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【一日一問】あなたはどこから来たのですか?

みなさん、こんばんは。

『命の素晴らしさを分かち合い、共に生きる』を信条にコーチングを通じたサポートを行なっているGrounding Lifeの長谷川由香です。

今日もNoteをご覧いただきありがとうございます。

冒頭の写真は、子供たちが自宅学習で活用している『チャレンジタッチ』という教材です。小学校に入学以降、それぞれ『やりたい!』と言い出したタイミングで取り組んでいます。ipadをつい数年前に手にした、という私からするとまだまだ慣れない景色です。

今日は子供たちと自分の様々な違いについて書いてみます。

当たり前だけど『捉え方』は違うんだ、ということ

とても身近な距離で共に暮らしていると、ついつい忘れがちですが、同じ出来事・事象に対する意識や捉え方、反応は親と子の間でも大きく違います。

例えば、今日は私が少し体調を崩していました。子供のお友達がお家で遊んでいたので『ママが元気なくて申し訳ないな』と思っていたのです。

すると子供たちはこんな反応を見せてくれました。

お姉ちゃん(5年生)『ママ、どうした?何か持ってくる?ご飯作ろうか』

弟(3年生)『体温計があるはずだね、探してみる。あ、ない…ごめんね』

要はとっても優しかったわけです。これ、反対の立場の時、私がそうだから、とかではないんです。子供が体調崩すときは、心配よりも『スケジュールのやりくり』が先に気になる私。うわー参ったな、と思うことも多々あります。生活全体を管理している、という立場の差はあると思いますが。

いずれにせよ感じたのは、同じ出来事でも捉え方はまるで違うということ。長時間共にいる相手でもそうなんです。社会生活にあらゆる場において意思の疎通がうまくいかなかったり、気持ちが摺りあわないのは当然の流れかもしれません。

そもそも『違う』とは何か?

少し話がそれるのですが、私は大学で『日本語』を専攻したので、漢字の成り立ちが気になります。

違う、という『違』の漢字。どういう成り立ちをしているのでしょうか。

違:会意兼形声文字(辶(辵)+韋) / 

「立ち止まる足・十字路の象形」(「行く」の意味)と「ステップの方向が違う足の象形と場所を示す文字」(別方向に歩むさまから、「そむく」の意味)から、「そむき離れる」

シンプルに言い換えると、同じ場所で、複数の人が、様々な方向にステップを踏み、ばらばらになっている様子、を漢字に当てはめているのです。

同じ場において、それぞれが異なる方向を向いている様子。そのことを『違う、違い』と表現していることになります。

私たちの身の回りは常にその『ばらばらに違うこと』にあふれていると思いませんか?

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違いを楽しむ

ばらばらな方向をみている、別々の思考を持っている、ということを如何に『楽しむ』か。それがとても大切です。

私は、特に親子という場において、それぞれまるで違う対応をしたり、反応が現れたりしたら『私たちは全く別の人間だ』と思うようにしています。

私たちは、それぞれ異なる人生の目的を持っている存在。何もかも一致する、なんてことはないのです。むしろ『違うから面白い』そんな風にも思うのです。

今日の設問

これもまたとってもパワフルな問いです。

あなたはどこから来たのですか?

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