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短編小説まとめ

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短編と掌編をまとめました。
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#掌編小説

【掌編】『ある日の神保町で』 “改訂版”

始まりは大学二年の春だった。講義の合間にホールで悪友に捕まったのがきっかけだ。 「美佐子の相手しててくれないか  これから授業があるの忘れてた  頼むよ」 シスコンの清原から彼の妹の”接待”を頼まれたのだった。 美佐ちゃんは、大学同期の清原の妹で春から都内の短大に通っている。 何度か会ったことがあった。ちょっと生意気で苦手かもと思っていた。 まあ、この際しょうがない。 神保町の駅で美佐ちゃんと落ち合い、裏通りの喫茶店に行く。 この辺は、街の裏手にあって後楽園遊園地や野

【掌編】『変な朝』

なんでこうなってるのかわからなかった。 変な朝だった。 目覚めの直後、ハッとしたのは薄ぼんやりした意識で見上げた天井が、いつもと違っていたからだ。それが自分の部屋ではなくリビングルームの照明なのだと理解するまでに少しばかりの時間が必要だった。 そして左腕は誰かの体の上にある。さすがにすぐに彼だと気づいた。 同じクッションに乗っている頭を少し持ち上げて顔を見る。 自分のマンションで今、恋人と一緒に毛布に包まっている状況をやっと理解できた。 左手で自分のこめかみを掴むよ

【掌編】『クラッシュ』

誕生日をあの娘と過ごすことにした。 それは絵に描いたような幸せなある日。 美佐子と付き合い出してからもう一年たった。 前の彼女とは半年で関係が自然解消していた。人には相性というものがあるということを理解し始めている。 ケーキが並べられたガラスケースの前で美佐子が振り返った。 「大きな蠟燭を二本と小さな蝋燭を二本にすればいい?」 「うん。二十二本立てるのはさすがにきついだろ」 「ふふふ。言われるとやってみたくなるんだけど」 ケーキに蝋燭で祝って貰うなんて、いったいいつ

【掌編】『出さない手紙』

 お元気ですか。僕は、まあまあ元気です。  人間、嫌なこと、思い出したくないことは自然と忘れるようにできているらしいです。それはどうも本当らしいというのを今、実感しています。なぜなら、君から別れを告げられたあの日あの時の記憶は、ほとんど無くなっているからです。  断片的に残る記憶は、ほとんど降りたことの無い馴染みの薄い駅に呼び出されたこと。悲しいほど無表情で淡々と話す君のこと。帰りの切符を一人で買って放心状態で帰ったこと。もう、どこの駅だったかも覚えていません。  幸か

【掌編】『若葉の頃は』

 静寂を破る放屁の音が部屋中に響きわたった。 ◇  あいつは元カノのくせに休みになると時々やってきては面白かった出来事や時には仕事の愚痴を吐き出して帰って行く。こんな関係も長くなると以前の恋人時代と変わっていないような気がしてくる。周りも違和感なく見ているようで、それも考えてみると変な話だ。  僕はと言うと、自分の思い描いた通りにならないことだらけでイライラした気分の捌け口を探していたのかも知れない。生活の為と割り切って勤め出したが、苦痛でしかない。書きたいと思っている

【掌編】『ナウ・アンド・ゼン』

 昔からそうだけど、時々自分の誕生日を忘れていることがある。  一日の勤めを終えて郊外へ向かう電車に乗り込むと、いつものようにドア脇に立ってただ通り過ぎる街を眺める。一瞬、暗い映画館にいてスクリーンを眺めているような錯覚にとらわれる。そして、目の前を通り過ぎた桜並木のピンク色の景色が、あの頃の自分に引き戻すスイッチになった。 『NOW & THEN』  そのアルバムはいつも行くレコード屋の壁面を飾るアルバムラックの一番目立つ場所に長い間飾られていた。  真っ赤なスポー

【掌編】『かがやける未来』

 ビデオの中で拗ねているのは君だった。テーブルの向こう側の椅子に座りちょっとだけ視線をこっちに向けた。 「恥ずかしいんだけどー」僕が構えるビデオカメラに向かって小声で言うと両手で顔を覆う。  このビデオテープを再生して見たのは、いったいいつ以来だろう。友達から借りたビデオカメラが面白くて何でもかんでも撮りまくってた頃だ。少し気持ちを落ち着けて記憶をたどるけど、時間が経ち過ぎてもう思い出せない。  君はおどけてすました顔をして見せる。すぐに噴き出して笑い転げる。手で口を覆

