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私とオーストラリアとランニング③



いざブリスベンへ

ハプニングにも落ち着いて対応する。そのように自分に言い聞かせてきた側から想定外が連発すると流石に苛立ちと焦りも募る。
次の便は9時を過ぎるためフラーのレースに間に合わない。一旦ジェットスターを諦め他の航空会社を調べるとヴァージンエアに8時の便があった。ジェットスターが安いから予約していたが航空券代はほとんど同じだ。もう少し色んな航空会社を調べてみるのもありだったのかもしれない。

残りが数席になっているので急いで予約を取りまずは一安心。ようやく眠りにつくことができる。

朝が目が覚めるとすぐに支度をして空港へ向かう。この日は問題なく飛行機は運行している。
昨日の疲れもあり飛行機ではぐっすり寝てしまい1時間半のフライトは長く感じなった。

オーストラリアへは合計1年以上の滞在をしたことになるがブリスベンへ来るのは、またクイーンズランド州へ来ることも初めてだ。
気温はシドニーに比べて3,4度ほど高いくらいだろうか、半袖で十分に過ごせる気温だ。

タクシーで競技場まで向かうのが一番手っ取り早いが、時間もややあることからケチな私は電車とバスで乗り継いで行くことに。
30分ほどバスに乗ると街の中心部に到着し、そこからバスに乗り換えて競技場へ辿りつく、はずだったのだがどうやら電車を間違ったらしい。予定の駅で電車が停まらない。というよりは通過もしていないため違う路線のようだ。
気がつけばみるみる街の中心部から離れていき、競技場とも逆方面になる。
やばいと思うが電車は次から次へと駅を通り過ぎ一向に停車しない。

「これはやばい。フラーのレースに間に合わないかもしれない」
(私が間に合わなくてもフラーには何の影響もないのだが)
不安は次第に高まっていく。頼むから次で止まってくれ。そう祈るばかりだ。(祈ったところで電車が予定を変更することはないのだが)

マップを見ていると電車の方向は変わり、競技場の方に近づいている。
街を過ぎてから次の停車駅まで随分と時間が経過したが、ようやく停車した。
幸いにも近くの道路の一直線上に競技場があるようだ。バスで数分のところらしい。

バス停に着くとすぐに競技場近くに停まるバスが到着した。乗り込むとここでもアクシデントが。クイーンズランド州で交通機関を乗る際に使うGo cardと呼ばれるカードがある。Suicaのようなものだがバスに乗り込む際にタップをすると残高が足りない。
運転手はやや不機嫌気味に「ちゃんと残高を確認しておくんだ」と注意を受ける。しかしどいうわけかバスへの乗車は許された。

よく分からずに戸惑うが、今は競技場を目指すことだけを考える。
(後に料金をチャージした際にカードの残高がマイナスになっていることが分かった。借金をしたようなものだろか)

11時22分。無事に競技場に到着。競技場は大きく、トラックは10レーンまで存在する。



すでにU18の800m予選1組目がスタートしていた。フラーは2組目に出走する。
U18とはその年の12月31日の時点で年齢が17歳以下の選手になる。
フラーは15歳でU17にも出れるが一つステップアップでの挑戦。

予選は3組あり各組の上位2選手が自動的に、それ以外のタイム上位2名が決勝進出できる。

いよいよフラーの出番だ。スタートの号砲とともに選手達が勢いよく走り出す。
最初の100mは各コースごとを選手は走り、バックストレートの直線に入るところでレーンはオープンとなり選手達のポジション取りが始まる。800mのレースにおいて位置どりは重要になる。
フラーは前に行こうとするが外からの選手が前に入ってきて少し止まるような形で引いてしまいやや後方にポジションを取ることに。
「Come on」
コーチのBenが声をあげる。

周りの応援の声を聞くと、この「Come on」の言葉がよく使われる。
うまくいかない時に「おい」というようなニュアンスだろうか。
またこれから前にポジションを上げようする時、接戦の時に一押しするような応援の場面でも「Come on」が用いられている。

