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「幸せだから、今死にたい」君へ

「私さ、今が幸せだから死んでもいいのよ。てか今より先は、凄く不安定になる予感がするの。」と、ユカが打ち明ける。時は去年の秋。男子禁制の『ティーパーティー』ならぬ、『もつ鍋女子の会』にて。

6人も集まった有志の中で、ユカと私は偶然隣り合わせになった。「「家に帰ってもご近所さんなのにね」」と2人で笑い合う。

「ぶっちゃけると恋人とは上手くいってる。てかそこそこ山も谷もあったけど。なんなら泣きじゃくりながら言い合いもしたけど、思い思われてるんだ。だからさ。」と、ユカ。沈黙。

私は言葉につまる。どゆこと?とはてなマーク。

私は(本気なのかな?でも、食事の場で話せるってことは大したことじゃないのかな?)と、ひとりでグルグルする。てかノロケかい!
「ええ〜〜うそ!今幸せならこの先しばらく幸せなんじゃない?ユカと彼氏さんも順調なら」と、当たり障りのない返しをする。

ユカは一旦口を開いて、でも少し閉じて、こう説明し始めた。

「衝動的な【死にたい】はもう無理、人生なんて地獄、絶望って意味なのよ。でも私の今言った『死にたい』ってのは、なんとなーくここら辺で生きることからフェードアウトしたいってこと。言うなれば【希望的観測】なわけ。人生のサブスクを解約したいって感じなの。」と、ユカは食べかけのねぎま串を、指揮棒のようにクルクル。

「じ、人生のサブスク……ってあのサブスクリプション?それはまたサクッと過ぎない?動画配信アプリじゃあるまいし笑」
ユカ語録の豊かさに惹かれつつ、引き笑いな私。
この子のいう『世間話』はやっぱりズレてる、と心の中で頷きながら。

ってことは、少し酔ってるんだな。
じゃあ私は聞く側に徹しようっと。私がビールを継ぎ足して向き直ると、ユカは手羽先を手に話の続きを始めた。

ある人が話す話の勢いの中に、
火に薪をくべるイメージで質問を交えつつ
聞いていると、思いがけない『本音』や
『自分にも当てはまる価値観・矛盾』などが
溢れ出たりする。人の口は思いの源泉。
言葉が魚なら、口調は水。
今日は、どんな話が聞けるのかな。

「死ぬ死なないってね、そう気軽にオンオフ出来るものじゃないってのは知ってますようーだ!!でもね、好いた相手から思い思われている間に、この今の楽しさをそのままに、フリーズドライしたいのよ。」やや拗ねた口調、勢いは増す。

ジップロックを閉じる仕草をする人、初めて見た。めっちゃおもろ。ついーって。

まつパとアイライナーで綺麗に縁どったアイラインは、彼女の大きいアーモンドアイを引き立てている。リップは控えめなローズだ。
神経質なほど肌の治安にこだわりのある彼女は、たとえ生え際であってもニキビひとつ許さない。こんなに綺麗なつんつるてんのおでこ、いいなぁと眺める私。ユカは視線に気づかない。

食の妥協は美の下り坂。ユカ語録その1だ。
話は逸れたが、私はすかさず切り返す。

「それって、野菜とか肉を保存する方法よね……でも、言わんとする意味は分かる。ユカは相手との時間や思い出ごと、切り取って大事にしまっておきたいんでしょ?」と私。

「そー!もちろん現実じゃ無理ってのも知ってて言ってるだけ。世の中じゃ【長く平和に生きる】ことがトレンドじゃない?でも、その【平和】の中身が退屈じゃ意味ないんだもん。」
ユカの『長生き』の定義は、やや暗めみたい。

「だからこれは【what if/もしこうなら】っていう話。あーあ、生きるのって人の目だらけ!あたし、目と鼻以外にも穴あきそう!」と、大げさにため息をつく。
ピアスを両耳で8個も開けてるユカがそれ言う?ってなった。にしても、ドラマチックな話し方するよねと私。天使と悪魔が、両脇に登場しそうだ。

