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最悪の北京旅行

有効期限が切れそうなパスポートを見ると、散々な目にあった北京旅行を思い出す。

10年近く前にいった北京。母と二人でツアーに参加した。おふくろは若いころ無類の海外旅行好きだったらしいが、子供ができてからは一度も行けてなかったとのことで、たいそう喜んでいた。



しかしながら、良い思い出はほとんど皆無だ。じつに嫌な出来事ばかりだった。中国は嫌いではないし、興味があるから初めての海外旅行先に選んだわけだが、文化の違いに食らい続けた。
とはいえ、猛烈に刺激的だったのは間違いない。年月を経て、あれも楽しい経験だったと思えるようになった。

パスポート更新手続きの待ち時間に、北京旅行で嫌だった出来事のワースト3を、ランキング形式で書き出してみる。


3位 無限に値引きができる


万里の長城でお土産を買おうと思った。
出店にずらりと売り物が並んでいる。どの品物も風にさらされて埃っぽかった。
いろいろある中で、中国共産党の人民帽が目を引いた。

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※人民帽。初期ウーロンが被ってるやつ。なぜか欲しかった。


買おうと思ったが品物のまわりに値札が見当たらない。仕方なく人民帽を指さし、露天商に英語で値段を尋ねた。「ハウマッチ?」
無愛想な店員は指で50と示した。50元。日本円にすると850円ぐらいだ。



人民帽を被って るんるん気分で長城を散策した。はたから見ると初期ウーロンみたいだったかもしれない。
ツアー旅行だったので、同行した日本人観光客が近くにいた。そのうちの一人が「帽子、いくらで買ったんですか?」と尋ねてきた。

「50元で買いました」と答えると、その男はニヤつきを隠さなかった。

僕はそれ、10元で買いましたよ

10元!?170円だ。ぼったくられたのか?


「値切らなきゃだめですよ。半分には絶対値切れますから」

すさまじい掛け値具合。半額にできるんだ。でも、10元はすごい。5分の1に値切ることなど
可能なのだろうか。

「コツがあるんですよ、何回か分けて値切るんです。向こうも吹っ掛けた値段をいうので、思い切って値切るんです」

中国の値切り方講座

値切りテクは以下のような流れだ。

店員に「50元だ」と言われたらまず「25元なら買う」と宣言する。

え、いきなり半額を提示するの、と思ったが、抵抗なくすんなり25元にしてもらえるらしい。
そうだったのかー!

しかし、そこで手を休めてはいけない。
「やっぱり25元は高い。12元なら買うんだけど」

さらに半額を提示するのだ。さすがに店員も苦い顔をするらしいが、12元にしてもらえたとのこと。最後にもう一撃。

「他の店は10元にしてくれた。10元にしてほしい」

店員は露骨にふて腐れた態度をとるが、結局は10元で売ってくれるらしい。


必要なのは異国の地で5分の1の値段を提示する度胸。相手は吹っ掛けてきてるわけだから、情け無用ということだった。


しかしさらに強者がいた。同商品を1元(17円)で買った猛者がいたのだ。


手順を聞くと、10元までは同じ。そこから

10元→5元にしてほしいと、もう一度値切る。するとさすがに「5元では売らない」といわれる。


「じゃあ他の店で買います」と涼しい顔を作って立ち去ろうとすると呼び止められて「もう5元でもいい!」と言われるらしい。

そこで初めて支払う仕草をするが、財布を見て落胆の表情で言う。
財布に1元しか入ってなかった、ごめん。買えない」
店員が反吐を吐くような表情をしたあと、やけくそ気味に「1元でいい!」と売ってくれるらしい。いったい原価はいくらなんだ。17円の品を850円で買ったことが無性に悔しかった。

お互いの心理を読みあう高等テクニック。痺れるぜ。
僕もやってみたかったので、買う気のなかった毛沢東の語録を同手順で10分の1に値切って買った。

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※10分の1で買ったけど、勿体なかったなと思う


2位 Wikipediaに載ってる詐欺


紫禁城の故宮博物院を訪れた時のこと。

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※天安門の奥にある、故宮博物院


故宮博物院は東京ドーム15個分の大きさで、回るだけでも相当くたびれる。
ほとほとに疲れ果てたタイミングでツアーガイドのおじさんがお店で休憩しましょう、と言った。


日本人観光客一行が連れていかれたお店は故宮博物院の一部で、きらびやかな中国絵や絢爛な書が掲示されていた。

なんでも故宮博物院直営のお店で、紫禁城の修復費を捻出するため、現地でしか買えない品物が売られているとの説明を受けた。うん十万円〜何百万円という芸術品が並んでいた。

