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『交雑する人類』デイヴィッド・ライク著 書評その1


#日経COMEMO #NIKKEI

<概要>

今年ノーベル賞生理・医学賞を受賞した受賞したペーボ教授の共同研究者デイヴィッド・ライク教授が、古代DNAを活用して、世界中のこれまで人類が辿った足跡を解明した(他者研究含め)、遺伝人類学の画期的な著作。

<コメント>

たまたま今、勉強している人類学関連の書籍『交雑する人類』の著者「デイヴィッド・ライク」ハーバード大学医学大学遺伝学教授の師匠、というか共同研究者、スバンテ・ペーボ教授(ドイツの進化人類学研究所)がノーベル賞を受賞したとニュースで知ったのでびっくり。

本書は、ペーボ教授を中心とした共同研究による「古代DNA革命」によって得られた個別の研究成果を整理して、一般向けに紹介した書籍。

著者ライク教授は、2013年、古代DNAの全ゲノムの研究に特化した米国で初めての研究室を開設。

本来研究者は「論文を書いて評価されてなんぼ」という世界を生きているので、論文を書く時間を犠牲にして本を書くというのは、なかなか大変らしい(実際、著者自身本書執筆のせいで何本か論文を書き損ねたと本書で言及)。

ただ彼は古代DNAがもたらした革命的な成果(だからノーベル賞を受賞)について専門外の人に幅広くその成果を知ってもらうべく、我々のような一般人向けに、本書を書いてくれたのです。

まだ通読中ではあるものの、その成果は絶大です。

これまで考古学や歴史学、人類学、言語学等で得られた知見を、古代DNAというエビデンスによって、その事実を一つひとつ解明していく作業が「古代DNA革命」。

新しい発見もあれば、これまでの考古学などの既存の学問が想定した「仮説」を強化したり、あるいは覆したりと、これほど説得力の高い仮説はそうそうないのでは、と思います

たとえば、ペーボ教授のいう「現生人類(=ホモ・サピエンス)には、絶滅した古代人ネアンデルタール人やデニソワ人の遺伝子が残存している」とは、古代DNA革命によってはじめてわかったこと。

個人的には、これまで読んだ感じでは以下3つの興味深い知見が印象に残る。

⒈我々が受け継ぐDNAと先祖の数は一致していない

これは専門的になるので難しいのですが、単純にいうと先祖はさかのぼるごとに2倍の倍々ゲームに増えますが、世代ごとにDNAの本数は71前後しか増えません。

あなたの染色体の数46本
 =母からの受け継いだ23本+父から受け継いだ23本

うち
⑴母から受け継いだ染色体23本
 =ランダムの祖父&祖母から受け継いだ23
 卵子ができるときに平均しておよそ45件の組み換えが生じる

(仮に男系除く祖父から受け継いだ染色体が1本もなければ祖父からの遺伝は全く受け継いでいないことに。以下同様)

⑵父から受け継いだ染色体23本
 =ランダムの祖父&祖母から受け継いだ23
 精子ができるときに平均しておよそ26件の組み替えが生じる

⑶母(45件)と父(26件)で、計71件の遺伝子の組み合わせができる
→1世代につき平均71個の遺伝子モジュールしか子孫の遺伝子に組み込まれない

したがって10世代さかのぼると祖先の数は1,024人ですが、先祖から受けついだDNA鎖の本数は757本。差引200-300人の先祖の遺伝子は受け継いでいないのです。

したがって先日崩御したエリザベス女王が、1066年にイングランドを征服したご先祖のノルマンディ公ウイリアムから受け継いだDNAは、確率的にほぼ「ゼロ」。

DNAの寄与が少しでもあると期待できるのは、家系図で24代前の1677万7216人のうちの1751人程度に過ぎないという意味だ。あまりにも僅かな割合のため、ノルマンディ公ウイリアムがエリザベス2世の遺伝学的先祖と認められるのは唯一彼が何千もの系統の家系図に彼女の先祖として記載されている場合だが、いくら英国王室で近親婚が多かったとしても、そんなことはありそうもない。

本書44頁

下図をみるとよくわかる。

本書45頁

*後日読んだ斎藤成也著『日本人の源流』では、すべての祖先のDNAが子孫に反映されるとの説が掲載されているが、ライクの説明の方が説得力が高いので、ライクの仮説をそのまま掲載する。

⒉人類はみな雑種

基本的に世界中の過去・現在の人類は、様々に交雑していて「純血種なるものは幻想」だということ。

私たち日本人も、アフリカ人も、アラブ人も西洋人も、皆、さまざまな系統が交雑した雑種。

⒊人類は一方通行ではない

そしてアフリカを飛び出した現生人類は、中東を経てユーラシア大陸から北南米アメリカ、オーストラリア大陸へと世界中に拡散していうのですが、この方向性は一方通行ではありません。

たとえば、北アメリカ大陸に移住した人びとの一部は、ベーリング海峡をもどってまたシベリアに戻る、という系統の人たち。

北米に定着したエスキモー=アレウト語を話す人々が地元のアメリカ先住民(DNAの半分に寄与)と深く混じり合い、その後、成功した生活様式を携えて北極圏を越えてシベリアに戻ってチュクチ族だけでなく、その地域のエスキモー=アレウト語を話す人々の系統にも寄与したと考えればうまく説明できる。「最初のアメリカ人」系統のアジアへの逆流という考え方は、考古学では証明が難しい

本書271頁

さらには超旧人類が、アフリカを出てヨーロッパ発祥のネアンデルタール人などの旧人類と交雑して現生人類となり、またアフリカに戻った、と考えた方が遺伝学的には妥当だ、という考えもあります(本書117ー121頁)。

そして、一方通行も「何度も」です。

たとえば、西洋人は、最初に狩猟採集民が来て、その次に農耕民が来て、その次に牧畜民が来て、最初に来た狩猟採集民の遺伝子は、現代西洋人には一部しか残っていないらしく、ステップ地帯から移住した牧畜民の遺伝子が中心。

本書156頁

このように、古代DNA革命は、様々な人間のこれまでの痕跡を、遺伝子というエビデンスによってたどっていくという実に魅力的な研究なのです。

以上、読み終わったらまた個別に展開しようと思います。

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