最近の記事

関谷恭子句集「落人」感想 4

人日(2022〜2023) 花は葉に橋くぐるとき舟しづか 中七下五の措辞そのものが静謐です 橋をくぐる時の舟に橋の影が落ちるひととき、その少しの時間の静寂を見逃さない感覚の冴えと、それをこれほどシンプルに詠む技量、季語の斡旋が見事です 時間は移ろうもの、そして豊かなもの、その両方を伝えてくれる句です ががんぼの沈みがちなるひとつがひ 沈むという表現がいいです ががんぼの動きだけでなく、その重さが感じられます 番であればこそのリアリティだと思います 風筋の黒く立ちたる

    • 関谷恭子句集「落人」感想 3

      初雪(2020〜2021) 落し文だいじに燐寸箱の中 だいじにという言葉がいいです 俳句は具体的な描写で「大事にしていること」を伝えるというのがセオリーですが、この句では「だいじに」がそのまま心に届くように感じます 燐寸箱の中という描写が漢字表記と相まって、だいじにを生かしているのだと思います 古池ふつと八月の息を吐く 八月の季語が生きている句だと思います お盆があり、終戦の日(敗戦の日)がある八月 古池は切れているのではなく、主語として読みました 八月の息なので、古

      • 関谷恭子句集「落人」感想 2

        驟雨(2014〜2017) 春雨や身ほとりのものみな無音 身ほとりという言葉のゆかしさに惹かれました 春雨は音のないものですが、無音ということで春雨の気配が際立ちます その気配に耳を澄ませているように感じました 幕間の騒めきの中豆の飯 騒めきと豆の飯を「の中」の描写で繋いでいます そこに「いただく」の省略があります 取り合わせにしないことで、観劇の幕間も楽しむ人の姿が見えます 根のものをあまた俎板始かな こちらも、根のものをと目的語として詠むことで、調理をする人の

        • 関谷恭子句集「落人」の感想

          関谷恭子さんの初句集「落人」を読みました 好きな句を挙げさせていただき、感想は書かなかったのですが、やはり好きな句のことは話したくなるものです ちょこっとだけ書いていこうと思います 草朧(2010〜2014)より 湖沿ひの家に灯ともり草朧 湖沿いの言葉に湿り気を帯びた空気が感じられました 海とは違う湿度です 草朧の湿度を実感のあるものにしています 家の灯という描写に、草朧の草がしっかり見えてきます 裏庭、或いは家の裏の草地に灯りが落ちているのでしょう 言葉の一つ一つに

        関谷恭子句集「落人」感想 4

          関谷恭子句集「落人」

          関谷恭子さんとは蒼海で句座をご一緒させていただきました 柔らかな言葉遣いで確かな描写をされる、端正でどこか遥かな句を詠まれる方です 恭子さんの句をとれば誇らしく、とっていただければ嬉しい、そのように過ごした四年間でした あとがきによれば「武者修行」であったとのこと さらには、ご自身落人の末裔でいらっしゃるとのこと ああ、恭子さんって、恭子さんって、武者で落人、武者で?落人? 腑に落ちるような落ちないような… けれども、ここに詠まれ、描かれた笹百合は確かに恭子さんその人です 素

          関谷恭子句集「落人」

          「兵卒タナカ」を観て その二

          物語について、あと少し 疲弊する稲作農家と、農家から利息を取り立てながら自身は納税に苦しむ金貸しなど、資本主義と国家体制への言及が興味深かったです タナカの両親は食うに困り、借金の利息も払えず、娘を売りましたが、突然帰郷した「陛下の軍人さん」である息子をもてなすために、そのお金を使いました 娘には「返せない額を借りたので、返済できて家に戻って来られると思うな」と言いながら、迫られる返済や今日明日の命のためだけではなく、来年再来年の凶作に備えて余分に借りて隠しておいたのでしょう

          「兵卒タナカ」を観て その二

          「兵卒タナカ」を観て その一

          ストーリーはシンプルです 貧しい農村に兵役中のタナカが帰省してくる それを両親が大いにもてなす タナカは妹を紹介しようと隊友を連れてきたのだが、妹の姿はない 後日、隊の仲間と遊女屋を訪ねたタナカは、遊女となった妹と再会する 凶作続きで嵩んだ借金の形に妹は女衒に売られており、その金でタナカは歓待されたのだった ここまでは、タナカの帰省の時点で察しがつきます タナカと妹が話しているところに、客としてタナカの上官がやってくる 部下として上官に、兄として妹を、遊女として差し出すことが

          「兵卒タナカ」を観て その一

          澤好摩「光源」を読む 六

          ご厚意により、澤好摩句集「光源」を読む機会に恵まれました 読み進め、考えるために文章にしようと思います 岩床の上を水ゆく雪柳 表現に惹かれた句です 私は川底に露出した岩床が好きで、目にするたびに詠みたいなぁと思っています 板のように重なった岩が、剥がれたり、裂けたりして、それが島のようにも、背筋のようにも見え、そういったところどころに変わる水の流れを見ていると楽しいのです この句では、上を水ゆくと表現されています なめらかな言葉運びから、岩床はすっかり水に覆われているよ