瞬発力に欠けるフラーは最初の100mのスピードで出遅れ気味なるのが課題だというBen.
1周目が終わることにはポジションを上げてきた。2番手につけてうまく先頭の選手に合わせている。3番手以降の選手が離れ出し始める。
最後の直線に入るころには3番手との差は開いた。
「Have a look」Benの声が飛ぶ。
スタンドから本当に選手まで届くのではないかというくらいの声量だ。目の前の人に聞こえないこともある私の乏しい声とは大違いだ。

聞こえたかどうかは分からないが、後ろが離れたことに気づいたフラーも無理に先頭は追わずに力を残してゴール。
2着で無事に決勝進出だ。

才能とトレーニング

レース後にはBenとトレーニングについての会話を交わした。
現在のフラーは週に30km程度の練習量だという。ジュニアの段階から練習をやり過ぎないようにすることを大事にしているいう。
しかしジュニア選手は週30km程度でいいという意味ではなく、個人のバックグランドを考慮した上である。
速いというだけで練習量を増やすことはせずに、これまでにどのくらい走ってきたのかを考慮しての結果だ。当然他のジュニア選手でも50-60kmと走る選手はいる。

トレーニングの刺激に対して身体が適応するスピードには個人差がある。大まかに早い段階で成長を見られる選手は才能がある、ポテンシャルが高いと考えられやすい。
また伸び代と呼ばれどのくらいの成長要素を残しているかも将来の成功に対して考慮されやすい。
伸び代を残すためにジュニア期に練習をやり過ぎないほうがいいと考えられている。
長距離走の難しいところは反応が遅く、伸び代が大きい選手が存在するところだ。
最初にトレーニングを始めて他と比べて身体のトレーニングへの適応が遅い選手がいる。この場合、コーチや両親、また本人までも自分には長距離は向いていないと考えやすくなってしまう。

大きく以下のような4つのタイプに分けることができると思う。

1.適応が早く、伸び代も多い
2.適応が早く、伸び代が少ない
3.適応が遅く、伸び代が多い
4.適応が遅く、伸び代も少ない

ただ身体の適応は成果という部分で分かるが、伸び代が多い少ないは非常にわかりづらい。というのも誰でも伸び悩む時期はあるため、その時点で伸び代がなくなったと判断するのはできないからだ。

一度成功した選手の例があるとどうしても他の選手にも同じように練習をさせようとバイアスがかかってしまうことはあるとBenは認める。
一つの練習パターンが絶対と思ってしまうと大きな間違いを犯しやすい。結局は魔の前の選手の様子を見て都度考え、学び直していくしかないのだ。
実際に練習のやり過ぎというのも相対的なものであり、一概にこれだけ走ったらやり過ぎとは言えないのものだ。

ジュニア選手の練習を考えるときにもちろん身体を壊すような練習は避けるべきだ。意欲のある選手の練習を無理やり制限すると違った問題にも繋がる。
また進歩を感じられない単調で楽なジョギングを繰り返すだけなど、よっぽど走ることが好きでなければ誰もやりたくないものだ。

以下の点を考慮しながら練習については考えるようにしている。
1.心身の健康を害さない
2.適切な目標を抱く
3.進歩を感じられる

近年ではオーストラリアの有力な学生はアメリカの大学に進学し一部の選手が目覚ましい活躍を見せる。そのためアメリカのコーチ陣はオーストラリアの高校生達に視線を向けている。今大会にもいくつかの大学のコーチ達も見にきているのだという。
活躍している選手にだけ目を向ければオーストラリア選手の凄さが際立つ。しかしBenだけでなく他のコーチや選手から話を聞くとアメリカの大学に進学した多くのオーストリア人学生は伸び悩んでいるのが現状のようだ。
基本的にうまくいかない選手の例というの表立つことはない。
これは何もコーチやチームのシステムだけの責任ということはない。もちろん行き過ぎた指導などは存在すると思うが、個人の性格とチームの文化などいろんな要素が組み合わさり、思った以上に個人の成功を測る上では物事は複雑に相互しているということだ。