【掌編】『まぼろしの灯台』

地の果てに行きたいとあなたが言うから ここにきたのです 同じこの島国に生まれて育って それでも知らないでしょう この島の北東端は いつも霧が深くて先が見通せないのです 岬の先端まで広がる野原には馬が放牧されています それも霧で見えないのです 目の前の道をただまっすぐ行くと 真っ白な灯台がぼうっと浮かび上がるように 現れます そこにあることを知っていても それはいきなり目の前に現れるのです この灯台は戦争で一度破壊されました 修復される前の動かないはずの灯台から それ

【掌編】『狐日和』

実家に帰ったときに偶々置いてあった 狐のぬいぐるみを見つけ 車の助手席に乗せて帰ってきた 座席に腹ばいになってぺたっと乗っかっている 少し気がまぎれそうな気がした あいつにフラれてから そこは空席のままだったから あいかわらず勝手気ままな元カノを 自認するあいつは こっちの都合などおかまいなしにやってくる 今日は天気がいいからと クッションを探しに郊外のアウトレットまで ドライブに引っ張り出された ランチが美味しかったのかご機嫌で 帰りの道中ずっと狐をあやすように 膝に

【掌編】『スコーピオ』

洗面所の大きな鏡と向かい合わせにしてもう一枚の鏡を後ろの棚に置いた。 合わせ鏡ができるとその間に洋子と二人で入り込む。 画像を映して鏡の中に仮置きされた光がそれぞれの網膜に届くと同時に、それは合わせ鏡の間を光速で行き来する。そして無限に続くと思われる空間を作り出し、何組もの僕と洋子を合わせ鏡の中に発生させた。そこにいて今、僕らは、無邪気にはしゃいでいる。 ぎゅっと抱き合ってみたり洋子の鼻を摘まんでみたりする。可笑しなポーズで鏡に映るのはシンプルで楽しいものだ。子供のころに

【掌編】『勝てないゲーム』

 または『きらきら(3)』    だらだらと過ごして、もう夕方になってしまった土曜日。西日暮里のひっそりした路地裏にある玄のワンルームマンション。低いテーブルを前に並んで座る。 「腹減ったな」 「じゃあ、嘘つきゲームで負けたら何か買ってきてよ」  最近二人の間で良く行われるゲームだ。嘘をついたと認めた方が相手の言う事を聞くのだ。 ◇ 「タカはさあ、将来何をやりたいわけ?」  渋谷で見つけてきたという少し大き目のガラスの器で冷酒をやりながら玄が聞いてきた。このごろ、二

【掌編】『寝起き』

 保冷カプセルが開いた。旅立ってからきっかり十年が過ぎていた。置かれた状況を教えてくれる音声ガイドが自動的に再生される。マニュアル通りだ。 『ここは、星系探査船の中です。母星を出発してから十年が経ちました。これからあなたは……』  音声ガイドを止めた。何回か繰り返されたそれを漸く神経が通った右手を使って黙らせることが出来たのだ。 「ええ、わかっていますとも」  ”二十歳でこの船に乗り込んだから、今、三十になっている訳ね。” カエデの十年ぶりの呟きは、聞き耳を立てていた

【掌編】『風の記憶』

 または『きらきら(2)』  時々、脳みそが揺さぶられて目がチカチカするような不思議な感覚を思い出す。今、目にしているものに誘導されるように、それは思いがけず不意に湧き上がってくる。 ◇  生まれた街。そこは港のある程々の大きさの街。途中にバス停がある坂道。眩しい午後の日差し。埃っぽいコンクリート道路の白さ。  バスの窓から身を乗り出すようにして手を振る母。泣きじゃくる幼い僕。僕を後ろから抱きかかえる叔母。従弟のコージが生まれる前のおばちゃんだった。  走り去り見え

【掌編】『きらきら』

 初夏の晴れ渡ったある日、従弟のコージの家に行った。小学校中学年の頃だった。二つ年下のコージとは時々家を行き来して遊んだ。街の大通りに面して建っている雑貨屋がコージの家だ。脇に車一台がやっと通れるぐらいの小道が通っている。そこを少しまっすぐ行って坂道を登り切るとお寺があった。僕はそのお寺側から歩いて行った。坂の途中できらきらと光るものを道端に見つけた。それは二個のスーパーボールだった。  早速、二階の部屋で拾ってきたスーパーボールを思い切り投げてはキャッチするという他愛もな