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一番速い動物は人間? 『運動の神話』より

上巻最後のエピソードは「走る」について。下巻のランニングに関する内容と合わせて整理。

■人間の最高速度は、時速45キロ

時速45キロは、ウサイン・ボルトが世界記録で叩き出した瞬間的な最高速度で、この時の100m走の平均は時速37キロボルトは、20秒間はこの最高速度を維持できるらしい。

一般的な人間の場合は、100mの最高速度は平均時速24キロ。

最近は、サッカーの世界でも選手たちのスプリント時の速度を計測してくれていて、英国プレミアリーグのリバプールに所属するウルグアイ人ストライカー「ダルウィン・ヌニェス」の時速38キロが計測を始めて以降の最高速度。次点はマンチェスターシティの右サイドバック「カイル・ウォーカー」時速37.8キロ。

でもこのスピードって残念ながら、他の哺乳類たちと比較すると圧倒的に遅い。

チーターは時速110キロと最速なのは有名ですが、一般に四本足の草食動物は、時速60ー80キロだし、ハイイログマでさえ時速48キロ、とめちゃくちゃ速い。

『運動の神話 上』第五章

彼らは四本足なので、四本足をすべて使えるし、歩幅を広がるために背骨を使うこともできる。だから人間よりも2倍以上速いのですが、一方で人間と同じ二本足のダチョウも時速75キロとは、いったいどういうことなのか?

ダチョウの場合は、下半身の構造が人間と全く違う。霊長類の大きな足は、木の枝を掴んだり木に登ったりするのは適していますが、太くて歩幅が狭いのでスピードが出ない。一方のダチョウは、足が先細りになっていて足自体も小さいため、足の重心が腰に近く、足を振りやすくなっている。しかも爪が自然のスパイクとなって効率的に地面を蹴ることができる。だから速い。

■足が遅い人間はどうやって生き残ったのか?

それでは、こんなに足が遅い人間がどうして生き残ることができたのでしょうか?

(もちろん知力が高いのは大前提としつつ)これは簡単で人間は集団で生きているので、他の人間より足が速ければいいから。一番足の遅い人間が餌食になってくれるから。

その間にひたすら走り続ければ、他の人間は大抵の猛獣には捕まりません。なぜなら

「持久走に限れば、動物の中で人間が一番速い」

から。特に暑い中、マラソンを走らせたら、人間に勝てる動物はいないのです。それでは人間はなぜ持久走が得意なのか?理由は以下。

⑴汗腺が最も発達した動物だから

人間がより遠くへ行くために最も重要かつ独特な能力が、大量に汗をかくこと。サルや類人猿もエクリン腺という汗腺からちょっとだけ汗を出す機能も持っているのですが人間の場合は、皮膚全体に500万ー1000万の汗腺があって、これは人間だけに備わった機能。暑さの中で走るとき、人間は1時間に1リットルの汗を流しますが、これは32℃の暑さの中でマラソンをしても涼しさを保てる汗の量。こんなことができる動物は人間だけです。

⑵体毛が細いから

人間の体毛は、服を着るようになったから不要になって細くなったのではありません。長い時間走れるように進化したその結果です。人間は体毛が薄くなったことにより、空気が皮膚の表面を何の障害もなく移動できるようになったことで、大量の熱を素早く放出できるようになったのです。

⑶項靭帯があるから

動物には「走れる動物」と「走れない動物」がいて、走れる動物には必ず「頂靭帯」があってこの人体が走っている時に頭がブレないよう制御しているから。例えば、著者が、走らない動物「豚」をランニングマシンで、無理やり走らせたら、頭がバタバタ上下に揺れてしまってまともに走れなかったそう。

そして類人猿には項靭帯がないので、ヒト科の中で唯一人間だけが走れるように進化したのです。

⑷長くて弾性のある脚があるから

4足動物と比べれば、これは明らかで人間の脚は体長に比して脚が極端に長い動物です。しかも足裏にはアーチがあってアキレス腱があって、これが走行に大きな役割を果たしている。

腱は、歩行には不要ですが走行には必要。走るのが得意なカンガルーや鹿も腱が発達していますが大型類人猿は腱が短い。アキレス腱と足裏のアーチで着地時に生じるエネルギーの半分ぐらいを戻すことが可能だといいます。

⑸その他

その他「大きくて弾性に富む心室」「遅筋の多さ」「大臀筋の発達」などが持久走に功を奏しています。大きくて弾性に富む心室は、一拍ごとに大量の血液を循環可能にし、疲労に強い遅筋は人間の脚の筋肉の50ー70%を占め、強力な大臀筋は、着地のたびに身体が前に傾かないよう制御してくれています。

人間はあらゆる動物の中で最も長く走れるように進化した動物なのです。賢いだけではないんですね。

■なぜ人間は動物一、持久走が速くなったのか?

先述したように「逃げ足が速い」というのも大きな理由の一つですが、それよりも何よりも「肉が食べたいから」というのが著者が想定する理由です。

200ー300万年前の我々の先祖が、肉を食べるためにまず始めたのが「腐肉漁り(スキャベンジング)」。酷暑の真っ昼間に、大空を舞うハゲワシのその真下に向かって長時間ひたすら走り続ければ、人間にかなう他の動物はいません。そして先行者利益をしっかり享受(=腐肉を漁る)。

もうちょっと時が経つと、鋭利な石器の登場を待つまでもなく、持久狩猟(パーシステンス・ハンティング)によって生きた獲物を獲得できるようになります。

①日中の暑い時間
②獲物は大きければ大きいほどいい。体温が上がりやすく疲れやすいから
③最初のうち獲物は速いギャロップで逃げる
④人間はユックリしたペースで追いかける
⑤獲物が体温を下げようと喘ぐ。そしてまた走る
⑥人間は獲物の跡を辿る。追いかけては跡を辿ることを何度も繰り返す
⑦獲物の体温は徐々に上がりついには熱中症を起こして倒れる
⑧洗練された武器を使わなくても安全に素早く獲物を仕留められる

カラハリ砂漠で何十年も狩猟採集民と生活を共にした自然保護主義者ルイス・リーベンバーグによると、持久狩猟の平均走行距離はハーフマラソンよりちょっと長いくらいで、その半分は徒歩、走っているときは1キロ6.25分のペース。

獲物を追いかけるにもコツがあるらしく、足跡や血痕、獲物の行動習性の知識を手がかりにするなど、やはり「知力」も重要な役割を果たしているのです。

以上の他にも、上巻では「筋肉が強くなる構造」「エネルギーの発揮順序はクレアチンリン酸→糖→脂肪」「速筋と遅筋は共存可能」「人間の暴力性はスポーツで代替可能」などなど、ここで紹介しきれない魅力あるエピソード満載なので、ぜひ一読をお勧めします(下巻も)。

*写真:野生のダチョウ親子(南アフリカ:ナマクワランド近辺、2009年撮影)

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