『快感回路』アルコール・薬物依存 その2
引き続き快感回路からの知見。今回は「薬物・アルコール依存」の要因としての快感回路について。
*だいぶ古いですが(1996年初版)、若かりし時に耽読した鶴見済の問題作『人格改造マニュアル』の方がこの辺りはよっぽど詳しいので、相当に参照させていただきました。
さて、快感回路(※)が、動物を生存させるために必要なカロリー摂取と繁殖行動を促すためのトリガーとなっているのは前回紹介した通りですが、この回路は一方で依存症を招く要因にもなっています。
■最強ドラッグ=覚醒剤(アンフェタミン)
鶴見済が「覚醒剤は素晴らしい」といい「その圧倒的な力の前では、どんなクスリも色あせて見える」と言わしめた最強のドラッグ。
後で言及するコカイン同様、どうやって人間を覚醒(≒興奮)させるかというと、放出したドーパミンを戻して興奮作用を調整しようとする働きを阻害し、ドーパミン過剰状態を維持させるよう働きかけることによって。
この作用によって、メラメラとやる気が生まれ、数日間不眠状態で仕事をし続けても平気なぐらいの活力を人間に与えます。なので合法であれば受験や就職試験など、重要な日の前日に覚醒剤を摂取して一気に脳を活性化させられれば、普段の数倍の脳力で乗り切ることができるそう。
ところが、天国と地獄は紙一重で、覚醒剤は常習化した途端、接種量を増やさないと過去と同様の多幸感を味わえなくなり、クスリの量が加速度的に増大して蟻地獄のように奈落の底に落ちて金欠→自己破産(または逮捕)で人生破滅というパターンに。
鶴見済は、常習化しないテクニックも『人格改造マニュアル』で紹介していますが(37ー39頁)、よほど自制心がある人でないと危険でしょう(だから違法なのです)。
脳科学的には、いったん味わった天国は、シナプスによってその記憶の痕跡が脳に刻まれてしまいます(可塑性という)。常習化すれば、耐性が生まれ、クスリの作用が切れるとドーパミンの相対的不足によって、疲労感や抑うつ、不安感が増大してしまうのです。なのでやめられない→依存症という顛末。
■コカイン(アルカロイド系)
コカインは、ヘロイン、モルヒネ、アヘン、オキシコシン、メタドンなどと同類のアルカロイド系。
アルカロイド系化学物質は、アンフェタミン(覚醒剤)同様、ドーパミン・トランスポーターの働きを阻害して、ドーパミン放出を促進(つまり「興奮剤」ということ)。
また「抑制剤」としての機能も併せ持つ。繰り返し服用するとGABAを使う抑制性のVTAシナプスで長期抑制が起き、ドーパミンの抑制を弱めてしまうので、間接的に快感回路を活性化。
ちなみにヘロインの場合、依存症率は35%だから、いったん服用すると3人に1人は依存症になってしまうという恐ろしいクスリ。
実は薬物は摂取方法が非常に重要で、脳にできるだけ短期間で作用する摂取方法、つまり口や鼻からの吸い込みだとか、注射による接種は、薬物が即時に脳に届くのでその圧倒的多幸感から依存症になりやすい。
依存症のパターンは覚醒剤と同じパターンで、クスリ依存症患者は、ある程度の期間クスリをやめたとしても脳の(クスリがもたらす多幸感という)可塑性は残っているので、長期間やめた後に少しでもまたクスリを摂取すると、最初に感じていたよりもはるかに素晴らしい多幸感を体験できてしまうので、本当に危険です(これを「感作」という)。
■タバコ(ニコチン)
興奮性の神経伝達物質グルタミン酸の放出を増やしてVTAドーパミン・ニューロンを興奮させることで間接的に快感回路を活性化させる作用があります。
覚醒剤やヘロインのように、快感回路をそれほど活性化しませんが、薬物がほとんど同時に脳に届くため依存症になりやすい。その依存症率は、タバコを試した人の80%が依存症になると言われているので、吸わないに越したことはありませんね(もちろん吸ってもOKですが)。
■アルコール
最新の仮説では「アルコールは百薬の長」という諺が完全な迷信であることを証明してしまいましたね。つまりアルコールは一滴でも飲むと身体に害がある可能性が高い。
アルコールは脳全体を順番に麻痺させていくのが特徴で、
①爽快期 :前頭葉(理性マヒ→解放感)
②ほろ酔い:側頭葉(感情マヒ→感情が不安定)
③酩酊期 :後頂葉(感覚器官マヒ→ふらつき、視点が定まらず)
④泥酔期 :大脳辺縁系(記憶機能マヒ→記憶が飛ぶ、言語機能喪失)
⑤昏睡期 :脳幹(身体維持機能の麻痺→最悪は死にいたる)
という順番。
■大麻(THC)
大麻の有効成分THCが、シナプス前端末のCB1受容体と結合し、それを活性化すると、この端末からVTAドーパミン・ニューロンに向けての抑制性の神経伝達物質GABAの放出が抑えられる。すると、VTAニューロンの抑制が解かれてVTAの投射先領域でのドーパミン放出が増加(上図2−2参照)。
大麻は、覚醒剤やヘロインと比較すると依存性は低く(依存率8%)ので、合法化を訴える動きもあります。
著者のリンデンによれば、依存率80%のタバコと比較して毎年何百万人もの死者をもたらすタバコが合法の一方で、人をほとんど死に追いやることがない大麻が非合法化されたままなのは、法律の世界ではよくあることだとしています(だから合法化すべきとは言っていませんが)。
最後に、薬物加重平均スコアを載せておきます。これを見ると、合法化非合法化の基準と薬物の有毒性との相関がほとんどないことがわかります。
多くのイスラム教国家がアルコールを禁止しているように、薬物は、それぞれの文化における歴史的・宗教的な社会規範との絡みで「合法か・非合法か」が各国ごとに判断されており
「必ずしも科学的検知から合法・非合法が決定されているわけではない」
ということです。
*写真:松本市美術館の庭園にて「草間彌生作品」(2022年8月撮影)
(精神的な不安定が、天才「草間彌生」を誕生させたわけで、人間とは本当に奥深い生き物です)
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