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イアソンは生きて苦しめ、(『メディア/イアソン』3/22ポストトークメインの感想)

言いたいことを140字にまとめることが得意じゃないのでnoteに逃げてきちゃったけど、一昨日観劇したメディア/イアソンについて、終演後のポストトークメインで感想を書きます。

ちなみに前回書いた感想はこれです。

もっと原題を深く勉強した方が楽しめるんじゃない…?って考えてたけど、今回のポストトークを聴いて、机での勉強よりも、劇場でどう感じるかを重きにおいて良いんだなと思えたので、引き続きそちらに力を入れたい。

3月22日、14:00開演。本編が2時間、余韻に呑まれてしまって終演時の時刻確認は失念していたけど15分の休憩が挟まれてポストトーク開始、終了が16:50。予定どおり進んでいたとしたら、ポストトークが16:15開始。そうすると30分以上もお話を聞いてたんだな…なんて贅沢な…。

プロデューサーの浅田聡子さんの司会により、井上芳雄さん、南沢奈央さん、三浦宏規さんが登場。本編の衣装のまま登場かな?そしたら南沢さんは鮮やかな返り血を浴びた衣装のまま?はぁそれは楽しみ…とか考えてたけどしっかり着替えられてて。公式アカウントでその時の写真がアップされてたので引用させていただきます。「家族写真」っていうのが、カンパニーの仲の良さを表す比喩てはなく、劇中の中で事実であることが憎いなぁ。

(にわかだけど)ファンなので、あーーいつもの芳雄さんが戻ってきた………ってあの後半のイアソン像とのギャップを感じて安心したり、後述するけど私はこのポストトークで南沢さん好きだ………の気持ちが高まりすぎたのでこの本編とは違いすぎる爽やかな衣装にキュンとしたり(でも髪型はそのままなのが良き)、三浦くん(すみません、いつも三浦くんって呼ばせていただいてるのでその呼び方で…)のスタイリッシュさに吸い込まれそうになって思わずオペラを構えたりしてた。アフタートークという言葉が相応しくないような「だから「ポストトーク」なのかな)、終演直後なモードから一線を画し、深く話をしてくれて楽しかったなぁ。充実。でも一緒に映ってらっしゃる水野貴以さん、加茂智里のお話も聞きたかった。何で5人じゃダメだったんだろう。

浅田さんが「ポストトークまで残ってくださってありがとうございます」と仰ってたけど、いやいや、ポストトークがあるからこの回のチケットを取ったり仕事休んできた人も多いじゃないかな?と思った、当の本人です(笑)本当にありがたい機会だったな…


「嫌な役をやらせたかった」 井上芳雄さん

嫌な役をやらせたかった。演出の森新太郎さんがそう仰ってたと浅田さんから紹介されてぞくぞくしてしまったけど、「好感度だけを売りにしてたので…」とニヒルに微笑む満更でもなさそうな芳雄さんへさらに募る信頼感。本編の中盤、メディアの手助けにより金羊毛を手に入れて目的を達成したイアソンから溢れ出て仕方ない高笑い、当日の本編でもものすごく鳥肌立って、そっかここから後半のイアソンの片鱗が現れてたんだな…と改めて思わされたところだったので、浅田さんが芳雄さんにそのお話を振ってくださって、ああなんて観客の聞きたいことがわかってくださるんだろう、さすがプロデューサーさんだなと唸った。しかも芳雄さんは「演出には無いと体から自由にやってる」ときたもんだ。「人って変わらないものだ」とも仰ってたけど、確かにその通りで、最後に残虐性を見せるメディアだって、弟殺し(しかもその殺害方法を含めて)からわかるように、前半からその片鱗は現れてる。でも確かに、芳雄さんの仰るとおり、強者が誰かを察知してその人について行って成功しちゃう人って紀元前のギリシャだけじゃなくて令和の日本だって心当たりがあるから、やはりそういう点もこの作品が現代に通じると感じさせられる部分だなぁと納得した。
芳雄さんやっぱり凄いなと思うのは、客観的な視点をいつもお持ちなところ。まず一つ目に客席がどう反応するのか楽しみにされていたようで、終始しん…っと静まり返る中、この日の本編は前半の「16歳、そうは見えないかな…」と自分がもう16なので髭も少し生えてきたしと成長を叔父にアピールするところで結構な笑いが起きてたことを拾ってて。(初日も笑いが起きてて、私が観た限りだと3月16日ソワレは特に誰も笑ってなかったしその日の客層にもよるのかな。)そして、“演劇”とご自分の活躍のホームである“ミュージカル”を比較しながら、どちらを上げて下げるわけでもなく、どちらもリスペクトしながら演劇の良さを語れるところ。休演日明けに森さんから指摘が入って軌道修正した部分がいかに繊細であったか、ミュージカルは(歌があるからこそ)多少誤魔化しが効くんだという話も交えつつ、「ミュージカルだと豪華絢爛な作品もあるけど(ここ、ムーランルージュのことかな…と思いながら聞いてました)同じくらい満足できるはずだ」と言い切ってたの、本当にかっこいいな芳雄さんは…って胸も頬も熱くなった。

