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(短編小説)ひまわりベンチ(2)

 アパレル業界とひとくちに言っても、千里の場合は製作する側の人間だ。
業界には、四季に加えて春夏・秋冬の合計6つのシーズンがあり、それぞれの季節を先取り対応した商品が大量に産み出される。生産管理業務を担当する千里も年中忙しいのだが、秋冬シーズンのラインナップが出そろった束の間、定時帰宅が可能になる。自然界では、もうすぐ梅雨の季節。
 (ひさしぶりに、一人ポテチパーティしよ)
 その束の間の土曜日、千里はコンビニに寄って遊歩道をのんびり歩いて帰る。桜の木はさらに葉を茂らせていた。桜は夏の間に花芽を作るという。出来た花芽は、葉から出る休眠させる成分を受け取り眠り、寒さが明けた春に目を覚まして咲き始める。冬の寒さを耐え抜いた花芽だけが、花を咲かせるのだ。
 (でも、ほとんど咲くよね。偉いよね・・・あれ?)
 千里の歩く足が止まった。視線の先、例のベンチの横で誰かが寝ている。
 (またなの?今度は男の人みたい。若そうだけど。酔っ払い?)
恐る恐る近づく。また大の字だ。しずしずと近づき、横眼で顔を見る。目は閉じているが、見覚えがある顔。あ!消防士!何してるんだ? 
 (こんばんは~)声が出てなかった。
 「こんばんは。大丈夫ですか?」
 目を開け千里と目が合うと、「あっ!どうも」と起き上がり立ち上がった彼は、苦笑いしながら「お久しぶりです」と言って頭をかいた。
 「何してるんですか?」「何って、ここに大の字で寝てみたんです」
 「あ!おばあさまと同じですね」「そうなんです。祖母の追体験です」
 千里の眠っていた勘が目を覚ました。
 「おばあさま、お元気ですか?」「それが、先日ガンで亡くなりまして」
 千里は驚いたが、お悔やみを伝えて、もし良ければお話を聞きたいと申し出た。彼は、お時間大丈夫ですか?是非聞いてもらいたいと答えて、二人はベンチに座った。(今夜は、ここでポテチパーティ?)
 
 彼の話は、衝撃の連続だった。彼の両親は、彼が友だちの家にお泊りに行っていた夜に、火事で亡くなったという。一報を聞いて駆けつけた時には自宅は火の海で、消防士たちの姿を呆然と眺めることしかできなかった。彼は、自分のような境遇を生まないために消防士になった。一人っ子だった彼がこの街にある祖父母の家に預けられ成長して、感謝の今があるとも彼は語った。何故、このベンチなのか?についても話してくれた。彼の就職が決まって、この遊歩道の先にある消防署の独身寮に引っ越しが決まり、レンタカーを借りて、祖父も手伝ってくれた。片付いて部屋でひと時をすごして、祖父は久しぶりに遊歩道を歩いてからバスで帰ると言い、その夜に歓迎会がある彼はそのまま祖父を見送った。歓迎会の最中に電話があり、祖父が救急車で運ばれた病院に駆け付けた。祖父の顔は穏やかだった。ベンチの横で大の字になって気持ちよく寝ているようだったと救急隊員に聞かされた。祖母は、孫を育て上げて満足感でいっぱいだったのよと彼に言った。
   「でも、祖母にしたら、突然伴侶を失って寂しかったでしょう。僕は入ったばかりだけど、独身寮を出て同居するよと言ったのですが、断られてしまいました、おじいさんが許さないよって。同僚や先輩の皆さんと仲良くなって、一日も早く一人前の消防士になりなさいって言われました。でもやっぱり、寂しかったと思います。一回も夢に出てこないのよとこぼしてましたから。祖母はこのベンチの横で大の字になって、祖父の最後の声を聞きたかったんです。そして、僕は二人の声が聞きたくて、寝てました。おかしいですか?」
 千里は立ち上がるとベンチの横に大の字で寝た。目を閉じて、しばらく動かない。
 「やばいここ。すぐに寝れそう。とても気持ちいい。不思議だわ」
 「そうでしょう?僕もさっきそうでした」
 彼は半泣きの顔でベンチから立ち上がり、千里に手を差し出した。その手をつかんで引っ張り起こしてもらい、千里は自然と彼を抱きしめた。
 「ここに、ヒマワリの種を蒔かない?ここに寝そべってたら、あの世に行っちゃいそうだもん。ひまわりのように太陽のもとで生きる我ら」
 「祖父もひまわりが大好きで、庭に咲かせてました」
 「やっぱり。さっき、おじいさまがそう言ってたよ」
 千里は抱きしめた腕をほどいて、彼の肩をポンとたたいてうなづいた。
 「まじですか?すごいです!祖父のいい供養にもなりますね」
 千里の嘘は本当になってしまったが、なぜひまわりが出てきたのか、千里にもわからなかった。(孫をよろしく)どこからか、そんな声が聞こえた。                     

                              (了)

秋はコスモスベンチ


 


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