妹は妹で道に迷っており、グーグルマップとテレビ電話を駆使して、やっとこさ合流した。

 庁舎の前で、たくさん写真を撮ってもらった。私もこの子の大事な場面には、カメラを持って駆けつけよう、と密かに思った。

お姉ちゃん、もう同じ名字じゃなくなっちゃうんだねえ。

 ほんとだね。

 帰りがけに妹が零した言葉に、ちょっぴりしんみりした。


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 窓口では、お年を召した職員さんが対応してくれた。とても丁寧で優しい人だった。のだけれど、同居人の名字を斬新に間違えていた。フジさん(仮)→ブシさん、みたいな感じ。

「ここに、『ブシ』さんと書いてください」
「アッハイ、『フジ』ですね」

 このやりとりを何度か繰り返した。その度にフフッと笑いが込み上げてきて、真面目な顔を取り繕うのが大変で。

 それにしても、戸籍の仕組みってなかなか難しい。てっきり相手の戸籍に入るものだと思っていたら、そうではなくて、ふたりで新しい戸籍を作るらしい。

本籍地は、ディズニーランドでもいいんですよ。

 思わずええっと声が出た。意外と自由なんだなあ。

フジさん、たしかに受理しました。
おめでとうございます。

 手続きを終え、職員さんはそう言って送り出してくれた。最後はちゃんと、フジさんだった。

 夫が隣で、9時26分だね、と呟いた。出生時刻みたいだなと思った。いや、たしかにそうかもしれない。夫婦誕生だ。


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 仕事をして、家事をして、休みの日は出かけたりして。入籍前から一緒に暮らしていたから、生活ががらっと変わった、ということはないけれど。

 それでも思うのは、結婚って社会的なものなんだなあ、ということ。

 付き合っている間はふたりだけの関係で完結したけれど、結婚は違った。私たちが家族になるということが、それぞれのコミュニティで認められることなんだと、家族に挨拶したり、親戚や職場に報告する中で、そう気付いた。

 この先の人生、いつも隣に夫がいるんだ、と思うと嬉しい。1日の大半を職場で過ごしているし、趣味も違うし、ずっと一緒にいる訳じゃないけれど(むしろその方がいい関係を築けるんだろうな)。
 大変なことがあっても、この人が隣にいればきっと大丈夫だろうと、乗り越えられるだろうと、不思議とそんな気持ちになる。少しだけ強くなれる気がする。

 仕事をして、家事をして、休みの日は出かけたりして。たまにはミスドパーティーみたいなこともして。小さな幸せを大切にしながら、ふたりで暮らしていきたいと思う。


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