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恋愛体質:BBQ
『重音と桃子』
3.unexpectedness
「手! 手を、放してくださいっ!」
言いながら桃子は、無理やり自分の手を引き抜き、重音の胸を押す。が、この状況では逃げられない。
「もう一度したいって言ったら?」
まっすぐに自分を見てくる、その目を合わせられない。
「そんなの…ダメっていうに決まってるじゃない」
「ダメ? イヤではない?」
質問に質問で返す、嫌なやり口だ。
「そんな言い方…」
重音は、ガツガツとシートベルトを引き、
「悪い。泣かせる気はなかった」
静かにベルトを締め、運転席に力なく背を預けた。
「ぇ…」
言われて自分の目に涙が滲んでいることに気付いた。
(そんなつもりじゃ)
そんな言葉が頭をよぎる、自分に驚いた。
気まずい空気が流れる中、それを打ち消すようにしてキーが回され、
「一目惚れらしい」
小さなつぶやきと一緒にエンジン音が響いた。
「オレはガキか…!」
そう言ってハンドルに頭を打ち付ける重音を、再度「悪いひとではない」と認識するも鼓動が鳴りやまない。
「びっくり、しただけ」
別に取り繕う必要はないのだ。ただ、あまりにストレートな彼の行動は、その先の動向を意識するには充分だった。
「オレもあいつのこと、とやかく言えねーな」
気を取り直して車を発進させる。
「オレの妹。さっき会っただろ?」
「えぇ」
「上石にキスされたらしくて」
妹を思ってのことか、拗ねた言い方をする。
「ぁ…」
だからシートベルトの事情も知っているのか…と納得するも、その行動が常並みというわけではない。
「オレは和音を『隙があるからだ』と責めた」
だから桃子にも「隙であった」と言いたいのかと落ち込む。
「あんたがそうというわけじゃない」
「え? あぁ、別に」
それでも、そう言われても「仕方がない」と思いかけていた。
「いつも『なに考えてるか解らない』って言われちゃうんです。だから」
「そうじゃない。力任せはいちばん卑怯だ。女の涙が武器なら、男の力は傲慢でしかない」
こちらを見ずに、難しい顔で車を走らせる重音に、それ以上桃子はなにも言えなかった。
「トーコ!」
帰るなり砂羽が玄関先まで駆け寄ってきた。そして「なにかされなかった?」と、小さく囁いたのだ。
「え。なんで?」
咄嗟に車内でのことが「バレているのか」とドキリとしたが、そんなはずはないのだ。
「いや別に。なんでもないなら、いいの」
「うん。さけるチーズ、ちゃんと買って来たよ」
その様子が「おかしい」と思いながらも、桃子は未だ混乱のさなかで、それどころではなかった。
(一目惚れ…って言ってた)
一瞬ぼーっとして、すぐに打ち消す。自分は重音のような男くさいタイプは「苦手なはず」と。
「藍禾ちゃんと、結子ちゃん。和音ちゃんの友だちだって」
自分が買い物に行っている間に、女の子が増えていた。
彼女たちは元ホストの彼を見に来た…と言っていた。つまり和音との行く末を見届けにやって来たともとれる。兄である重音が神経質になるのも無理はないと思った。
「あたしたち3人だけじゃ不満だったみたいよ~」
心なしか不機嫌な雅水が、ビールを片手にそんな皮肉を述べ隣に座った。
「音大生なんだって。将来有望だよねー」
「なに。どうしたの」
「あたしたちだってほんの数年前のことなのに、現役ってだけでなんであんなにぴちぴちして見えるのかね?」
「やだ、酔ってる?」
「酔ってない。虚しいだけ~」
そもそも今日のBBQは、砂羽と雅水が「交友関係を繋げるため」にと、むしろ桃子を連れ出す時間を作ってくれたのだ。それ故桃子は、雅水自身の真意はどこに在るのかとずっと気になっていた。
いつもお読みいただきありがとうございます とにかく今は、やり遂げることを目標にしています ご意見、ご感想などいただけましたら幸いです