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素人カメラマンだった僕が、就職したらいきなり一人で、プロとして撮影をさせられて右往左往する話

僕が初めて就職したのは、DPE店だった。
フィルムの現像と、写真のプリントを行うお店だった。

面接時に、写真撮影の知識があることをアピールした結果、
撮影スタジオ付きのお店に、配属された。
証明写真用の撮影セットがあるところは珍しくなかったが、
ここには全身撮影用の背景と、中版カメラが用意されていた。
写真館並の設備が整っていた。

履歴書や免許書用の証明写真撮影だけでなく、
七五三やお宮詣り、家族写真や成人式の撮影まで行うお店だった。

問題はそれを任されたのが、僕だったことだった。

一眼レフでスナップ撮影の経験はあった。
しかしフルオートの、カメラ任せの撮影で、
まともな技術は持っていなかった。
ましてやスタジオ撮影の知識など全くなく、
ライティングもポージングも、何一つ理解しておらず、
中版カメラなど見たことも触ったこともなかった。

こういった状態の素人を、
まともに撮影ができるよう教えるのは、結構な時間と手間がかかる。
僕自身、教える立場になって経験してきた。
つきっきりで教えて、数ヶ月で何とか形になって、
1年くらいで、多少独り立ちできるのが一般的だった。

それなのに、僕の研修期間はたった1日だった。
1週間でも、1ヶ月でもない、1日。
本当に一日しか教えてくれなかった。

教えてもらったのは、
中版カメラの操作方法、
簡単なポーズの付け方、
それだけだった。時間が無さすぎる。

そして、撮影には全く関与していなかった前任者から、
DPE業務に関する引き継ぎだけ受け、
晴れて店長として、一人で店舗を運営することになった。

フィルムを現像したり、写真をプリントしたりすることだけでも、
覚えることは膨大にある。
店舗での受付、レジの扱い、売上の締めかた、
お店を運営していく上では様々な業務があり、
それだけでも手一杯なのに、
スタジオ撮影を行わなければならなかった。

全くの素人の僕が、一人で。

ただ、僕は根っからのお気楽人間で、物事を深く考えない人間だった。
何とかなるだろう、何とかしてみせるさ、などと気楽に構えていた。

当時の僕は写真を完全に甘く考えていた。
お客様の、大切な一日の記念になる撮影するのが営業写真で、
それは一期一会の、取り返しのつかない貴重な写真だ。
そのことに、全く思い至っていなかったので、
軽く考えていられたのだと思う。

とはいえ、空いている時間を使い、
中版カメラに触れては、操作に慣れるようにし、
撮影の自主練習を行っていた。

それは新入社員として、当たり前の事なのだが、
何よりも困ったのは頼る人がいないことだった。

自分が店長として勤める店舗には、
社員は僕一人だけで、あとはアルバイトしかいない。
何かわからないことがあると、
毎回、本部に電話して尋ねないといけないのだが、
わからないことだらけなのが問題だった。

実際問題として、全てを本部に確認することは難しかった。
自分で出来ることは、自分でなんとかする。
新入社員には似つかわしくない、
まるでフリーランスのような態度で仕事に臨むことになった。

けれども、お客さまを撮影するという経験自体がなかったので、
カメラマンとしての、技量以前の問題があった。
お店に来たお客さまは、当然プロに撮影してもらえると思って来るはずだ。
ところが、撮影する僕はプロでもなく、撮影経験すら無い。
これはひどい詐欺ではないだろうか。
当時の僕でもそう考えた。

しかし、現実としてお店にお客さまが来て、
撮影を頼まれることになり、
当たり前だが、僕が対応する。
お客さまの期待に答えなければならない。
ただ僕の技量的には、とうてい難しい。

今から考えると、「僕には無理です、助けて下さい」と会社に泣きつけば良かったのだが、
自分でなんとかするのだと思い込んでしまった。

そして、一番最初に、初めてのお客さまを撮影したときに、
自分の甘さを実感することになった。
僕は、心の底から震え上がった。
自分の態度、言動、声色、表情、そして撮影した写真、全てに素人感まる出しだった。

今で言うチェキのようなインスタントカメラで、免許書用の写真を撮影した。
当然、撮影に失敗して、何度も撮りなおした。
インスタントなのでその場でわかるのが幸いしたのだが、
何度も撮りなおしたと思う。
免許書用の証明写真なので、表情を引き出す必要もなく、
普通に写っていれば問題ないのだけれど、
それすら難しかった。

それからは証明写真の撮影の度に、
自分が素人だと、お客さまにばれていないか、
写真の出来が悪いのを指摘されないか、
との恐怖心に包まれることになる。

撮影の回数を重ねると、
写真の出来については、意外とクレームがつかないのに気付いた。
証明写真なので、普通に写っていれば良いのだ。
そうなると、やはり問題は自分が全くの素人だという、この一点だった。

まず、写真の撮影技術はすぐに上手にはならない、
どうしても時間がかかる、
これは仕方がない。
コツコツと地道に努力を続けるしかない。

しかし、お客さまは待ってはくれない。
日々、やってくる。
そのお客さまにどう対応するのか。

僕が考えついたのは、
あたかも経験豊富なプロみたいに撮影をする。
まるでプロのような雰囲気を出し、
ベテラン風の演技を行いながら撮影するということだ。

具体的には、
わざとゆったりと行動する。

経験の少ない、素人カメラマンなので、
基本的に余裕がなく、色々と焦っている。
その精神状態が、ガチャガチャとした行動に出ている。
それをごまかすために、
何をするにも自信満々のベテランのように、
ゆったりとした動作を心がけ、
お客さまに安心感を与える。

そして、顔の向きや表情、ポージングについても、
僕の中にはまだイメージも乏しく、
撮影時に的確に指示もできなかった。
しかし、無理矢理にでも何かお客さまに指示を出す。
僕的には、何も直さなくても良いところでも、
何箇所か、ああしろ、こうしろと指示を出してから撮影する。
それによって、お客さまはプロに何かアドバイスをもらった気になるのではと考えた。

今から考えると、小手先も小手先、
付け焼き刃で、上っ面だけの対応策なのだけれども、
当時の僕にはこれしか思いつかなかった。

素人の僕が、突然プロとして、
一人でお客さまを撮影することとなり、
何とか、クレーム無しに帰ってもらうために、
必死で考えた結果がこれだった。

当面はこの対応策でしのぎ、
徐々に、撮影の技術を向上させていく予定だったのだが、
写真というものは、当時の僕が考えたほど簡単なものではなかった。

証明写真程度ならごまかせた経験の無さは、
七五三や家族写真などのスタジオ撮影で、
次々とボロを出していく。

この先には、遥か長い道のりと、苦労が待っているのだった。


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