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ジャガイモの芽が凄まじかった

ジャガイモの芽が親の仇の様に凄まじかった。

その日は一週間前から予定を立てていた。
急に堪らなくサボテンが欲しくなった私は、仕事でお世話になっている造園さんに、「サボテンが手に入る良い店を知らないか」と脅迫気味に聞いた。
優しき造園さんは戸惑いながらも直ぐにGoogleマップを開き、お洒落なサボテン屋さん(サボテンだけではないだろうが)を、行き方から何から丁寧に教えてくれた。
そのサボテン屋さんは私が住む町から5駅ほど離れた場所にあり、休日のお出掛けにはちょうど良い離れ具合だった。
次の休みに行こうとその時から決めていた。

それなのに、オカンという奴は。

LINEは突然やってきた。
サボテン屋さんに向かう為、休みの日はいつもお昼過ぎまで寝ている私が6時には目を覚まし、サボテンとの運命的な出逢いを夢見てワンピースを着た。
「君は薔薇より美しい」を聴きながら駅へと向かう道中なんかは、ミュージカルのヒロインさながらだった。生憎サボテンにまつわる曲を知らなかった。
予定通り電車に乗り込み、想像する。
あんなことやこんなことになっているサボテン。
その棘を早くツンツンしたいし、どんな愛らしい花が咲くのか今から楽しみだ。部屋に持って帰ったらどこに置こう。それ用のかわいい小椅子でも買ってやろうか。名前は何にしよう。サボテンは人の話を聞いているらしい(上沼恵美子が言っていた)し、毎日「かんわいいねぇ」と言ってやろう。
きっとこれでもかとすくすく育つだろう。
そんな心躍る豊かな電車の中でスマホは鳴った。


「今電車でそっち向かってるし、駅まで出てきてや。色々持って来たったで。」


オカンという生き物は何故いつもこうタイミングが悪いのだろうか。
何故家を出る前に連絡を寄越さないのか。
何故「持って来たったで」と上から目線なのか。


「今からサボテン買いに行くねんけど。もう電車乗ってるねんけど。」

「あんた今日休みって言ったやん。戻って来てくれたらええだけやん。」


「だけやん」とはなんだ。
身勝手にも程があるだろう。
しかしこういう時に強く言えないのが私である。
このオカンに育てられたとは思えない奥ゆかしさである。


「わかったよ。ご機嫌はななめよ。」

「悪かったな。んな後で。」


悪いなんてこれっぽっちも思っていない筈だ。
私は慌てて電車を降り、下りの電車に乗り換えた。


約束した駅に着いたが、あと15分ほどかかると連絡があった。聞けば私と会った後におばあちゃんの家に行くという。
私は駅前の百貨店で、フルーツケーキとオカンの好きなモンブランを買った。あまり荷物が大きくなっても悪いと思い2つだけにした。
保冷剤は2個付けてもらった。
なんて優しい娘なんだと自分で思った。


ケーキを買い終わり駅に戻ると、直ぐにオカンはやってきた。駅のベンチで落ち合う。


「ごめんごめん、悪かったな。まあ、このまま出掛けたらええやん。」


とオカンは会うなり大量の荷物をベンチに広げた。
2Lペットボトルに入ったお米、南瓜にジャガイモ、山盛りのにんじん、玉ねぎ、、、よりにもよって重たい野菜ばかりである。その他にも毛布やら冬用の靴下やら嵩の高いお土産も沢山もらった。
「このまま出掛けたらええやん」とは。
さっき荷物が大きくなっても悪いと気遣った私の時間を返せと思いながらも、紙袋の底に私の大好きなオレオとビスコの大袋が入っているのが見えたのであまり強くは言えなかった。
私はどデカい紙袋3つをオカンから受け取り、オカンはケーキの入った小さな紙袋を「悪いなぁ、ほな」と摘み上げ、向かいのホームに到着した電車で身軽に帰って行った。

いきなり大荷物になった私は、もう家に帰るしかなくなっていた。
せっかく朝早く起きてワンピースまで着たのに。
サボテン。
苛々と有難さの狭間で揺れながら、私はせっせと紙袋を提げ、歩いた。
お気に入りのコートに紙袋の持ち手が食い込んで凄く不快だ。大荷物過ぎて道行く人に二度見された。


うんとこしょどっこいしょという具合に、私はやっとの思いで帰宅した。汗だくである。
ひとまずお米を米櫃になおし、毛布やら何やらも然るべき所に片付け、貰った物たちを捌いていった。
一通り片付きふと時計を見ると、時計は15時を指していた。
どういうことだ。
もう一日の後半戦に入ろうとしているではないか。
私はまだ何もしていないぞ。
どういうことだ。
時間差でオカンへの苛々が湧き上がって来た私は、「ぬあ!」と叫んだ。


このままではせっかくの休日が何もせずに終わってしまう!何かせねば!何か!
しかし身体は既にクタクタだ。
今からどこかに出掛けようという気にもなれない。 
そうだ!オカンから野菜を貰ったんだった!
確かジャガイモ、にんじん、玉ねぎ。
カレーを作れと言っている!!
カレーを作れと言っている!!!
こんな休みの日にしかじっくりコトコトやってられない、ちょうど良いではないか!!!

目的を見つけた私は、すっくと立ち上がり台所へと向かった。
とりあえずアク抜きをしなければならないジャガイモから切ろうと思い、オカンから貰った紙袋を漁る。と、底の方にジャガイモがとても入っていそうなビニール袋を発見した。
これだこれだ。
よしやるぞ。
腕を捲りビニール袋を開くと、いきなり見たことのないシルエットが飛び込んできた。
ん?ジャガイモってこんなんやっけ。
私は一度ビニール袋を閉じ、iPhoneでEarth Wind & Fireの「Let’s Groove」を再生した。
やはりどれだけ時を経ても良い曲である。
自然と鼻歌を歌ってしまう。
サビに差し掛かり私の身体も揺れてきた所で、もう一度ビニール袋を開いてみた。
やはりそこには、私の知っているジャガイモとは一線を画した何かが3つ入っていた。

3つのジャガイモが今野生に還ろうとしている。

表面からはニョキニョキといくつもの突起物が生え、その中のいくつかは更に枝分かれし、薄ら桃色がかっていた。怖い。食べるなよとこちらに訴えかけている。
こんなにも芽の生えたジャガイモを私は見たことがなかった。まるで親の仇の様だ。
と、思った途端私はオカンが怖くなった。
このジャガイモを笑顔で娘に渡すあの女、只者ではないぞ…!!!
私はこのジャガイモと引き換えに、甘く柔らかいモンブランを差し出したというのに。
あの女はこのジャガイモを袋に詰める時どんな顔をしていたのだろうか。
「Let's Groove」を流していて良かった。
危うく正気を保っていられないところだった。


再びLINEが鳴った。


「おばあちゃんとケーキ美味しく頂いてます」


あの女からだった。


その後私はジャガイモのあまりの形相に、500mlのハイボールを一気に呑み干すと短い眠りについた。

19時頃、寿司をとった。


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