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イギリスは今でもロックバンドが愛される ヒットソングの見方が音楽リスナーに訴えるもの

2023年、イギリス、とある光景

2023年1月末、とある国の音楽ウィークリーチャートでは3組のロックバンドが首位を争っていた。

イタリア出身で飛ぶ鳥を落とす勢いで世界を席巻するバンド、1970年代から続く大御所バンドのメンバーによる結成10年目を迎える中堅バンド、国の北部で結成されたうら若きロックバンド…
Meneskin、Black Star Riders、The Reytonsの3組が、イギリスの音楽アルバムウィークリーチャートで首位の座をかけて盛り上がっていた。

ビルボードやNMEなどの大小さまざまな音楽系メディアに加え、イギリスのヒットチャートをまとめるOfficial Chartでもこの3組の争いに注目された。

3組の争いは1月27日に決着をみせ、2017年にイギリス北部のサウス・ヨークシャーで結成されたThe Reytonsの『What’s Rock And Roll?』が首位を獲得した。

争っていたManeskinの最新作『Rush!』は5位、BLACK STAR RIDERの『WRONG SIDE OF PARADISE』は6位と、それぞれにランクイン。この時にアルバムチャート上位を占めていたのは、Taylor Swiftの『MIDNIGHTS』やSZAの『SOS』など、アメリカで大きな影響力を誇る女性アーティスト2組。彼女らのアルバムをも上回っての首位獲得だった。

2作目となるフルアルバムとなったThe Reytonsのアルバムだが、彼らは「No label.No backing.All Reytons.」というモットーに掲げ、音楽レーベルに所属することなくバンド主導のインディー活動を続けていた。

今回の音源発売でも、MenaskinとBlack Star Ridersが所属する大手レーベルのPRにも負けじとSNSを中心にしてPR活動をつづけ、コロナ禍後という状況にあってもイギリス中を回るライブツアーを敢行したことも好影響。見事イギリスのアルバムチャートで首位を獲得したのだ。

レーベルに所属してもいないロックバンドが、数年のうちに多くのファンを引き寄せ、見事チャートの1位を獲得する。夢物語のような出来事が実際に起きたのが、2023年UKシーン最初のトピックとなったのだ。

その光景は"特別"だったのか?

彼らだから成し遂げられたことなのだろうか?一度ここでイギリスの音楽チャートを振り返ってみよう。

この快挙はUKのヒットチャートをまとめているOfficial Charts Companyから、1952年から現在に渡ってシングル・アルバムで1位を獲得したアルバムをまとめた記事があるので、URLを記載しておこう。

All The Official Albums Chart Number 1s

2022年を見てみると、The Weeknd、Harry Stylesといった強力なポップアーティストのなかに、Don Broco、The Wombats、Wet Leg、FONTAINES D.C.、Blossoms、Kasabian、MUSE、THE 1975、LIAM GALLAGHERらの名前が挙がっている。

出身国や解釈を広くとってみれば、RED HOT CHILI PEPPERS、ARCADE FIRE、STEREOPHONICS、FRANK TURNER、YUNGBLUDもここに加わるだろう。

LIAM GALLAGHER、THE 1975やMUSEといった世界的な著名バンドは抜きにしても、The Wombats、Don Broco、FONTAINES D.C.、Wet Legといった若手~中堅ロックバンドがチャート首位を獲得している。

Arctic Monkeys『The Car』はTaylor Swiftの『MIDNIGHTS』に阻まれているが、仮に前後の週にリリースしていたら、彼らも首位を獲得していたはずだ。

2023年はどうだろう。The Reytonsを筆頭にして、THE COURTEENERS、THE LATHUMS、GORILLAZ、ENTER SHIKARIに、アメリカからはPARAMORE、Boygenius(Julien Baker, Phoebe Bridgers, and Lucy Dacusによるトリオ)に、METALLICAとFOO FIGHTERSも1位を獲得。

少なくとも2020年に入ってから数年に渡っての傾向として見ることもできる。とはいいつつも、上位に載せたアルバムチャートをみれば「イギリスでは、2010年代を通じてロックバンドがヒットチャートの首位を欠かさず獲得している」のが分かる。アメリカではそれすらもかなわなかったことを鑑みれば、むしろ良い方だ。

いまでは「イギリスでは、レーベルに所属もしていないロックバンドがチャート1位をゲットしてしまうくらいにロックバンドへの支持・注目度が高まっている」とも言えるのだ。

ロックは不遇ではなかったという話し

「2010年代はロック不遇の時代」「ロックバンドの人気が無くなっている」という言説がやたらと広まっていると思う。これは2017年に調査会社のニールセンがアメリカの音楽売り上げデータを発表し。ポップ・ミュージック史上初めて年間を通してヒップホップとR&Bが最も売り上げが多かったことを発表したことに起因している。

アメリカでヒップホップとR&Bの売り上げが史上初めてロックを超える

昨年の米国の音楽売上、ヒップホップやR&Bがロックを超える

この情報に偽りはない。
特に2015年以後のアメリカの音楽シーンではロックバンドが注目されるタイミングはほとんどなく、アメリカのアルバムチャート「Billboard 200」では2022年にチャート1位を獲得したロックバンドはRed Hot Chili Peppers『Unlimited Love』となっている。