          澤好摩「光源」を読む 六

          澤好摩「光源」を読む 五

          ご厚意により、澤好摩句集「光源」を読む機会に恵まれました 読み進め、考えるために文章にしようと思います かたくりの花の畢りを雨にかな の、の、を、に、の助詞の流れが心地よく、にかなの余韻に惹かれた句です 隠されている主語と省略された動詞をどう想像するかを考えました 二つの「の」を両方とも連体修飾と考えると、詠まれてはいない主語、人がいることになります 省略された動詞は、この流れで自然なものと考えると、見る、眺める 訪ねるもあるかもしれません 人の視点を設定すると、かたくり

          澤好摩「光源」を読む 五

          澤好摩「光源」を読む 四

          ご厚意により、澤好摩句集「光源」を読む機会に恵まれました 読み進め、考えるために文章にしようと思います 音なしに雨のしろがね豊の秋 なしにに惹かれた句です 「なしに」は「雨音はないのに」という逆説にも読めますが、私には雨のしろがねという言葉に雨音は聴こえませんでした 雨のしろがねという言葉自体に、雨音はないのだと思います そこに「雨音はしないのに」と重ねると、雨のしろがねという言葉が損なわれるように感じます 「なしに」を「音はしなくて」とし、音を雨音だとはっきりさせると、

          澤好摩「光源」を読む 四

          澤好摩「光源」を読む 三

          ご厚意により、澤好摩句集「光源」を読む機会に恵まれました 読み進め、考えるために文章にしようと思います うららかや崖をこぼるる崖自身 崖の突端からか、斜面からか、土塊が剥がれ転がり落ちています それを崖自身が崖をこぼれていると詠んでいます うららかとこぼるるのひらがな表記と、らら、るるの韻律が柔らかく明るい句です 崖は自身がこぼれつつあることを知らないのでしょう こぼれた結果、さらに急峻を増すのか、なだらかになり、やがて丘の姿となるのか、それは分かりません こぼるるの漢

          澤好摩「光源」を読む 三

          澤好摩「光源」を読む 二

          ご厚意により、澤好摩句集「光源」を読む機会に恵まれました 読み進め、考えるために文章にしようと思います 乾坤や草餅に搗きあがりたる 私は「乾坤一擲」を「思いっきり叩く」ことだと思っていました 切れ字を挟んで「人が思いっきり餅を搗く」「餅が草餅に搗きあがる」と主格が変化している、この「に」に惹かれ、一日あれこれ考えて過ごし、ようやく乾坤の意味を調べたところ「乾坤一擲」は「思いっきり叩く」ことではありませんでした 「乾坤」とは、八卦の乾と坤、天地、陰陽などの意味だそうです こ

          澤好摩「光源」を読む 二

          澤好摩「光源」を読む 一

          ご厚意により、澤好摩句集「光源」を読む機会に恵まれました 読み進め、考えるために文章にしようと思います 老鶯や岬の端に行く電車 現代文の感覚では、端にの「に」は方向や目的地と読めるでしょう 「老鶯」と「岬の端へ行く電車」です 老鶯の声が聞こえる場所から、岬の端へと走る電車を眺めている 或いは、岬の端へ走る電車に乗っていて、車窓に老鶯を聞いたのかもしれません 主体が車中にいるとすると、「岬の端」は目に見えているものではなく、情報になります 端は現実的な突端ではなく、概念・旅

          澤好摩「光源」を読む 一

          「ゴジラ-1.0」ネタバレ感想 「ゴジラとはなんだったのか」

          この作品には「ゴジラとは何か」を語る人物が出ていないと書きました この時代の科学力がゴジラを究明するに足りないことはあるかもしれません 国が関わらなかったことで本部や委員会といった、場や人材がなかったからかもしれません けれど、敷島たちはそれを考えなかったでしょうか 海中に没するゴジラを敷島たちは敬礼をもって送りました 彼らの中に「ゴジラとは何か」という問いがあり、その答えを得たことが彼らの敬礼の理由だと思います この作品において、戦争は傷跡ではありません 今も生々しく血を

          「ゴジラ-1.0」ネタバレ感想 「ゴジラとはなんだったのか」

          「ゴジラ-1.0」ネタバレ感想

          「ゴジラ-1.0」観てきました ネタバレというほどのものではないのですが、感想を 最初に、音楽が良かったです ゴジラのテーマがかかるまでに相当お話は進む、時間がかかるのですが、流れた途端に悲しい 悲しみに満ちていました そして、本編中ずっとゴジラの音楽は悲しいのです それから、「国は人の命を粗末にしすぎた」「国は責任を取らない」「国は当てにならない」という台詞が良かったです 映画に限らず、人に鑑賞されるものは全て、その解釈を人に委ねなければいけません この作品では「それを

          「ゴジラ-1.0」ネタバレ感想

          「PARCO劇場開場50周年記念シリーズ 新ハムレット~太宰治、シェイクスピアを乗っとる!?~」ネタバレ感想 4

          続きを書くと言って、すっかり遅くなってしまいました 劇中、自分の身に迫るリアリティを持って恐ろしく感じたのは「戦争になると言われている」という台詞でした 正確にはどういう言い回しだったか、忘れてしまったのですが、クローヂヤス、ガーツルード、ポローニヤスが繰り返し口にしたこの台詞は、常に「と言われている」という伝聞でした 「と言われている」という言説が繰り返されることで、それは既成事実化した未来になります ここに時間の転倒があります 実際に戦争が始まった時、人々はそれを「知

          「PARCO劇場開場50周年記念シリーズ 新ハムレット~太宰治、シェイクスピアを乗っとる!?~」ネタバレ感想 4