「まあまあ。長く過ごしてるうちに良い事もあると思うよ?当然だけど」と私。少し平凡過ぎる返事だろうか。

「そりゃね。無いと困るもん。でも、例えば死んじゃいたいくらい辛いことがあったら?恋人が突然居なくなったら?仕事が致命的に上手くいかなくなったら?突発的に、人は死を選ぶんじゃないかしら。そんな不安をね、常に抱えてんの。あとはホルモンバランス悪い時の肌荒れ。」

すかさず、「肌荒れ対策のサプリメントたち」をお披露目するユカ、その量に目を見張る私。
というか、そんな種類あったのね……いやはや。

「肌荒れってのは笑える。ユカ的には、恋人との幸せな空間だけ残して消えられれば〜って感じだもんね。」と軌道修正する私。そうなの、と言いつつユカ、三本目の手羽先にかぷり。

人は・男は・女は・子供っていうのは……
と色々あるけれど。大きな主語を使って
ものを語る時、人は自分の思いや、中身を
打ち明けているものだ。(良い例文?笑)
恐らく「私はこう思う」と言い切るには曖昧で、「私より他にも同じ人が居て欲しい」
という思いも混じっていて。
いわゆる【全人類の歴史】になぞらえて
フレーズを借りた方が、比較的簡単に、かつ
サラッと話せるのだろう。

「だから私はさ、恋人との幸せな気持ちを永遠なものにもしたいし、長寿イコール正義!みたいな流れにも反抗したいわけ。もぐもぐ」と彼女。
その食べっぷりや口調からして、生きる気満々でしかないんだよなあ……とひとりごちる私。

口に出てたみたい。
なあに?という顔をされてしまった。ちょこっと怒った時の彼女は、猫っぽさが出てオモシロイ。目も猫っぽいし。ふさあ〜っと臨戦態勢に入るシッポが見える。ピアスがチャラっと音を立てる。

「ねーーーミカ聞いてんの?ちゃんと。私は欲張りなの。なんかここら辺で良いわってタイミングで、ポックリいっちゃいたいわけ。死ってそれが選べない分、【死】と【あたし】ってフェアじゃないけど」と続けるユカ。頬杖をついている。

わ、わがまま〜〜〜〜と囁く私。
見事に聞こえていなかった。

「フェアじゃないって……よくわかんないけど、死は誰でも経験するし、フェアじゃないの?あ、でも今のは【ユカにとっての死】が傲慢ってイメージなのね」と続ける私に、
「そうなの、私はたとえ物でも人でも関係なくフェアでありたいの。その考え自体がゴーマンって言うならもうお手上げ。バイバイ撤収って感じ」とユカ。彼女は自己完結もしがちだ。

ユカとは高校と大学を含め、5年越えのご近所さんでもある。そのため普段から『ユカ語録』に慣れ親しんできた、(英才教育を受けてきた、エキスパート通訳の)私には、彼女のこねくり回した言い回しが割と容易く噛み砕けるのだった。 

話す言語や育った境遇は違えど、誰かと
自分の中での【コミュニケーション】や
【概念の捉え方】を司る部分が
合致していることがある。
育った土は違えど、付ける実は同じ。
不思議と縁のようなものを感じずには
いられない。もしくは、お互いに
歩み寄った結果とも言えるのだろうか。

申し遅れたけど、私の下の名前はユミカ。
名前が2人とも似ているので、ユカ/ミカに分けて、呼びあっている。実は私、ユカから『死ぬ/死なない』という会話を、他の場でも幾度か持ちかけられていた。

「まあまあ、それは理想的な話でしょ。そうこう言ってる間にまた1年や2年経つからさ、そうして皆歳を重ねるんじゃない?」と私。

「スムーズにいけばね。で、きっと同じ席で同じ店でもつ鍋食べてんのよ。あと手羽先ね。まあ、あたしはこういうオチのない話に付き合ってくれんの、ミカだけだって思ってたから。とりあえず今日のとこは満足。」と話しつつ、ユカは計5本の手羽先を平らげ、もつ鍋をおかわりした。