2022年にあれほど自国のバンドがアルバムチャートで1位をゲットしていたイギリスとは、まったく別の様相だ。

ここまでの話をまとめると、アメリカとイギリスでは大いに音楽シーンの盛り上がり方・需要のされ方が異なっているのだ。Stormy、Dave、Central Ceeが牽引するイギリスのグライムシーンからのヒットももちろん注目すべきだが、「ロックバンドへの求心力が無い」だなんて言葉は、決して似合うものじゃない。

アメリカとイギリスは違う国
音楽ファンはしばしばそれを忘れてしまう

ロックバンドが爆発的に増加してヒットチャートを席巻した1960年代・70年代と比べれば確かに盛り下がったと言われるだろう。

だがいちど冷静になってみよう。この時期はファンクやディスコミュージックなどはあれど、ヒップホップやハウス・ミュージック由来のダンスポップなどがほとんど無い時代であり、現在ほど音楽ジャンルも多くなくライバルが少ない時代だったとも言える。

そこから80~90年代を経てヒップホップ人気が高まり、2000年代初頭にも「ロックは死んだ」とアメリカでは語られていたことも思い出しつつ、当時イギリスではロックバンドの支持が下がらなかったことも忘れてはいけない。

ポップ・ミュージックの趨勢・中心を担っていたのは主にアメリカとイギリスという認識は正しい、だがあくまで「アメリカとイギリスは別々の国」であり、「一国のヒットにすぎない」ということも理解されてもいい。

戦線から遠退くと楽観主義が現実に取って代る。そして最高意志決定の場では、現実なるものはしばしば存在しない。戦争に負けている時は特にそうだ

機動警察パトレイバー2 the movie

あやふやだったグローバルポップが映ずる

SpotifyやApple Musicを使えば、日本という国のみならず、アメリカやイギリスだけじゃなく、フランス、ドイツ、スペインといったヨーロッパ諸国に、UAE、サウジアラビア、インドといった中東近辺諸国、韓国、中国、タイ、シンガポールの東南アジアだけじゃなく、アフリカ諸国のヒットソングも一望できる。

そういったなかにあって国際的にひろくヒットを飛ばしているヒットソングをグローバルポップと呼ぶような習わしがうまれつつある(以前から言葉自体があったが、かなりメジャー化したように感じる)

さて、このようなエコシステムのもとで音楽リスナーが日々音楽を聴いているのであれば、「アメリカで売れないから世界的に支持されなくなっている」などというのはあまりにも短路的すぎる

もうすこし難度を低くして、自国のチャート以外、ヨーロッパや東南アジアのヒットチャートで売れていることもまた同じくらいに重要になる。

アメリカで陽の目を見ないロックバンドらは、世界中で開催される音楽フェスでは今でも分厚いウェイトを占めていることを思い出してみよう。

アメリカのロックシーンが世界的にみても最も分厚いが、そのアメリカでロックバンドの支持を得られなくなっているというのは、さまざまな社会的事情や音楽シーンの盛り上がりが影響しているが、イギリスでの盛り上がりと比較すれば、アメリカ独自の傾向であると捉えたほうが、まだ穏当とみていいレベルだ

こういった側面をフォローするような状況が生まれつつある。
英語を使用するアーティストがグローバルなヒットを飛ばしづらい、そんな状況が変わりつつあるのだ。

Bad Bunny『Un Verano Sin Ti』は2022年のBillboard 200において合計13週に渡って1位を獲得し、もっとも首位に立ち続けたアーティストとなった。Spotifyでも3年連続でもっとも聞かれたアーティストにBad Bunnyが選ばれており、Rauw AlejandroやOzunaらも含め、レゲトンシーンに大きな注目を集めている。

2023年に入るとコロンビア出身のKAROL Gの新作『Manana Sera Bonito』が、女性によるスペイン語の音楽アルバムで初めて1位を獲得した。K-POPを通じてBTSやBLACKPINKが快進撃を続けていることも忘れてはいけない。彼らのおおよそがスペイン~ポルトガル語圏を使い、ラテンカルチャーのなかにいる。

音楽ストリーミングサイトの成長、YouTubeやTikTokといった動画サービスが覇権を握り、そこにコロナ禍によるインドア需要などを通じて、需要層とセンスが大いに変化したことが伝わってくる。

ロックやヒップホップという音楽的特徴ではなく、言語的・文化的な側面から音楽シーンが変わりつつある。それまでの認識・常識からグっとドラスティックな変化が見られる10年になるかもしれない。

それはアメリカ・イギリスのヒットを中心に据えてみえてくる旧来の"洋楽"という見方がくずれ、より多彩で豊富なカルチャーを見据えたグローバルポップな観方を、リスナーに自然と要求するものだ。

アメリカとイギリスが別々の国である……などという当たり前の話しから、音楽シーンの見方をよりアップデートしなければ、それこそ時代に置いていかれるだろう。


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