見出し画像

『地方暮らしの幸福と若者』轡田竜蔵著 書評


<概要>

三大都市圏(人口比45%)以外に住む20−30代の若者の実態を、地方中枢拠点都市圏(人口20万人以上の地方都市圏→広島県府中町をサンプル:人口比34%)と条件不利地域圏(田舎→広島県三次市をサンプル:人口比21%)に区分し、彼らの幸福感やライフスタイルなどを定量的・かつ定性的に詳細調査・分析した著作。

三重県桑名市街(2023年5月撮影。以下同様)

<コメント>

三浦展編著『再考 ファスト風土化する日本』の中で、個人的に最も共鳴した著者、同志社大学の社会学者轡田竜蔵著の『地方暮らしの幸福と若者』(2017年出版)を読んでみました。

ボリューム的にはハードカバー400ページ近くの大作なので、重要ポイントまとめつつ時間かかりましたが、個人の価値観に興味がある自分としては、時間かけて読むに値する、現代の地方暮らしの若者の実態を的確に分析した素晴らしい著作でした。

結論的には、地方暮らしの若者は基本安定志向なので地方暮らしで十分満足。

三大都市圏志向(首都圏・近畿圏・名古屋圏)の人はレアケースで、一部の①上昇志向のエリートと②専門性を極めたい人、のみが都会志向なぐらい。

まさに私の知り合いの地方出身の若者たちは、上の二つの類型そのものなのでドンズバです。

なお、都会在住の若者は、大学や専門学校入学段階、あるいは就職段階で、既に地方から都会に移住しているので、本書の調査対象外

なので、より俯瞰的に調査するならば調査対象地域出身で三大都市圏に移住している20−30代の若者も調査対象に含めると、また興味深い結果が出たかもしれません(コストも労力もかかるから大変ではありますが)。

本書の調査対象者は、仕事や結婚・家族の都合もあるものの「地方に住むことをみずから選択した地方在住の若者」のみなので「地方暮らしが幸せ」というのは当然ですから。

三重県鈴鹿市

▪️地方には2種類の風土がある

著者の視点で特に興味深かったのは、同じ地方といっても「地方都市」と「田舎」を分けて分析したこと。

都会人が地方に行けばわかりますが、20万人規模を超える地方都市圏になると、三大都市圏の郊外とそんなに変わらないイメージです。基本、車での移動がメインで幹線道路にイオンモールや各種全国チェーンのロードサイドショップが並ぶ、いわゆる「ファスト風土」(詳細後述)です。

逆に都市郊外と異なるのは、各種役所・裁判所などの行政施設があって中心市街地がシャッター街になっていること(もちろん例外もある)。

*人口20ー30万人規模の都市
北海道函館市、青森県八戸市、山形県山形市、長野県松本市、三重県鈴鹿市、和歌山県和歌山市、島根県松江市、山口県山口市、高知県高知市、佐賀県佐賀市など

*人口40ー70万人規模の都市
岡山県岡山市、鹿児島県鹿児島市、兵庫県姫路市、栃木県宇都宮市、大分県大分市、石川県金沢市、香川県高松市、愛媛県松山市など

一方で、その他の過疎化した農山村=田舎は、これら地方都市とは全く違う風景。田んぼや畑の中にポチポチと集落があるような感じです。

そんな地方の異なる二つの風土に住む若者を分析するにあたり、著者は、

*地方都市(著者は「地方中枢拠点都市圏」と呼ぶ)のサンプルとして広島市中心市街地の郊外にある「安芸郡府中町(広島市ではない)」

*田舎(同「条件不利地域圏」)のサンプルとして広島県の中国山地中にある「三次市

をサンプルとして調査。

府中町は、イオンモールもあって自動車のマツダが本社工場をおく町。一方で三次市は中国山地山奥ではありますが、中国自動車道・中国縦貫自動車が貫通した交通の要衝としての工業団地のある市で、そこそこ仕事もある田舎町。

