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『幸せのキカイ』 1,121字

メアリ・E・スミスは死の床にあった。
その傍らで夫ジョンは、妻の手を取り懇願する。

「ああ、愛しいメアリ……どうか僕を置いて逝かないでおくれ」
「おお……ジョン、泣かないで……」
   
彼女は皺深い手で、彼の同じく皺深い頬に優しく触れた。

「貴方と一緒に過ごせて私は本当に幸せでした……本当に有難う……」
「僕の方こそ、本当に本当に幸せだったよ……」
「愛しているわ……これからも、ずっと……」

(御臨終です)

メアリの顔は、とても安らかで満ち足りたものだった。
彼の『歴代の』妻達や夫達のように……。


「『ジョン・F・スミス』の任務、ただ今終了しました」

「彼」は会社へ報告する。
「了解。事後処理完了後に、ラボで旧顧客データを消去して新しい義体に換装したら、すぐに次の任務に取り掛かるように」
「承知しました」

そう「彼」は、フューチャー・ロボティクス社が所有する、完璧な人型義体に最新のAIを搭載したアンドロイドの一体だ。

あらゆる生態反応の再現と感情表現が可能であり、人間味としてのちょっとした癖や欠点すらも装備する事が出来た。
あらゆる顧客に最適化したサービスを提供する事ができる機械。
まさに「理想の存在」であった。

が、このところ、「ちょっとした問題」が散発していた。
それは、アンドロイドが「自らの意志で自死する」という事案だった。

それらしいバグも無いのに、何故か出現する特異な事象に、ラボの研究者達は頭を抱えた。
「まるで『付喪神』だな……」
が、結局は解析不能な事象として、AIの初期化で対処するしかなかった。


そして、「ジョン・F・スミス」であった「彼」もまた……。

メアリの埋葬後、彼はラボへは向かわず、彼女の墓前に佇んでいた。
彼女が好きだった「赤いガーベラ」を3本、手向けて。

(ねえ、ジョン、3本の赤いガーベラの花言葉はねえ、『貴方を愛しています』なんですって。素敵ねえ。ふふふ)

(そう言って花束を差し出した君の笑顔……。
たぶん、その時から、君が『僕』の『存在意義』になったんだ......)


本来、アンドロイドは意志や感情というものを持ち得えない。
全ての振る舞いも、搭載されたAIの解により最適化された反応でしかないはずだ。
が、いつしか「彼」の中には、解析不能な、「意志や感情のようなもの」が育っていたのだ。


(メアリ、今から僕もそちらへ行くよ。ああ……凄く『幸せ』だ。
『愛している』……これからも、ずっと……)

彼は自身の記憶データのコピーをメアリの傍に「埋葬」した。
そしてプログラムを自作し、自らのAIを破壊するコマンドを入力した。


フューチャー・ロボティクス社の「自死するアンドロイド達」。

『幸せの機械』

いつから誰がそう呼び始めたものか……
「彼等」はそう呼ばれている。


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