それらをゆっくり眺めていると、ツアーガイドが、ある男を紹介してきた。ホンダラ拳のおやじにそっくりだった。

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ガイド「この方(ホンダラ拳のおやじ)は、中国では著名な書道家です。彼の書いた書(しょ)は国宝級の芸術品です。今日は修復費の募金イベントを開催されており、通常ならうん十万円するところ、なんと1枚1万円で書を書いてくれるそうです。しかも故宮博物院の鑑定書つきです!お土産にいかがですか。」

見た目がホンダラ拳のおやじのため、凄まじい胡散臭さだ。とはいえガイドさんは日本の大手旅行代理店の関係者だし、故宮博物院の鑑定書もある。
「本物ですか?」と質問があがると「天下の故宮博物院で、贋作が売られるはずがない」とガイドは熱弁します。

みなぞろぞろと列を作り、字を書いてもらいました。僕ら一家は書道に興味がないので買いませんでした。

ホンダラ拳のおやじが、ものものしく書いた書が1万円。豪華な半紙(半紙に金箔が混ざっている)に書けば2万、3万円に跳ね上がりました。
ここでしか買えないと、奮発して20万円以上の絵を購入した方もいました。

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これらは全て詐欺でした。分かったのは帰国後。
しかも調べたらめちゃくちゃ有名な詐欺らしい。どれぐらい有名かというと、Wikipediaに載ってるぐらいベタな詐欺だった

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"南群房には、「清韻堂」という骨董品のコピー商品を売る店がある。ここの売りは「溥儀の甥」や「中国の国宝級」の書家が「ボランティア」で書の実演販売を行うことであるが、実際に「溥儀の甥」である証明は付かない。また、「故宮の敷地内で偽物を売るはずがない。」と言っているが、南群房は、故宮博物院の敷地ではない。購入の際には「故宮博物院の鑑定書が付く」と言っているが、実際に付くのは「故宮"清韻堂"」の「証明書」であり、骨董価値を示す鑑定書ではない(「故宮」という単語は商標とは認められていないため、自由に名乗ることができる)。"

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/紫禁城#故宮博物院

つまりこの店は有名なコピー品売り場、日本人観光客の狩り場(ちょっと韻を踏んだ)

Wikipediaに載るくらい有名な詐欺ってなんなんだ。サスペンダーズさん、カナメストーンさんでもWikiは削除されるというのに。


同じような事例がありました(参照)

http://rillarilla.blog.fc2.com/blog-entry-428.html


日本の旅行代理店も、管理できていないみたいです。(被害額は旅行代理店に言えば返金してもらえるそうですが…)


生き馬の目を抜く北京。旅行の際はお気をつけて。


特別編 電車内の乞食


大陸の人はたくましい。北京の電車に乗って移動していた時のこと。日本ほどではないが、席に座れない程度の満員電車だった。
つり革を握っていると、とつぜん車内に爆音のBGMが響き渡った。携帯が鳴ったのかと思ったがそれにしては大きすぎる。音楽ライブでも始まったのかと勘違いしそうなデカい音。

音の発生源を目で追うと、浮浪者のような風体の男が、ラジカセを担いでいた。
爆音を撒き散らす男は、ディディコングがゴールした時のようにラジカセを激しく揺らし、小銭の入った箱を掲げていた。

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彼の正体は音楽を利用した物乞いだった。爆音でみなの注目を引き、投げ銭をいただくシステム。通常そういう方は、道端で存在感を消して過ごしているイメージだが、中国は違う。「オレが乞食だぜ」と言わんばかりの自己演出。
あまり目で追えなかったが、そこそこお金は入っていた気がする。スパチャの祖かもしれない。

乞食も自己演出をする国。
ストリートで、場を掌握していた。表現者とはかくあるべきと学ぶところもあった。


1位 母親の前でHなマッサージを受ける

ツアー初日が終わる頃。バス内はみな満身創痍の疲労困憊だった。

「皆様、たいへんお疲れ様ですネ」

先程のインチキツアーガイドのおじさんがたどたどしい日本語で話はじめた。ダイジョーブ博士みたいな口調だ。

「そんな皆様をねぎらうために、なんとホテルに着いたらマッサージのサービスを用意してます!
別途料金はかかりますが、明日もたくさん歩きますし、受けてみることおすすめです!大好評の中華式マッサージです!マッサージ希望の方は手を挙げて下さい!」