実は人口動態を見ると、21世紀半ばにかけては「東京一極集中が進んでいく」というよりも、地方の中の人口移動、つまり田舎から地方都市への移住が進み、意外にも地方都市の人口減少度合いは三大都市圏とあまり変わらない、という状況。

また平均年齢に関しては、

平均年齢が3位である島根県であっても、中心都市の松江市についていうと45歳で全国のほぼ平均値に近く、東京都杉並区と似通った人口構成である。

本書64頁

ということで、三大都市圏と地方都市に関しては人口趨勢的には、あまり変わらないのです。

それでは、著者が注目した「地方都市」と「田舎」の類型において、その違いはどうでしょう。

実は生活満足度の面からは双方ともあまり違いはなく、両者とも現状肯定派が多いという調査結果に。

一方で地方都市と田舎の違いは「消費環境」「交通アクセス」

当然ながら地方の消費環境はファスト風土化の恩恵を受けて「ほどほどパラダイス(詳細後述)」を享受できますが、田舎では、ファスト風土にアクセスする時間のギャップが格差となってしまう。

▪️ファスト風土化した地方「ほどほどパラダイス」

地方都市在住の若者は、東京などの三大都市圏に住みたいかといえば、そうでもありません。なぜならファスト風土化(※)が進展したこともあって、都会的な感度や利便性・娯楽に関しては、ユニクロや無印良品など各種全国チェーン店やフードコート・レストラン街を包含したイオンモールなどの大型商業施設やロードサイドのラウンドワンなどで事足りてしまうからです。

※ファスト風土化とは、
大型店の出店規制が事実上解除された結果、日本中の地方のロードサイドに大型商業施設が出店ラッシュとなり、その結果、本来固有の歴史と自然を持っていた地方の風土が、まるでファストフードのように、全国一律なものになってしまった状態のこと。

例えばイオンモールは商圏を車15分35万人としているらしいので、20万以上の都市であれば、その商圏は十分出店の対象候補となります(以下本書の20万人以上の根拠)。

20万人以上:総務省「地方中枢拠点都市」の基準、大型SC(100店舗以上)、スターバックスなどのチェーン店の立地最低基準、県庁所在地を含む都市圏はすべてこの基準を満たす。

本書61頁

著者はこの現象について社会学者、阿部真大の言う「ほどほどパラダイス」と表現。

大型ショッピングモールに象徴される地方都市の充実した消費・生活環境が供給する幸福感を発見し、この感覚を「ほどほどパラダイス」と称している(阿部真大2012)。

本書41頁

確かにその通りではありますが、個人的に都会のニッチで多様な風土を味わっている身としては、この「ほどほど感」では物足りなくなってしまいます。

三重県玉城町

▪️地方暮らしの幸福は「地縁」と「血縁」

地元の機能は、実家資源の活用等の経済活動上の側面と、同級生などの友人つながりが存在論的な安定をもたらすという側面とに差し当たり分けられる(本書177頁)」

とのように、経済的には「いかに親の資産を活用できるか」、社会的(人間関係)には「いかに地元つながりの同級生との関係を続けられるか」が地方暮らしの幸福感につながっていきます。

言い換えれば、親含めた親族とどれだけいい関係を保てるか?、学生時代に培った交友関係をどうやって維持していくか?によって若者の幸福は左右されることになります。

地方では(特に田舎の方)、経済的には後述するローカルエリート(公務員・教員)以外の職は一般に低賃金のため、住居費含む生活費を抑える必要があります。子供がいるならなおさらで「いかに親資源=血縁を活用するか」によって自分の生活が左右されてしまう。

社会的には「仕事繋がり」よりも「地元繋がり=地縁」を強くすることによって幸福感は高まります。本書インタビューを読んでも、いかに友人関係のコミュニケーションが若者の幸福感を支えているか、が実感できます。

LINEグループなどのSOSの普及によって、卒業後も地元繋がりが維持されやすくなったことも大きいようです。

加えて昔ながらの村の長老が仕切る伝統行事的なものは高齢化、過疎化によって衰退した結果、上下関係の「しがらみ」「しきたり」は弱くなり、逆に若者同士のフラットな地縁が主体となったことも地縁が幸福をもたらす要因になっているらしい。

