犬とパソコン__2_

書く⇒ タイピング

書くのが好き💛

平たく言えば、真っ白い紙をで埋め尽くすのが好きだった
(なぜそれが勉強に結びつかなかったのかがすごく不思議なんだけど…)
いろいろ考えながらノートを埋めていくのが好きだった
(だからなぜ勉強しなかったんだろう…?)

わたしの身内に物凄い勉強家がいた。幼少の頃、彼女の埋め尽くされた英語のノートを見て「綺麗だ」「素敵!」と思った。あれが始まりだったのかもしれない
コレは妙な性癖と言ってもいい。鉛筆で埋め尽くされたノートの見開き、そして所々のペンチェック、自分のものにしたいと思った。単なる人の勉強ノートを、だ
そこで単純な小娘は、大きくなったらあんなふうにノートを埋め尽くす賢い大人になれると思っていた(絶対有り得なかったけど)
中学に入ったわたしは、ノートを埋め尽くすことはしていたけれど、それは授業の書き取りではなく小説だった。小説にはセリフもあれば改行もあり、教科書のように端から端まで『字だらけ』にすることは出来なかった。無力

授業中は実に静かで、わずかな雑音(先生の声と黒板の音)が実に心地よく、本当によく捗った。だからスランプの時は学校のあの雰囲気の中に浸りたいと思うが、なかなかそれは叶わないもの


ひたすら書きなぐっていた頃のわたしには趣味の「名簿」のほか「ネタ帳」ならぬ「エピソードノート」がありました
その時々思いついたセリフや物語のエピソード等を書き連ねるノート。それにはMyルールがあり、必ずノート一枚書き切るということ。時折それが絵になることもありました。とぎれとぎれのワンシーンはタイトルと章ごとに割り振られ、繋げればいつか一つの物語に仕上がるものもありました
でも、捨てちゃったんだよねぇ…なにを思っていたのか20冊以上あったのに、ま、なくても困っちゃいないけど

始めた頃は鉛筆書きでしたので手が真っ黒になるほど書いていたことを思い出しました。高校の頃から水性ボールペン万年筆になり、ノートを埋めることよりインクがなくなるまで書くことに達成感や充実感を感じていたように思います。目的があると捗るもので、あの頃の方が今より長編も苦も無く書けていたように思いますが…どうだったかな? やっぱり産みの苦しみはあったのかな

高校を卒業するころ「進学しない」約束の上に家庭用のワープロ(持ち運びに不便な大きなやつ)を買ってもらいました。でもわたしは我がまま気ままな娘だったので、そんな約束は反故です(短大行っちゃいました)。しかしワープロを買ったからと言って、バチバチと軽快に打てるわけではなく、がっかりしましたが、幸い短大時代にパソコンルームで自主学習することが出来ましたので、空き時間はひたすらタイピングの練習に励んでおりました

わたしは筆圧が強いのですが、タイピングもだいぶ強いです。カチカチ相当なってます。音がいらないほど力強く打ってます。だからタイプライターとか、昔のでっかいパソコン(デスクトップ?)のいい感じに凹むタイプのキーボードの方が気持ちよくパチパチできて好きかも💛

パソコンのパチパチが耳に心地よいです。特にenterキーですかね
少し前までノートパソコンが苦手でしたが、今はだいぶ慣れました。なぜノートパソコンが苦手かというと、平らすぎて思い通りに打てないから~と、隣のキーをなんとなく触ってしまったりして、誤字脱字が増えるから~です(;^ω^) ただそれだけ
それと指先に怪我をして絆創膏を巻いているときは特に、打ち間違い多い

でもテンキーは使えません。タイピング練習の際、とりあえず文字、文章が打てればいいと思っておりましたので、テンキーの練習は飛ばしました
でもちょっとやっておけばよかったかな?って、会社勤めの頃思いました。数字の打ち込みは生活や仕事には切り離せないものだったのですよ( ̄∇ ̄;)
今はぜ~んぜん使いませんけどね

それとローマ字で打っているからと言って英文がすらすらと打てるわけではありませんでした。これは甘かった(~_~メ) 
当然ながら頭の中が日本語なので、英文になると途端にスローダウンです。まるでひらがな打ちをしているのかというくらいキーボードを目で追ってしまう。おもしろいですねぇ…いやいや頭の中が英語に切り替われば、きっとすらすらと打ち込めるのでしょう
苦手なので、それは期待できないでしょうけどね

いつもお読みいただきありがとうございます とにかく今は、やり遂げることを目標にしています ご意見、ご感想などいただけましたら幸いです