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恋愛体質:date

『雅水と唯十』


1.outfield

雅水まさみ~。退屈~。そんなガキほっぽって帰ろーよー」
校庭の金網越しに、背中に叫ぶ声がある。
「外野、うるさい!」
サンバイザーにジャージ姿の雅水は振り向かずに答える。

「先生~そのひと彼氏ですかぁ」
鉄棒にぶらさりながら、にやにやと様子を窺う少年A。
「A多くん。目の前に集中しようねぇ。参観日までに逆上がり出来ないとおかあさんに見せられないぞ」
今できる限りの笑顔を少年に向ける。
「ボクもう疲れちゃったよ~。お腹もすいたし」
その言葉に加勢するようチャイムが鳴った。
雅水は大きくため息をつき「じゃぁ、続きは明日にします」と答えて校舎に向かって歩みを進める。
「やった~」
「やった~。じゃ、ないの。おかあさん、びっくりさせたいんでしょー」
なにごともなかったようにその場を後にした。

校門の壁に寄りかかり携帯電話を操作する唯十の耳に、ガチャガチャと懐かしい音を立てて近づいてくる気配がある。その視界に先ほどの少年Aが顔を覗かせ立ち止まると、
「おいおまえ。せっかくの先生との時間、ムダにしてくれんなよな」
まんまるい目を限りなく細目に寄せ、見上げるその姿は心なしか敵意を感じた。
「なんだよがきんちょ。おまえ、あいつのこと好きなの?」
「あいつじゃない。雅水先生だ」
「はいはい、雅水先生ね。おまえいくつ?」
唯十は少年の目線にしゃがみ込む。
「おまえじゃない。泉川栄多、3年1組だ」
「おー。オレは荻野おぎの唯十ゆいとだ」
なぜか自己紹介する。だがこれは職業柄、名乗られたら名乗り返してしまう律儀な性であった。
「雅水先生はなー、おまえみたいなひょろいのは好きじゃないんだってさ」
「おまえみたいな丸ぽちゃがいいってことか?」
「違う。先生の理想の男は『にしむらあさお』だ」
「だれだそれ」
「しらねーよ。でも白いスーツの似合う男だ。だから、ぼ…オレも、大きくなったら白いスーツが似合う男になるんだ」
「へぇ。永ちゃん以外にオールバックで白いスーツが似合う男がいるのかね」
「気やすく栄ちゃんって呼ぶな」
「へ? あぁ、おまえ泉川栄多だっけ。えいちゃんって呼ばれてんの? すげぇじゃん。どうせ目指すなら、その西村なんとかじゃなくて『永ちゃん』目指せよ。そっちの方がカッコいいぜ」
「えいちゃん?」
「そうそう。カッコいいぜ、矢沢永吉」
「知ってるぞ。ヤザワだな!」
「そうだ、ヤザワだ」

「栄多くん、まだいたのー?」
「あ。雅水先生。先生と帰ろうと思ったんだけど、このひとかわいそうだから今日はひとりで帰りまーす。さよーならー」
栄多少年はスマートに右手を上げ、再びガチャガチャを音を鳴らしながら駆け出して行った。
「このひと?」
どうやら雅水からは、しゃがみこんでいる唯十の姿が見えなかったようだ。
「あんた。まだいたの」
「冷たいなぁ雅水先生」
唯十は立ち上がり、もの言いたげに雅水を見下ろすような仕草を取った。
「職場に来るとか、ルール違反じゃない」
先ほどと打って変わってリクルートスーツに身を包んだ雅水は、低い声で嫌悪感をあらわに鋭い目つきで唯十を見据えた。

立ち止まるでもなく、素通りしていく雅水を横目に唯十は、
「雅水先生、ひとつ質問がありまーす」
右手を上げてゆく手を阻んだ。
「なによ、改まって」

「『にしむらあさお』ってだれ?」

 


5.waiting for departure  2.hanger-on

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