【掌編】『きらきら』
初夏の晴れ渡ったある日、従弟のコージの家に行った。小学校中学年の頃だった。二つ年下のコージとは時々家を行き来して遊んだ。街の大通りに面して建っている雑貨屋がコージの家だ。脇に車一台がやっと通れるぐらいの小道が通っている。そこを少しまっすぐ行って坂道を登り切るとお寺があった。僕はそのお寺側から歩いて行った。坂の途中できらきらと光るものを道端に見つけた。それは二個のスーパーボールだった。
早速、二階の部屋で拾ってきたスーパーボールを思い切り投げてはキャッチするという他愛もない遊びを始めた。碧がかった透明できらきらした粒が中に混じっているスーパーボールをそれぞれ一個づつ持って思い切り床にぶつけると勢いよくあちこちに跳ね返る。小道側の窓から何度も飛び出そうとしたが、それでも窓をそのまま開けておいてまたぶつけるのだ。冷や冷やしながら、そのスレスレのスリルを楽しんでいた。
やがて、とうとう窓から僕のスーパーボールが飛び出してしまった。
「あっ」と僕が言うと。
「あっ」とコージも言った。
コージのスーパーボールもほぼ同時に連れるように落ちていった。
急いで窓に駆け寄り下を見るとスーパーボールが何度目かの跳ね上がりを見せているところだった。西日が当たってきらりと光った。そして、ちょうど通り掛かったらしい同い年ぐらいの少女が立ち止まってそれを見ていた。
「おーい」と僕が言うと。
「おーい」とコージも言った。
少女はこっちを見るとにっこり微笑んだ。ハッとするほど可愛くて明るい色のデニムのワンピースが良く似合っている。そして、あちこち飛び跳ねていたスーパーボールの動きが収まるとそれを掴んだ。僕とコージが手を振るとぎこちない投げ方でこっちに向かって投げた。
でも、うまく方向が定まらない。二度、三度と繰り返すが家の外壁にぶつかって跳ね返るばかりだ。女の子はそれでも楽しそうに黙ってスーパーボールを追いかけては拾った。それを見ているうちにスーパーボールなんかどうでも良くなっていた。
「もういいよ。今行くからちょっと待ってて」
コージと二人、階段を駆け下りると小道へと向かった。誰もいなかった。
「あれっ。スーパーボールは?」コージは探し始めたが周りを見回しても見当たらない。僕は、女の子がいなくなってがっかりしていた。名前も聞いてなかったのに。
「あっ。おかあさん」とコージが言った。
「おばちゃん。こんにちは」
坂の上からおばちゃんが降りてきた。
子猫を抱っこしていた。
「どこの子かねえ。かわいいねえ」
グレーの短い毛がみっしり生えたかわいい猫だった。
コージと僕は猫を撫でようと手を出したが、思わず止めて顔を見合わせた。
碧がかった透明できらきらした目だった。
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