ぱらぱらと手があがる。

僕も疲れていたし、マッサージに興味もあった。単純な好奇心で手を挙げた。


翌日。
ツアーガイドに「マッサージは気持ちよかったですか?」と尋ねられた。
「ああ、ええ、まあ」と答えた。そう言うしかなかった。

隣の席のおじさん同士ががこそこそ話している。
「おい、昨日のマッサージ、どうだった?」

「最高だったな」

おじさんたちが盛り上がっている。

「兄ちゃんもマッサージやってもらったろ?どうだった?」
おじさんのうち一人が僕に話しかけてきた。

あっちの方もやってもらったか?」
おじさんはニヤニヤしている。

一瞬何のことかよく分からなかったがすぐに察した。

「中国人の女も日本人と変わらねえなぁ。あそこをつかむ力はやたら強かったけどな笑」

話によると、おじさんたちはマッサージがてら性的なサービスも受けたらしい。高額なチップを要求されたが、日本のそういうサービスに比べると格安だったらしい。

それを聞いて納得した。
昨夜マッサージにきた女性の態度。キワドイ服装。

夜、僕の部屋にマッサージにきた女性は、性的なサービスを奉仕するつもりだった。


しかし。しかし、僕は母と相部屋だった。
つまり僕は、母親の真横で性的なマッサージを受けることになったのだった。



マッサージを希望して手を挙げた夜。ホテルで休んでいると、トントンとノックの音がした。
母親がドアを開けると、キワドイ服装の女性がきた。

女性をみて母は目を丸くしたし、マッサージ師も初老の母を見て、意外そうな表情を浮かべた。

マッサージ師はあまり英語を解さなかった。
彼女は黙々と準備を始めた。何かぬるぬるする液体を作っている。

僕は服を脱いで横になるように促された。
指示されるがまま、パンツ一丁になり、ベッドに横たわった。

生温かい液体を僕の体に塗りたくり、肩から揉み始めた。
女性の手はどんどん下の方にいく。おしりを揉まれて、太ももを揉みしだかれた。
手はついに触れるか触れないかというところに差し掛かる。
すんでのところではねのけ、NOサインを出した。

何故はねのけたか。一部始終を母がじっと見ていたからだ。

ありえないぐらい気まずかった。
女性も悟ったのか、ふくらはぎや足首をマッサージして終わった。性的マッサージは未遂に終わった。



母はマッサージ師に気を使って、テレビをつけた。
日本語で「何が見たいですか?」とザッピングしてマッサージ師の反応をうかがっていた。

当然彼女は答えないし、テレビを見もしない。無愛想にマッサージを続ける。
僕らも中国語の番組は分からないから、無言で見るしかない。気まずい時間は続く。


その沈黙がふと破れた。テレビに見覚えのある絵が映っていた。

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「ちびまる子ちゃん」の中国語版だった。
するとマッサージ師の目が初めてテレビに向いた。

「ちびまる子ちゃんが好きですか?」と日本語で尋ねる母。
聞こえなかったかのように彼女はちびまる子ちゃんを見ながら、マッサージを続けた。
僕らも日本のアニメに懐かしさを感じて、ついつい見入ってしまった。

まる子がドジをしたらマッサージ師が笑顔になった。何をしゃべっているか分からなかったが、僕らも笑った。友蔵の困り顔で一斉にウケた。(後で調べたら、まる子が友蔵の年金を全額使って寿司を食いまくる、原作屈指の神回だった)

ちびまる子ちゃんは言語を超える。誇らしい気持ちになった。さくらももこ先生のおかげで最悪な時間から解放された。
それから僕はちびまる子ちゃんの大ファンになった。

分からないなりに母は彼女にチップを渡していた。マッサージ師は感謝していた。性的なこともしていないのに、チップを貰ったからだろうか。


まだまだ嫌なことはたくさんあった。通訳が全く違うことをいったり、サソリ串を法外な値段で売られたり。飯は北京ダックしか美味しくなかった。あくまで10年近く前の話だけど。でも、刺激的で楽しかった。


コロナ禍が終わったらまた海外に行きたいなぁ。
そんな願いを込めて、パスポートを更新する。


身に覚えのない慰謝料にあてます。