またアメリカのスカウト陣はソーシャルメディアなどを用いて選手に直接コンタクトを取り、コーチの知らないところで話が進むことがオーストラリアのクラブコーチの悩みの一つでもあるという。
もちろん選手に選ぶ自由があるのはそうだが、まだ高校生の選手にいろんな点を考慮することを教える大人の存在も大事である。

これもまた難しい問題の一つだ。

明日のレースに控え、フラー達は競技場を後にする。
私は近くに予約した宿に一旦チェックインを済ませ、以前お世話になったコーチのSeanと会うために再び競技場に戻ってきた。

U17,18の女子3000mが行われる。
女子のレースは男子と違い必ずしも年齢の上のグループが速い記録で走るわけではない。レース展開などもあるので記録=走力と一概には言えないのだが。
やはり体型の変化など女性特有のことが起こる。
記録を見ればU18の優勝記録よりもU14の方が速い。
Seanに話を聞くと12歳の女の子が先日3000mで9'28という凄い記録をマークしたのだと。

しかしスーパースター的な女子学生が年齢を重ね、記録の伸び悩み、故障の連鎖などで競技を去っていく例は珍しくないという。
実際に13歳で9分10秒台をマークしたそれまで負けなしの女の子が同年代への一度の敗北を経験後にレースに姿を見せなくなった例もあるという。

記録や順位などの目標を抱くことは競技を継続する上で大事な要素でもあると思う。
しかし目標を抱くから目標へ執着することに変わると個人の進歩を無視され、目標を達成できたかどうかで全てが判断されてしまう。
壁にぶつかる前に記録や順位以外の走る喜び、例えばいつもと違うレースパターンができた、課題を解決するために練習のテーマを考える、友達や仲間と会える楽しさなどに気づけるかどうかはより一層大切する必要があるのではないかと思う。

実際に女子のチームに関わるとこの手の問題に多く直面した。最初はトレーニング理論を分かっていれば解決できると思っていたが、事情は思った以上に(だいぶ)複雑で自分の考えの甘さを痛感する日々ばかりだ。
ここ数年の経験から学んだことはトレーニングメニューを書く前に目の前の個人の問題を深く理解するということだ。

レースを終えたSeanの指導する選手が戻ってきた。ほっこりして満足げな表情でSeanとハイタッチを交わす。順位は後方だったが自己ベストを達成、また午前中には800mも走っており1日に2回のレースを経験できたことも初めてのようだ。
おそらく関係者以外は気にかけないようなことかもしれない。
それでも一人一人のドラマがあり、喜び、悔しさがこの競技場内で混じり合っているのだと思う。
一歩離れた位置で、しかし完全に部外者でない位置でそれぞれのコーチ、選手間の関係性を見ることができるのは貴重な経験だ。

夜はブリスベン市街の有名なイート・ストリートでSeanと娘のTillyと夕食。
最後に会った時のお転婆娘のTillyがまさか全国大会に出るまでになっていたことには驚きだ。

街の中心を流れる川沿いにレストランが立ち並ぶ。
川の反対に立ち並ぶビル群のライトが綺麗に輝く。テラス席は若者の集まり、家族連れなどで賑わう。夜になると気温もやや肌寒いくらいだが半袖でも過ごせる心地よい気候だ。

Seanが「明日はTillyとワークアウトをやるがどうする?」
「やるよ」
の一言を返した。
明日の朝に3人でポイント練習をやる。

10代、30代、50代の異色の組み合わせだ。

「See you tomorrow」
こうやって今日も1日が終わる。
ポイント練習、プール、コアラ、フラーの決勝。
明日は大忙しの1日になりそうだ。



日常からの学び、ランニング情報を伝えていきたいと思います。次の活動を広げるためにいいなと思った方サポートいただけるとありがたいです。。