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『戦火の欧州・中東関係史』福富満久著 書評

<概要>

「オスマン」という、長年「トルコ」「アラブ」「ペルシャ」「一部ヨーロッパ」地域を支配してきた「帝国」が瓦解していく時代において、欧米が同地域でどのように自分達の国益を拡大させていったか?そしてその結果、今に続く戦火が絶えない不安定な地域になってしまったか?をわかりやすく解説した書籍。

<コメント>

本書を読むと、有史以来、残念ながら今に至るまで、世界は「道徳」で動くのではなく「暴力」で動くのだ、ということが実感できます。

著者が副題とした「略奪と報復」というのは、有史以来、人間がずっと営んできた政治のありようであって、今に至るまでずっと続いているという印象。

特に暴力強者となった側(本書では欧米諸国)はやりたい放題。暴力弱者(ここでは旧オスマン地域)との約束は破るは、勝手に侵略して植民地化して事実上の奴隷化するは、大切な資源や文化遺産を強奪するは、悲惨極まりない。

とはいえ、弱者の立場である中東・アラブ諸国なども、たぶん強者の立場に逆転すれば、欧米諸国と同じことをやると思われ(実際過去にやっていた)、ある意味「人間の業」ともいえるものかもしれません。つまり、

「やるか、やられるか」それが国際社会。

常に正義は「道徳的な善きこと」ではなく、戦勝国にあるわけで、現時点の戦勝国は第二次世界大戦の旧連合軍だから「今の常任理事国」。

そして今の世界情勢は、戦勝国同士(民主国家=英米仏vs専制国家=中露)が争っているという状況。

内容は多岐に渡るので、以下興味深かったイシューのみ整理。

■イギリスの三昧舌

イギリスは賢いというか、日本風にいえば、まさに「古狸(ふるだぬき)」。

中でも著者が「イギリスの三昧舌」と呼んだ外交は、いくらなんでも大英帝国たる世界を支配した帝国が「ここまでやるか」という感じ。しかもその時の成れの果てが「フランスの悪事」と合わせて、今の中東の不安定化を招いているといっても過言ではありません。

つまり、

「中東由来のテロは、イスラームという宗教・文化が招いているわけではない」

というのが著者の主張。

【イギリスの三昧舌】

①フサイン=マクマホン協定

オスマン帝国の統治下にあったアラブ人たちに対してオスマン帝国への武装蜂起を呼びかけ、その呼びかけに応じたのがムハンマドの子孫「フサイン」とその子供達。イギリスはその対価として1915年、アラブ地域の独立承認を約束。

②サイクス=ピコ協定

その一方で、イギリスとフランスは1916年、第一次大戦に勝利した暁には以下を委任統治(半植民地化)を密約→ロシアが後でリーク

イギリス:イラク、イスラエル、パレスチナ、ヨルダン
フランス:レバノン、シリア
ロシア :黒海南部、アナトリア北東部

③バルフォア宣言

膨大な戦費を調達するためにユダヤ人国家建設を約束してユダヤ人豪商ロスチャイルド家から融資。

■シリアの大混乱を招いたフランスの植民地政策

フランスもご都合主義の典型。フランスの国是「自由・平等・博愛」は自国民のみに適用され、植民地の住民はフランス人を養うための道具としてしかみていませんでした。

本書の冒頭には

1830年に始まり、1962年まで続いたフランスによるアルジェリア占領下において、フランス人はアルジェリア人が行ったすべての抵抗に対し、テロという言葉を当てはめたのです(エドワード・W・サイード)。

本書2頁

たとえば混乱の極みにあるシリア情勢はどうでしょうか?

シリア周辺地域は、サイクス=ピコ協定で、フランスの委任統治領(=実質の植民地)となったエリア。

フランスは、現地人が反乱を起こしにくいよう、意図的に部族を分断するような区分をし、シリアでは少数派のイスラム教アラウィ派に軍事教育を行って多数派のイスラム教スンニ派等を監視させるなどして宗教間対立を煽り、その結果アサド家が実権を握る、というように、今のシリアの混乱は、まさにフランスの植民地政策が招いた結果。

