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(超短編小説)カタバミの種

 スマホが鳴った。叔父の携帯からだ。食べるものがなくなると、買い物に行きたいんだがと、遠慮がちに電話がかかってくる。
 妻を亡くして一人暮らし。車の自損事故を起こしてからは、免許を返納して足がないのだ。田舎あるある。独居老人は全国にいる。明日は我が身。
 しかし、今日は違った。
 「もしもし~私、近所に住む大久保といいますが」
 聞いたことのある声。叔父の家の庭木を刈ってくれた人だ。
 「実はですね、叔父さんが転んで足が痛くて起き上がれないって言うから、さっき救急車を呼びましてね」
 スマホから、救急車のサイレンの音が聞こえてきた。
 叔父のもぞもぞ言ってる声もする。意識はしっかりしているようだ。
 「行先は市民病院しかないから、あとはよろしくお願いしますね」
 「わかりました。ありがとうございます。お手数かけてすみません」

 叔父の家へ急いだ。すでに誰もいない。鍵のありかは知っている。
家に入り、置きっぱなしの薬と保険証、靴と杖、入院に備えて着替えを少々かき集めて、市民病院へ向かった。
 「まだ検査中ですから、もう少しお待ちください」
 受付を背後に椅子に座って、どこで転んだのやらと考えていると、ストレッチャーに横たわった叔父が通りすぎ、あわてて立ち上がった。
 「ご親族の方ですか?」「はい。甥です」
 「このまま入院になりますので、このあと手続きをお願いします」
 了承して、一緒にエレベーターに乗った。
 「すまんのう」叔父が苦笑いをしている。
 「どこで転んだの?」
 「家から出たとこの坂道で。黄色い花が咲いてるところで足がすべった」
 カタバミが広がった葉の上は、昨日の雨がまだ乾いていなかったのだ。
 「杖は持ってなかったの?」「ついつい、忘れる」
 年寄りくさいからと、杖を持たなかった叔父も何度か転んで杖を持つようになったが、それでもまだ忘れるらしい。
 「顔にパチパチなんか当たったけど、そのせいかの?これ」
 頬にガーゼが貼られている。
 「転んだ時でしょうね。切り傷ができてたので、処置しましたよ」
 看護師さんが声をかけてくれた。
 「ありゃ。いい男が台無しじゃ」
 小さな笑い。叔父は元気だ。
 「パチパチは、花のタネがはじけて飛んだんじゃない?たぶん7個」
 「7個?」「さかみちきけん」
 「あはは、そりゃいいや。気をつけます」
 叔父は、10日で退院した。杖は欠かさず、持っている。

                         (了)

            カタバミ
         花言葉 あなたと共に

ムラサキカタバミ
外来種


  

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