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【掌編】『勝てないゲーム』

 または『きらきら(3)』

 

 だらだらと過ごして、もう夕方になってしまった土曜日。西日暮里のひっそりした路地裏にあるしずかのワンルームマンション。低いテーブルを前に並んで座る。

「腹減ったな」
「じゃあ、嘘つきゲームで負けたら何か買ってきてよ」
 最近二人の間で良く行われるゲームだ。嘘をついたと認めた方が相手の言う事を聞くのだ。

「タカはさあ、将来何をやりたいわけ?」
 渋谷で見つけてきたという少し大き目のガラスの器で冷酒をやりながら玄が聞いてきた。このごろ、二人で日本酒にはまっている。

「いや、別に……」あることはあるけど。適当にはぐらかす。
「それがどうかしたの?」

 僕のグラスに玄がゆっくり酒を注いだ。

「あのさ……今月、あれ、まだないんだ」

「あれって……あれだよね」
「うん」

 同じ会話を先月もした。不順なだけだって言ってなかったっけ。

「タカは貯金なんてあるの?」
「金なら、ない」
 何でもストレートに言ってくるからこっちも余計な気を使わなくて済む。

「だよね。私だって大した給料貰ってないから」
「知ってる」

 また、同じ会話の繰り返し……。

「タカはさ、調布のアパート解約すれば?」
「ここに住所移せって?」
「だってお金ないんなら、もったいないじゃん」

「玄の予知能力は何て?」
 玄は、私予知能力あるからって時々言うからちょっと聞いてみる。

「こないださあ、地下鉄で帰って来た時、そこの谷中の階段でばったり会ったじゃん?」
「うん」
「あの時もそうだった」
 玄はそれから、ちゃんと聞いてって言いながら膝の上の僕の左手に自分の右手を重ねて軽く握った。
「いつもは使わない地下鉄にふらっと乗って、気が付いたらタカが目の前にいたんだ」
良い具合に酔いが回って来たらしい。そして、突然こう言った。
「だから行かないでよ」真顔だった。長いまつ毛で眩しそうに細めた目でじっと見つめられる。見透かされているようが気がしてドキリとする。

 僕はグラスを持ち上げてライトにかざして見る。きらきらした輝きは、また何かを思い出しそうになる。

「逃げ出したい」僕は言った。本音だった。

「いやだよ」玄に手を引っ張られる。そのままテーブルの横にもつれ合って倒れた。目の前に泣きだす寸前の歪んだ顔があった。

 覆いかぶさるようにしてキスをしてきた。《こんなことしてていいのか》舌が絡まる。それを跳ねのけるだけの勇気なんて無かった。《もうやめよう》玄のことが好きだった。お互いに急かされるように着ているものを剥ぎ取った。

  そのまま、少し乱暴に玄を抱いた。

 ◇

 ラグに擦れて赤くなった膝を摩る。
  
「ごめん。いかないよ」

 簡単に嘘をつく自分がいやになった。
 

「じゃあ、谷中銀座まで行って来て、モスバーガー食べたいから」

 玄は勝ち誇ったように言うとまたキスをした。

 視界の端できらきらしているのは、テーブルに置いたグラスだろうか。
 
 
 

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