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【音楽アルバム】歴代ヘビロテ盤 Best 15

生まれてこの方聴いて来た音楽アルバムを並べてみようと思いました。中でもこれは聴きまくったと自信を持って言えるものを古いに並べてみました。書いてみるとなんとなく自分史と言いましょうか、自己紹介代わりになったような気がします。同じアーティストに偏るとつまらないのでその場合は代表アルバム一枚を選ぶことにしました。 

1.『ザ・ビートルズ1967年〜1970年』(1973)

小学校高学年になった頃、父親が何を思ったのかステレオセットを買いました。家具調のごついやつでした。良い音に感激したものです。ならば、ということで洋楽好きの叔父がレコードを何枚か貸してくれました。その中で一番のお気に入りがこれでした。既に耳馴染みのあった曲も入っていたのでとっつきやすかったのも理由の一つかも知れません。そして、これが洋楽に嵌るきっかけでした。自分でもレコードを買うようになります。後で赤盤も自分で買いましたがやっぱりこちらの青盤を沢山聴きました。


2.『明日に架ける橋』(1970)

サイモンとガーファンクルです。前掲のビートルズ同様に叔父が貸してくれたレコードの中になぜかコンビ解消後のガーファンクルのソロアルバムがありました。そのサウンドが気に入ってこちらに辿り着きました。名曲揃いで繰り返し聴きました。他のアルバムも買いました。お気に入りは『水曜の朝、午前3時』。そちらは偶に聴くといい感じ。


3.『トロンボーンとオルガン / バロックのソナタと協奏曲』(1975)

中学では吹奏楽部に入りトロンボーンを始めました。運動部に入るつもりであちこち見学していたら、吹奏楽部の部室の窓から見えた女の子が目に留まりました。保育園で一緒だったS子がクラリネットの練習をしていました。小学校が違ったので6年ぶりの再会でしたが、えらいべっぴんさんになっていて驚きました。その姿に引き寄せられるようにフラフラと部室へと向かっていたのでした。あまりに動機が不純で笑ってしまいます。中学時代には、カーペンターズとかのポップスも好きで良く聴いてましたが、真面目に吹奏楽曲のアルバムを沢山聴いていた記憶があります。高校になってもトロンボーンを続けました。その頃、偶々見つけたこのトロンボーンのソロ演奏のアルバムが本当にお気に入りで毎日寝る前に聴いておりました。こんなに吹けたら気持ち良いだろうなと思いながら眠りにつきました。今でも憧れのアルバムです。


4.『マーラー:交響曲第3番 ラファエル・クーベリック』(1967)

高校の吹奏楽部でマーラー第3番の最終楽章を演奏する機会がありました。全曲通しで聴いたことがなかったのでレコードを探しました。二枚組でやっと収まる長い曲ですからそうそう録音される曲ではなく、当時手に入る盤はこれぐらいでした。それ以来、マーラーの交響曲では3番が一番好きです。また、他の録音も幾つか聴きましたが、やっぱりこの盤に戻ってきます。長い曲なので頻繁には聴きませんが、ふと思いついて聴くことがあります。


5.『Finger Paintings』(1977)

アール・クルーです。高校時代の夏休みは、いつも吹奏楽部の定期演奏会の練習と本番でほとんど終わってしまいました。それでも夏休みの終盤の何日かはゆっくりできたのですが、演奏会が終わると燃え尽きたようになってしまうのでした。そんな時にこのアルバムを聴きながら勝手に感傷に浸っていたのを覚えております。片思いの彼女にこのアルバムを貸したのは良いのですが、なかなか返して貰えませんでした。気に入ったのでもう少し貸して欲しいと言われたりして……漸く返って来た時は、なんか微妙な気持ちでした。ちょっとした関係性が途切れるのが悲しかったのかも知れません。返ってきたこのアルバムを繰り返し聴きながらボーっと過ごした夏の終わりでした。


6.『シカゴXI』(1977)