いきなり終わったんですけど。と私。
逆に質問わいてきたんだけどなあ、いい所でもう……自由な子だわ。

「んー、てことはユカもこのまま良い感じだよ、大丈夫だと思う。」と根拠のない応援をする私。
「ほんと?!ミカのそういうふわっとしたとこに安心するのよね〜〜彼氏候補!第2!」と宣言するユカに、ナゾのお褒めを賜る私。ははあ。

やはり、ユカは生命力に満ち溢れている。
対して私は普段から、そんな宇宙レベルの話を誰かとしようとも、思いつきもしない方だ。何なら明日のお弁当は何と何にしようか、今月の光熱費は意外と節約出来たかも……とか、そんなものだ。

突飛な話を投げかけるユカは、私にとって、日々の刺激のひとつになっている。ザ・流れ星。
あとは、こういう哲学的な話にオチを付けずに、白黒もつけずに、【To be continued(続く)】ってしちゃうとこもユカらしいなと思った。

それでまた変な(?)記事やニュースを見つけてきては、アレコレと話したがるのだろう。

その場で「話し合い」そのものには
ケリをつけても、判断として決着はつけない。
それはある意味、『その問題に常に
向かい続ける』という姿勢の現れだと思う。
何をしていても、頭の片隅でずっと同じことを、ありとあらゆる目線から見つめ直すのだ。
ずっと忘れていたことを思い出して、
ふと考えにふけるように。
繰り返し、飽きることなく繰り返し。

ユカは自分のことを「頑固で夢見がち」だと言う。私はそれに対して、「ユカは思慮深くて活発な子だ」と言う。それを気難しい・屁理屈と捉える人がいるなら、それはその人の価値観だろうと。

『夢見がち』というのは、ある種、
一度に持つ視野が多角的という面を持つ。
多様な見方が出来るから優柔不断になったり、
思いもよらぬ解決策を生み出せたりするのだ。
その思考力は、変幻自在のダイヤモンド。
追求力とは、衰えない筋肉のこと。

ユカは私に返事はせず、深く頷いた。
お腹は満たされたようで、頬が磨きたての林檎のようにツヤツヤとしている。終わりに出された熱いお茶にホクホクとしている。

「ねえこの器、赤い実!かわいい!何が描かれてるの?」とユカ。
「南天かな?雪が描いてあるね、それが咲く時期的に、1番絶好調って意味だよ」と私。

南天の花は白、実は鮮やかな赤。
秋の終わりに雪を待つその植物は、
他の生き物が静まり返った冬に、ひときわ
赤い身をつける。しかも、葉は青々とした緑色。縁起がよく、そして生きる力を蓄えた
まさに「雪待ち南天」なのだ。

なんだかユカっぽいね。言わないけど。

「えええーーー死ぬっきゃないじゃん!」とユカが元気よく言う。響く。その手の冗談は、本当に不謹慎だから止めなさいと私。線引きは厳しめ。「ごめんね……」とユカ。仲直りはした。

そんな訳で、その日は各自解散となった。
ユカは彼氏が待つという最寄り駅まで元気に早足で去っていった。大きく手を振りながら。

それにしても南天、ねえ。

もしかしたら、私とユカには何か報われるような未来や、いい事が待っているかもしれないなあ。私は根がポジティブなのもあり、ぼんやりと(私はユカとこのまま仲良く居られたらな〜)と思いつつ、改札をくぐった。

まだまだ、秋の夜は深い。

終わり。

オマケに、南天について少し。
南天の花言葉は「私の愛は増すばかり」
「深い愛」「機知に富む」など。常緑樹であり、冬に美しい実をつけるため縁起物。
「難を転じて福となす」にちなんで、
お正月にも人気。これを見かけたあなたにも、「雪待ち南天」をおすそ分け出来れば幸いです。今までの努力や災難が転じて、
良い事や、良い結果になりますように。
どうぞ実りあるものになりますように。

ではでは、おやすみなさいませ。

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