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夏川草介著『スピノザの診察室』を読んで思うこと

何がどうしてこうなったんだかわからないが、今年本屋大賞にノミネートされた10作品、全てが手元にある状態。そして受賞前に全部読んでどれが受賞するか予想を立てようなんて輩もいて、仕方なくそれに付き合うか、と頑張って読んでいる。積読はもちろん、山とある。積読が山積している。
とかなんとか苦言を呈しつつも、本屋大賞にノミネートされるだけあって読みやすくて面白くて、興味深い。エンターテイメント性が高いのね。
以前にも『黄色い家』(川上未映子著)の感想を書いたけれど、今日はまた本屋大賞ノミネートの中からひとつ。

基本的にはエンターテイメント小説はあまり読まないので、この作家も私はよく知らなかった。なんとなく聞いたことがある程度だった。


とかく、私は調子に乗りやすい。そして影響を受けやすい。
この小説は、医者の物語。
頭のキレる医者。気配りのできる医者。人に好かれる医者。
などなど、登場する医者がみんな羨ましくって、
どうして真面目に勉強してこなかったのかと悔しくさえある。
医者というのは、全く、アホにはなれないのである。

作中に元精神科医が登場する。
その精神科医が、狂気に飲まれた人と対峙して、自分も精神安定剤を必要とするようになったと主人公に告白するシーンがある。
狂気に飲まれた人を、私はたくさん見てきた。
彼ら/彼女らは皆、自分をコントロールできないほどに、精神が傷つけられ、なおかつ自らをも傷つけるという、負の連鎖の中にいた。

医師の多くは、自分をコントロールする能力に特に長けているのだと思う。
計画的にことにあたり、自分の体力も含め、あらゆる能力を数値化して、これならいける、これはダメだ、と瞬時に判断する。
他のあらゆる理系の職業にもそういったところはあるのだろうが、私に最も欠けている部分だ。ダイエットを決め込んだ10分後には菓子の小袋のゴミを大量に排出している。
知的な職業に対する純粋な憧れが生まれる作品だと思った。

京都を舞台に描かれていて、
主人公の「大きな流れの中で人間は何もできない、でも努力はするべきだ」という考え。
個人的にはちょっと鴨長明を思い出す。

作中、主人公は理不尽に思える患者も受け入れる。
医者という職業は、「人の生き死に」を人間が左右していいのか、おこがましくはないか、という問題と常に向き合っている人たちだと思う。
(そうです。ブラックジャックに登場する、本間先生のお言葉から)

だからこそ、倫理観や哲学を養うべきなのかもしれない。
この作品の主人公は、広く、大きく物事を捉えている。
大きな力の前で私たちは無力であることを、心の底で悟っている。
それでも努力する。
患者たちにできるだけのことをする。

そのような哲学を持った医師がどれだけいるかわからないけれど、きっといると信じたい。
ほうっとため息が漏れるような読後感だった。


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