かつてオスマン帝国時代の中東では、イスラム教諸派、キリスト教諸派、ユダヤ教などの複数の異教徒同士が棲み分けしながら、平和に暮らしていたのです。

したがってこの点においても、宗教が原因でテロや紛争が起きているわけではなく、フランス含む欧州の植民政策が、その要因なのです。

中東では・・・ほとんどすべての国が強権体制であり独裁制を敷いている。それは中東・北アフリカの国民国家形成期に、フランスやイギリスが人工的に国境線を引いて、統一的・同胞的な社会・経済コミュニティが分解したその上に、武装蜂起したグループが独立後も力を保ち続けて軍政を敷くか、あるいは莫大な石油資源が眠る土地を支配した部族が富を蓄え王政を敷き、今なお、その富の配分によって市民を黙従させることに成功しているからである。

本書6頁

北アフリカでは、アルジェリアの石油権益死守はもちろん、アルジェリア人が自給自足するコムギ栽培からフランス人がワインを飲むためのブドウ畑に農地転換。もちろん農作業はアルジェリア人のままで、現地に入植したフランス人が管理するという構図。しかもサハラ砂漠を核実験の場として使用。

この辺りは南北アメリカ大陸など の国家と異なります。

中南米諸国は宗主国メキシコ・ポルトガルと敵対し、入植者自身が支配者(クレオールという)となって、独立し、権力をクレオールの血統で固定化(詳細は以下ご参考)。

アメリカは、入植者たち(アングロ・サクソン系)が宗主国のイギリスと敵対し、自分達の権利を守るため、彼ら自身の限定された民主主義を国是として建国(詳細は以下参照)。

■イラク戦争は、ウクライナ侵攻と同じ国際法違反

ロシアのウクライナ侵攻を批判するアメリカとイギリスは、同じ国際法違反をたった20年前に犯しているわけで(そして日本も賛同)、結局アメリカとイギリスは、国際法も自分の都合のいいツールとして活用しているだけなのがよくわかります。

両国は道徳的にはもちろん、国際法的にも「してはいけない行為」をイラクに対して行っているわけで、この結果、戦争犠牲者は50万人にも及び、イラク国民は20年以上治安のほとんどない不法地帯に捨て置かれてしまいました。

ウクライナ国民も悲惨な目に遭っていますがイラク国民も同様。「大量破壊兵器がある」と嘘をついて、ロシアと同じ悪事を20年前に、いま正義をふりかざす米英が行っているわけです。

サダム・フセインが独裁者で悪者だというなら、他国の独裁者(大半のアフリカ諸国、、中央アジア諸国、カンボジアやベトナム、ブータンなど多数)といったい何が違うのでしょうか?

国際社会は、道徳論的に正義を振りかざすことも必要ですが、一方で日本含めた欧米のマスメディアに振り回されず(もちろんロシアや中国メディアにも)、歴史の現実を冷静に見極めることも大事だと、本書を読んで改めて再認識させられました。

■イスラーム教徒を主とする国家で民主主義は機能するのか

キリスト教とイスラーム教の大きな違いは、律法主義かどうか、といわれています。

キリスト教は律法主義ではないので、生活のこまごまとした中に宗教が入り込むことはあまりありません。

一方のイスラーム教では、一日5回の礼拝やラマダンはもちろん、結婚から商売から飲食にいたるまで、細かく社会規範がシャーリア(イスラーム教の法律)によって決まっています。

なので、イスラーム社会では、国家はシャーリアにのっとって運営しないと様々な場面で齟齬が生じ、国民が立ち行かなくなる、という説もあります。

とはいえ、シャーリアも日本国憲法第9条と同じで、いかようにも解釈できます(詳細は以下参照)。

女性差別やLGBTQ+への理解(カタールなどのイスラム諸国の一部では同性愛は違法)も、時の権力者とイスラム法学者が協働すれば、合法化可能ではないかと個人的に思います。

それを体現したのが最もイスラームの教えに厳格だと言われているサウジアラビア。

なので「イスラーム教は律法主義だから民主主義とは相容れない」という説には賛同できません。

以上のように、国際社会では今に至るまで暴力を背景とした弱肉強食の世界が続いている一方、確実に世界の暴力は減少しているのも確かなので、決して悲観することはないと思います(詳細は以下読んでみてください)。

*写真:アブダビのシェイク・ザイード・グランド・モスク
    「世界一のペルシャ絨毯」

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