恋愛体質:date
『雅水と唯十』
4.LINE
「ほら桃子来たよ、続き話して」
席に着く間もなく、注文もそっちのけで急き立てる砂羽に「せめて注文させてあげなよ」という雅水。
「大丈夫よ、もう注文しといたから。連れが到着したらレモンサワー持ってきて、って」
そういうと砂羽は店員を見つけて、軽く手を振った。
「そんなときは早いんだから」
「常連さんだもん」
呆れる雅水を横目に、いいからいいからと得意顔。
「なにかあったの?」
急かす砂羽になにごとか、と訝しむ桃子。
「ほらこないだ話したじゃない。200円男」
「200円?」
そう雅水が話し始めたところで、桃子にはなんの話かが分かったようで「あぁ」と頷いた。
「ばったり会っちゃったの、カフェで」
当時を思い出してか、雅水の声は次第に小さくなり、
「うそぉ。そんな偶然ある」
つられて砂羽も小声で答えた。
必然的に3人は顔を寄せ合った。
「こないだ小教研で学校が半休だった日、桃子の店に寄ったら早番だっていうから、一緒に夕飯でも~と思って駅前のカフェで時間潰してたの」
雅水はそのまま、トーンダウンした声でつづけた。
「そこ、パスタも結構おいしい店だったからさ、そのまま食事でもいいかな~と思って。桃子が来てからふたりでメニューを選んでたら、隣に不慣れなカップルが座ったわけ」
「不慣れなカップル?」
なにそれと、目を見開く砂羽に、
「いかにも付き合いたてって雰囲気の、よそよそしいカップルよ」
「あ~」
「でね、決まった?ってメニュー越しに桃子を見たとき、ななめ隣の男の方が目に入って。もうびっくりよ」
慌ててメニューで顔を隠したのだという。
「どうしたのって聞いても、雅水なにも言わないから」
くすくすと笑いながら口元を抑える桃子。
「だって、200円の自称IT社長だったんだもの~」
「それで、声かけた」
畳みかける砂羽。
「掛けるわけないじゃない。メニュー立てたまま急いで桃子にLINE送ったわよ『来て早々悪いけど今すぐ出たい』って」
「わたし、しばらく気づかなくて。メニューの陰から雅水がスマホを振るから、あわてて自分の携帯みたの」
「アハハ。桃子らしい」
「だって目の前にいるひとからLINEが届いてるなんて思わないじゃない」
「そりゃそうだ」
「そうこうしてるうちにヤツが言ったわけ『なんでも注文していいよ』って。これ、まぁた街コンで知り合ったやつだ~って思って。思わず吹いちゃってさ」
「気づかれた?」
「それがあいつ、あたしの顔覚えてなかったみたい。とにかくさっさと店出たくてさ」
速やかに席を立ったということだ。
「ホントびっくり。世間はホントに狭かったってことね」
そこでようやっと雅水は顔を上げた。
「でもね、帰り際相手の女の人の顔見たけど、つまんなそうな顔してたわぁ。あ~こりゃ説教されるなーって思ったよね」
「なにそれウケるんだけど」
「彼女がなに頼んだか知らないけど」
「200円とられたね」
「まさか~」
そうして3人はひとしきり笑った。
「だからもう、こりごりなの」
そう言って雅水が手に触れたスマートフォンが震えた。
「また来た」
スマートフォンを拾い上げ、
「ねぇ。現役大学生ってこんなにおしゃべりだった?」
言いながら生ビールに手を伸ばし、スマートフォンを伏せる。
「暇なんでしょー学生は」
「就活中のはずだけど?」
「就活…」
「なによ」
「実は、あたしも」
「え? 病院辞めたの?」
「そうじゃなくて、うちの先生引退するの」
「くびってこと!?」
「そうじゃないけど、実質職を失うことになるね」
「え~大変じゃん。でも看護師って引く手あまたじゃないの?」
「どうだろね」
言葉とは裏腹に、内心は不安いっぱいの砂羽だった。
いつもお読みいただきありがとうございます とにかく今は、やり遂げることを目標にしています ご意見、ご感想などいただけましたら幸いです