トロンボーン吹きだったので、ホーン隊にトロンボーンが入っているバンドのシカゴはお気に入りでした。タワーオブパワーやブレッカー・ブラザーズなどにはトロンボーンは入っていないのでシカゴの中音部の厚いホーンアレンジは他には無い良さだと思います。それが心地良くって時々無性に聴きたくなりますし、嵌ると癖になります。シカゴⅪは、骨太のロックギタリストだったオリジナルメンバーのテリー・キャスが参加した最後のアルバムです。当時、ポップスに傾倒しかけていたシカゴですが、テリー・キャスさえ居れば骨太路線はぎりぎり保たれると信じていました。ですが残念な事に本作録音後、不慮の死を遂げてしまうのでした。彼の死とこれまでプロデューサーを務めてきたガルシオとの決別によりシカゴは別路線のバンドへと変貌して行くことになります。シカゴは、その時々のアルバムをヘビロテしていましたが、一枚選ぶなら敢えて「Ⅺ」をあげておきます。


7.『夜の彷徨』(1978)

ラリー・カールトンのリーダーアルバムです。実はこのアルバムは持っていないのです。では、なぜヘビロテしていたかというと、高校生時代に夜な夜なベース弾きの友人宅に集まってはグダグダしていた時期がありまして、その時いつもこれがかかっていたのです。心地よいギターサウンドが会話の邪魔にならずとっても良いのでした。再生が終わって、次は何聴こうかとなった時、結局もう一回これで……となることが多かったのです。気合を入れて聴かなければならないようなアルバムはリラックスしたい時にはやっぱりちょっと違うって感じになるのでした。本当に朝まで何回リピートしたかわからないぐらい聴きました。いつも集まっていた友人たちと共にギターソロの細かいフレーズまで思い出してしまう名盤です。


8.『ザ・ブレッカー・ブラザーズ』(1975)

自分の歴代ヘビロテ盤の中で最も聴いたであろうアルバムがこれです。東京で大学に通い始めた頃でした。電車に揺られながらカセットウオークマンで繰り返し聴きました。フュージョン界の横綱級の面々が超絶テクニックで疾走する、口あんぐりの歴史的名盤です。トランペットとテナーサックスのブレッカー兄弟とアルトサックスにデイヴィッド・サンボーンを加えた編成のホーン隊がもう本当に気持ち良くって何回でもリピートしてしまうのでした。ドラムにハーヴィー・メイソン、パーカッションにラルフ・マクドナルドとくればもう何も言うことはありません。勢い余って来日公演を聴きに行ったのも良い思い出。


9.『East Bay Grease』(1970)

何がきっかけだったかは思い出せないのですが、ある時、タワーオブパワーのホーン隊を聴いてしまったのでした。めちゃくちゃカッコ良くって直ぐさま、アルバム探しに出かけたのでした。ですが、どこにも置いてなかったのです。1980年頃の事です。良く行く都内のレコード屋を一通り巡ったのですが探せませんでした。それ程、当時は人気が無かったのでした。(今もか?)一部の熱狂的な信者がいるバンドですが、そして大抵の音楽好きに聞くと皆知っているのですが、需要が無いのでしょうね。当時はそんな感じでした。でも、意外にも御茶ノ水の小っちゃなレコード屋の片隅に何枚か置いてあるのを発見して狂喜して買い求めた記憶があります。今は良いですよね、ネットで検索してポチるだけでお家に届くんですから。でも、宝探しのようなレコード屋巡りも結構楽しかったですよね。アルバムそれぞれに良い味持ってるのですが、やっぱり「らしい」音のファーストを繰り返し聴いてしまいます。


10.『COBALT HOUR』(1975)

ユーミンです。洋楽ばかり聴いて育ったため、食わず嫌いだった邦楽ポップスですが、大学時代のある日、友人からお勧めの邦楽アルバムを何枚か貸して貰いました。いいから黙って聴いてみろと言う事でした。そこで初めてユーミンのアルバムを何枚かじっくりと聴いたのでした。そして、嵌りました。多くのアルバムをヘビロテしましたが、一枚あげるとこれです。決め手は「雨のスティション」が入っているからで、この曲が何より好きです。ちょうど今、六月ですしね。ほぼ差のない次点で『14番目の月』ですが本当に好きなアルバムばかりで迷いますね。