「メディアを愛してるから」 南沢奈央さん

「イアソンは生きて苦しめ」、って笑顔で話す南沢さんのこと本当に好きになっちゃったな。普段は寝る前に羊を数えるんだという南沢さんだけど(「羊数える人久しぶりに見ましたね」って茶々を入れる安定の芳雄さんよ)、メディアになってる期間は羊を数えると劇中でイアソンが贄として献上する羊を思い浮かべちゃって寝られず、「寝られてないんです」と訴えていて。何でも作品に繋げちゃうんだということだったけど、それだけじゃなくて、普段怒ることがないから怒ったり憎んだりすることがとても疲れるんだと仰ってて、身を削りながら演じてるんだな…と鳥肌立った。そんな南沢さんが、メディアのことを嫌いとかどうかしてるとか共感できないとか語るのではなく「私はメディアを愛してるから」と語り、睡眠不足や疲労だって肯定する南沢さんの役者魂にひれ伏したくなる。
メディアに共感できるというのも、イアソンは生きて苦しめ、って仰るのも、わかるよ……!!って本編終了後のどーんと沈む気持ちが気持ちが昇華されたような気すらする。この投稿のタイトルにも使わせてもらっちゃう。イアソンの命を奪うんじゃなくて、イアソンが愛する者たちを惨殺するのも、そういうことだもの。

「一番酷い目に遭う役」 三浦宏規さん

「身体が効く」という表現を初めて聞いたのだけど、そう森さんに言われたのだという三浦くん。イアソンと二頭の雄牛の闘いで舞う“炎”の役も、演出がつくまでにさらっと簡単に演じられちゃうし、イアソンが王子を従えながら大蛇の刃を撒くあのシーンでも、太陽を時間均等にゆっくり掲げて降ろすことまでできる、芸達者でありフィジカル面でも大変に強い。(「同世代でなくて良かった…」って安堵の声が思わず漏れちゃう裏切らない芳雄さんに会場みんなでにこにこした笑)

真ん中が似合うんだということを数々の主演作で証明してた三浦くんが、この少数精鋭の作品で、年齢の壁を超えて何役もこなすことで絶対に新境地を開いてると思うし、特筆すべきシーンは、三浦くん演じるイアソンの使いの者の台詞回しとその焦燥感で、イアソンの新妻とその父が、炎に包まれどんな凄惨な死に方をしたのかが伝わってくるその恐ろしさに、彼の求心力が詰まってるなと感じるところ。あと、ポストトークの中でヘラクレスのセリフの一節を披露してくれたんだけど、衣装はそのままで、あの一瞬で豪快さを轟かせた瞬間、空気全体を味方につけたオーラに呑まれた。凄いなぁ…演技は勿論のこと、お話してる時のトークにも、実力ゆえの自信を感じられて本当に素敵だなと惚れ惚れした。眠れない南沢さんと対比されるように、マチソワ間も楽屋で熟睡できちゃう三浦くんに、ヘラクレスの印象そのままでときめきが止まらないよ…。
とはいえ、三浦くん本人も仰っていたように、アルゴー船に置いてかれるヘラクレス、無惨にも身体をばらばらに殺されるアプシュルトス、仕えてる主人の妻とその父の死を間近で見届けることとなる使いの者、皆酷い目に逢う役ばかりで、本作の中で一番の巻き込まれ役を演じてる三浦くんも、もしかしたらこの先は(華々しい活躍が待ってるので)なかなか観る機会のない貴重な約ばかりなのかな、と益々大切に観劇したくなる。

本編の感想続き

今回で3回目の観劇が終わり、出演者5名への愛着が益々深まるばかり。ポストトークに登壇されなかった水野さんと加茂さんの話をしたいのだけど、まず水野さん。メディアの末っ子、本当に可愛い…ポストトークの中でも「主役は子供達」だと語られていたけど、語り手を担う子供達が、両親が出会い、愛を育む家庭を見届ける中、「わたし、まだ?」「産まれるの?」「産まれてくるの楽しみ!」って、自分の人生の最期がどんなに悲惨なのかを理解しないまワクワクしてるからこそ、後半の悲劇が響くんだ。イアソンの叔父やアルゴス等、年齢も性別も跨いで演じ分ける姿に、そのキャリアも相まって「役者は何にでもなれる」という説得力を物凄く感じる。そして加茂さん。加茂さんも年齢も性別も関係なく演じられているけど、メディアを自国に縛り付けるアイエテスと、メディアを自由へ導くアイゲウスの演じ分けが素晴らしい。女性が男性を演じる中で、こうも印象を変えて、重苦しい胸糞悪さも、清涼剤のような救いも、どっちも与えてくださるのだから。そしてプログラムの中でも書かれてた、最後のシーンで自分だけがメディアに殺されずに助かった双子の姉(月光から外れた子供)の最後のセリフを「あえて感覚的に気持ち悪いところで入るようにしている」ということ。こんな表現が存在するのかとまず驚きだし、聞いてる側も、殺されるのか生き残るのか、生き残ってももっと酷い目に逢うと言われていたけどそれでも大丈夫なのか、不安をかきたてられるので、これが加茂さんが意図してるところなのかな…?と考えたりした。
私、水野さんと加茂さんの発声が好きで、やっぱり場がとても締まる。何にでもなれるけど、どの役の時でも、自分か当事者としてその場を生きているんだというパワーに圧倒される。

あと、私はこの作品の照明の使い方がとても好きだと前回のnoteにも書いて、人の表情をあえて隠す逆光のようなシーンが心に刺さる…ってじんわり浸ってたけど、他の方の感想を読ませていただき、確かに「影絵」みたいだなと。なるほど…!

そして、本作が「メディアとイアソン」じゃなくて「メディア/イアソン」であることも深いなぁと。二人の物語というより、二人のうちどちらの立場で物語を追うかによって、結構印象が変わるんじゃないかな。だからこそ、芳雄さんが開幕コメントで言ってくれていた「思ったように感じていたたけたら」が響くなあ。改めて、自由に感じさせてくれるこのカンパニーも、演劇が自由であることを教えてくれるこの作品も好きだなぁとまるっと愛おしくなった。おわり。


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