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恋愛体質:BBQ

『重音と桃子』


2.tactics

既にエンジンの掛かった車の助手席に乗り込むと、急に重音かさねが覆いかぶさってきた。
「ぇ、なにっ!?」
恐怖に肩を竦める桃子とうこ

「この車、古いから。シートベルト固いんだ」
鋭い目つきで答える重音に、
「ぁ、そうなんだ」
無闇に疑った自分を責める。が、
「なに? キスされると思った?」
そう言って口元を歪める仕草に、やっぱり「苦手だ」と再認識して目を伏せた。

ガツガツ…と、2、3度シートベルトをひっぱり「トモじゃあるまいし」と、付け加えてタングを手渡す重音。
「とも?」
上石あげいし。あいつプレイボーイだから」
含んだ言い回しに「なんのことやら」と不思議顔でいると、
「そうやって客とキスするために、直さないんだろ」
と、ベルトが固い理由を述べた。
「あぁ。プレイボーイ」
なるほど彼は「元ホスト」だと、砂羽さわ雅水まさみが言っていたことを思い出す。

「これ、材料確認して」
そう言って砂羽から受け取ったレシートを差し出す。
桃子はざっと眺め「調味料はそろってるんですよね?」と確認する。
「多分な。最悪塩こしょうがあればなんとかなるべ」
「塩こしょう、買ってますね」
「じゃぁ、ステーキと焼きそばだけだな」
「あと、さけるチーズです」
「さけるチーズ? 砂羽か」
「はい」
「相変わらずだな」
そう言って重音は鼻で笑った。

「砂羽とは、仲良かったんですか?」
無言になるよりは会話があった方がいいだろうと、思いつくままに言葉を発した。
「聞いてねーの?」
「え?」
「まぁいいや。仲いいっていうか。あいつあんなんだから、話しやすかったってだけ。オレも、見た目こんなだから、あんま女よってこねーし」
自分が怖がられているらしいことは自覚しているようだ。

「そっちは? 砂羽とはいつから?」
顔は正面に向けたまま、今度は重音が質問を投げかけて来た。
「2年…くらいですかね? 雅水の小学校の健康診断の担当医が砂羽の病院で。わたしはもともと雅水と大学が一緒だったので、それが縁で仲良くさせてもらってます」
「仲良く、ねぇ。そんな出会いもあるんだな」
「ホントに。なにがあるか解りませんよね」
事実、彼女たちが街コンに参加しなければ、桃子がここにいることもなかった。

「なぁ。敬語やめね? オレら、同い年だろ?」
「あぁはい。ぁ、癖で」
「接客業だっけ。でもオレは客じゃねーから」
「ですね。ぁ」
思わず出てしまう敬語に、口元を抑え「悪いひとではなさそうだ」と、桃子は少しホッとした。

「しかし、砂羽が街コンねぇ」
「雅水に押されたみたいですけど」
「だろうな。しかし、つきあいがいいのも考え物だな」
そうは言っても、その出会いがなければ自分とてこんな提案はしてこなかっただろう。今日のBBQは重音の呼びかけだと聞いている。
「ふたりは音楽の趣味が一緒らしくて、よくライブに行ってるみたいです」
その様子を思い出しクスリ…と笑った。
「あ~もしかしてK‐pop」
「はい。名前忘れちゃったけど」
「まーだ追っかけてんのか」
そういう重音のちょっと呆れた感じが、より親しみを感じさせた。
「でも、夢中になれるって羨ましいです」
それは他意のない言葉だった。

「あんたにはないの? 夢中になれるもの」
そんな問いが返ってくるとは予想もせず、瞬間、気持ちが重くなる桃子。
「前はあったんですけど…できなくなってしまって」
そんなセリフを吐く自分に内心驚いていた。
「できなくなった? 運動かなんか」
「クラシックバレエをずっと、子どもの頃からやっていたんですけど」
「バレエ? あぁだからか。どうりで姿勢がいいと思った」
「え…」
「大概の女は、腰浅くシートに座るから、だらしなく見える。オレはそれが好きじゃない。でもおまえは整然としていていい」
そんな風に褒められるとは思わなかった。
「ありがとう、ございます」
「だから、敬語」
「あぁ。すみませ…」
そこまで言って、重音のしかめっ面に頬を緩めた。

「でも、学生時代はイヤで仕方なかったんですけどね。いざ踊れなくなると、好きだったんだなぁって」
「わかるよ。オレもいやいややってた口だから」
「え。バレエ…ですか?」
「まさかっ。でも、」
筋肉質の彼からはとても想像はつかない。だが、
「まぁ近いか、クラシック。オレの場合は楽器だけど」
「楽器?」
それもそれで意外な取り合わせだ。
「そ。オレんち、こう見えて音楽一家だから」
「へぇ」
「想像つかねーだろーなー」
そこは素直に「はい」とは言えない。確かに言われなければ結びつかない見た目だ。だが彼ら兄妹の名前を知れば「重音」「和音」は、音楽用語だと納得がいく。

買い物のあと車に乗り込んだ桃子は、シートベルトを締めようとベルトを引くが、やはり固くて思うように引き出せなかった。
「非力だな。バレリーナは筋力あると思ってたけど?」
そう言って重音が、シートベルトを握る桃子の腕を掴んだ。
吐息がかかるほどの近さに、桃子は怯えるような目で重音を見た。
(やっぱりコワい)
そう思い一瞬の瞬きの合間に、唇を重ねられた。
バチン…と、頼りない平手を繰り出し、
「いきなりっ、なんですか!」
だが言葉とは裏腹に、早鐘を打つ鼓動は別な感情を孕んでいた。

「あんた、いつもそんな目で男を見返すのか?」
「え?」
「誘ってると思われても仕方ない」
「そんな…!」
「だろうな」
「は?」
「あんたはそんな女じゃない。ただ、オレが…」


1.trigger   3.unexpectedness



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