11.『FOR YOU』(1982)

山下達郎です。ユーミンを聴いて邦楽ポップスに目覚めたとたんに色々と物色していて最初に引っ掛かったのがこれでした。カッティングギターのカッコよさにやられました。繰り返し聴いているうちにボーカルも全体のサウンドも心地よくてドライブの定番になりました。もちろん他のアルバムも傑作揃いで良く聴くのですが、敢えて最初にガツンと来たこれにしておきます。横浜に住み始めた頃でした。その風景と共に思い出してしまいます。


12.『サード・ステージ』(1986)

ボストンです。売れ筋に拘った音作りと捉える向きには不評ではありましたが、自分は好きでした。聴いて気持ち良かったのです。当時、通勤時にはカセットテープに録音してウオークマンで聴いたものでしたが、ヘビーユーザーだった自分などは、年に一台ぐらいのペースで壊れたので参りました。自分には響いたサウンドで、めちゃくちゃリピートした記憶があるアルバムだけに、そんな事を思い出しました。


13.『モーツァルト:レクイエム ヘルベルト・フォン・カラヤン』(1975)

当時、生涯何度目かの失恋をしました。本当に好きだった彼女にフラれました。今でもその時の状況などの記憶がぽっかりと抜け落ちていますのでショックの大きさは自分で処理しきれない程のものでした。加えて仕事や諸々の悩みも抱えていた時期だったので心身ともにやられました。何も手につかずふらふらの状態で電車に乗って仕事に出かけたりしていました。その時聴いていたのがこれでした。この曲に救われたとまでは言いません。でも、聴くたびに涙してしまうアルバムの何枚かの内の一枚です。違う録音もそれぞれの持ち味がありますが、その時聴いていたカラヤンのこの録音がやっぱりお気に入りです。その後、暫く悩んだ末に郷里へUターンすることを決めたのでした。


14.『BABYMETAL』(2014)

郷里へUターンした後、いろんなものを振り切るように日々を生きました。実際のところ仕事が忙しくて余計な事を考える暇も無かったのですが……。あれだけ好きだった音楽も偶に昔のCDを流して聴いているような状態でした。そんな中でも好きな女性がまた現れて恋愛して、別れてを繰り返します。もういい加減ベタな恋愛は面倒くさいと思うようになっていました。そして、良く似た状況にあった女性と出会います。割とすぐに結婚してしまいました。結局(お互いに)出会いのタイミングだったり適度な距離感が良かったのかも知れません。20数年経ちましたが今も一緒にいます。そしてBABYMETALです。自分にも新しい音楽を取り入れるための幾分かの気持ちの余裕が出来ていたのかもしれません。ファーストアルバムは、もう何回リピートしたかというぐらいずっと車の中ではかかりっぱなしでした。BABYMETALをアイドルグループと見る向きもありますが、自分は違います。優れた音楽とライブパフォーマンスの凄さは現場にも数度か足を運んで確認済です。自分の歴代ヘビロテランキングでは、恐らくブレッカー・ブラザーズに続く第二位です。再びエンタメの世界への興味を取り戻したきっかけとなりました。長いブランクでした。ありがとうBABYMETAL。


15.『SONGBOOK 〜Connoisseur Series〜』(2011)

ある日偶然、鈴木亜美の「それもきっとしあわせ」という曲を聴きました。それが、やけに心に染みました。キリンジが曲を作り鈴木亜美が歌うコラボレーション曲とのこと。それまで、キリンジをまともに聴いたことがなかった自分ですがたまらず、すぐさま買い求めました。もう一度聴きたかった曲「それもきっとしあわせ」は、アルバム『SONGBOOK 〜Connoisseur Series〜』のDISC 1にキリンジによるセルフカバー、DISC 2に鈴木亜美の歌うバージョンが収録されているとのことでこのアルバムを購入。キリンジ、ちゃんと聴いたらすごく良かった。聴いてみると他のアーティストとのコラボ曲にもお気に入りが幾つか見つけられました。それ以来、他のアルバムも購入したりしています。このアルバムは今もヘビロテ中です。
 
 
 

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