まとめると、経済的には親に依存して、社会的には地元に依存する、つまり「血縁」と「地縁」が、地方暮らしの若者にとっては重要だということです。

逆に地縁・血縁のない人が地方に移住する場合は、経済面・社会面双方で、相当ハードルが高い。よっぽどの覚悟がないと厳しい現実を叩きつけられるように思います(→リタイア後の移住は、積極的に地縁を深めることが重要か)。

また、田舎在住の若者は、地縁に固定されすぎて、交友関係に広がりがなく、そのこと自体にネガティブな自己評価をしてしまう傾向にあるといいます。地縁以外の交友関係を広げる取り組み(ネットでも良い)がより必要と著者は提言しています。

三重県松阪市 櫛田川

▪️地方の若者の半数は、実はIターン組

地方在住の若者は、どんどん都会に移住するばかりで、都会に行かなかった人だけが地方にいるのかといえば、これは大いなる勘違いでした。

実は転入者(=Iターン)が意外に多く、府中町の半分以上(56%)、三次市の半分弱(48%)はIターン組です。そして地元出身者でもUターン組もそれなりに多いので、実は地方といってもその人口構成は「流動的」といっていいと思います。

とはいえ、同じ広島県内出身者のIターンが多いので、上述の地縁・血縁的繋がりは維持されやすく、幸福度は地元出身者に比して大きく劣るわけではないようです。

⑴Iターンその1:公務員・教員

公務員・教員は、地方のトップエリートで府中町・三次市の両地域とも「公務員」の個人年収は400-500万円、世帯年収についても府中町で700-800万円台、三次市は600-700万円台と、サービス業・製造業などの他の主要な地方の職業と比較すると、群を抜いて高いのですが、意外にも彼ら彼女らは「Iターン組」です。

というのも、公務員・教員志望の学生は、複数の地方自治体を受験して、受かったところに行くしかないからです。例えば三次市出身の学生が、たまたま三次市市役所の採用試験に合格すればいいのですが、なかなかそう言うわけにはいかないようで、市役所の職員も正規雇用の場合は、三次市出身というよりも市外広島県出身者が多い、というイメージだそうです。

経済的には自分の収入で問題ない一方、人間関係については市外・町外であっても同じ県内出身が多いので地縁のつながりは維持しやすい。

⑵Iターンその2:地方在住者の結婚相手(府中町24%、三次市20%)

意外にこの比重が高いのが興味深い。当然と言えば当然ですが、地元同士で結婚するばかりではないので、特に大学や短大、専門学校などで知り合った他の地方の恋人や、職場結婚の場合は、そのままどちらかの地方に住むことになるので、自ずとIターンになります。

先日宿泊した地方旅館の女将さんも東京渋谷区出身の方で、多分学生時代にご当主と知り合ってそのまま女将になったようです。

この場合は配偶者の地縁・血縁で経済的・社会的満足度を上げるパターンか。

⑶Iターンその3:製造業の工員

これはなかなか厳しい環境で同情してしまいました。製造業の工員は他地方の高校出身者が多く、そのまま社宅などの寮に入って仕事に就きます。

仕事は長時間で夜勤も多く、給料も単純労働のために低い。土日休みでもないので交友関係を育むのも難しい。

単純労働なので手に職がつくわけでもなく、そのまま居続けても明るい将来が望めません。仕事自体もモチベーションが上がりにくく、なかなか辛い人生となってしまっています。

結果、未婚のまま歳を重ねてしまう。そして地縁・血縁も皆無な環境。

給与自体は低くても安定している点はメリットなんですが、彼ら彼女自身も調査結果では満足度が低い状況。

三重県多気郡大台町

以上、このほかにも広島県府中町と三次市の若者60人近くをインタビューした内容では、農山村の古民家での一人暮らしの自給自足の男性や地域活性化に取り組む若者など、多様な地方の若者の生活実態や彼ら彼女らの考えていること、が知ることができ、多様な価値観を知る上では、非常に有意義な内容でした。

*写真:三重県熊野市

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?