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英国・・・イングランド・スコットランド・アイルランド・ウェールズのロックシーンについて The 1975 後編 Part6

第6回です。

今回でTHE 1975編が終了です。

後編の今回、『Notes On A Conditional Form』について書きます。

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前回書いたように『A Brief Inquiry Into Online Relationships』と『Notes On A Conditional Form』は、元々連作として制作された作品だ。

『Notes on a Conditional Form』は『A Brief Inquiry Into Online Relationships』の約半年後、2019年5月のリリースが予定されており、2018年11月末から続いていたツアー『Music for Cars Tour』の合間をぬって続けられた断続的なレコーディングで制作されていた。

だがその後スケジュールは急転、3度のリリース日変更を経て、当初の予定から1年後の2020年5月のリリースとなった。レコーディング作業によるものではなく、曲数の調整やパッケージやアートワークの改良にギリギリまで時間を割いたことで遅れたと言われている。

ツアーの名前に初期に発売したEP『Music for Cars 』を使っていることからうかがい知れるように、キャリア初期に構想していた「Music for Cars」のコンセプトを完結するアルバム制作を目指した、それが『A Brief Inquiry Into Online Relationships』と『Notes On A Conditional Form』制作の動機だ。ということもあり、『Notes On A Conditional Form』から発表されたPVの多くに、初期のころのモノクロトーンが復活している。


19か月、15のスタジオ、4か国をまたいで制作しつづけたとも言われる今作は、アルバムという音源発表方法ということが疑われているいまの時代に反するように、22曲を収録した大作になった。

ちなみにだが、2019年にはサマーソニックに参加している。2019年の8月に彼らが行なった『Music for Cars Tour』ツアーなどを含めると、ウクライナのキエフ、リトアニアのヴィリュニュス、ハンガリーのブタペスト、ルーマニアのブフテア、アラブ首長国連邦のドバイ、日本の千葉と大阪、そして一週間後にレディング・リーズフェスを経て、グラスゴーでのライブと10本のライブを敢行している。

合計10本。見て分かるように、東欧からアラブ→日本→イギリスという流れで、正直一息つけるひまもないようにも見える。そして2019年全体で見ると、彼らは120本以上のライブをこなすことになる。そりゃ制作も遅れるわ。

マシューのヒハビリ生活や作曲活動が2017年末から2018年11月までに大きなウェイトを占めていたとはいえ、いくらなんでも詰め込めすぎにも思える。

傍から見れば、「ツアーと新作レコーディングの連続で疲れた!活動は休止!!新作制作もぜーーーんぶおあずけ!!!」と大声をあげ、バンド活動にも支障が出てしまいそうに見える。

ここでおおきな出来事が起こる。コロナ禍だ。

ひょっとしたら、この出来事が大きな転機だったのかもしれない。2020年1月から2月頭にかけてオーストラリアでのサーキットイベントに出演している合間に最後のレコーディングを終え、3月頭まででツアーを終えた彼らはコロナウィルスのパンデミックを前にツアーを中止、2020年5月22日に今作をリリースしたのだ。

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先に文量を割きたいので最初に書いておこう。

彼らは今作において、1984年からつづく老舗レコーディングスタジオのMiloco Studiosがノーサンプトンシャー州で運営しているthe Angelic Residential Recording Studioでの制作が大きな影響があったと答えている。

The 1975にとってはMiloco Studiosはこれまでの作品でも何度か使用してきたスタジオで、Angelic Residential Recording Studioは『A Brief Inquiry into Online Relationships』と『Notes on a Conditional Form』両作の制作時にお世話になっている。

特に2019年は何度となくこのスタジオに戻ってきては制作に取り組んでいたとのことで、このスタジオを根城にしてレコーディングに臨んだことがわかる。「The Guys」のPVを見れば、一目でわかるだろう。

2020年3月~5月時点で掲載されたいくつかのメディアのインタビューは、この家からFaceTimeを使って遠隔インタビューに答えており、ここで撮られたであろう写真がいくつも掲載、しかもマシューの誕生日もこのスタジオで祝ったほどだ。

で、そんなスタジオの周囲を見てほしい。見た通りに田園風景が広がっている。ギラついたイメージの旧来的なロックスターなイメージとはほど遠い田舎っぽい生活、この作品のイメージととても近いように感じないだろうか。


22曲あるうち、インスト曲が「The End (Music For Cars)」「Streaming」「Having No Head」の3曲、ボーカル曲は19曲。これまた長大で、ヘタすると統一感がなくて取っ散らかったアルバム、ガンズアンドローゼズの『Use Your Illusion』の2枚組みたいな風に見えるだろうか。やっぱりボリューミーなアルバムだ。

一度、外堀から埋めるように、観念的な部分について、言葉をチョイスしていこう。

このバンドにとって大きなテーマとなっているのは、「ルールを設けないこと、それが僕たちのルール」ということだ

もう何度目かのことを書くが、EPやファーストアルバムで示した音楽的な広がりから大きな変化や拡張をしておらず、むしろ作品ごとによってサウンドのグラデーションや色合い、割合が少しずつ変わっていること、それがThe 1975を聴くときにとても重要なのではないかと思う。

同時に、売り上げよりも自身を表現できるアートフォームを優先する、というアーティスト気質っぷりも彼らを支持するのに十分な理由になるだろう

彼らにとっては、ムダのように思えるほどの音楽的な進化だとか、バンドミュージックらしくあろうとか、ロックバンドらしくあろうとかいう「バンド仕草」「ロックスター仕草」のような振る舞いにはほとんど興味はなく、「素晴らしい音楽を生み出すために、最良かつ円滑な4人」としてのフォーメーションを組んでいるだけにすぎないのだ。

これは例えば、RadioheadやColdplayにも繋がっていく見方であろうし、日本で言うならサカナクションやMr.Childrenにも繋がっていくことにある。

音楽を通し、なるべく自身らの誠実な姿を表現することによって、何かしらのヴァイブスやメッセージを伝え、届けていく。それこそが彼らにとっての重要だったのではないか。それまでに楽曲内で見せていた自己否定なニュアンスはないし、無理に音楽を作りあげて自分の首を絞めるようなことは、今作にはあまり見受けられない。

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「The 1975は踊れるダンスポップを作るバンド」というようなイメージで聞けば、前作同様に肩透かしを食らうはずだ。身体性に溢れた「踊れる」という感覚は人それぞれだが、今作には「If You're Too Shy (Let Me Know)」の統率の取れたリズミカルなアンサンブル感と、ベースラインやシンセベースがもたらすグルーヴからしても、この曲は踊れそうなバンドサウンドになっている。

とはいえ、ファーストアルバムやセカンドアルバムでヒットしたシングル曲をイメージする人にとって、今作からはこの1曲くらいしか楽しめそうな曲は無いようにうけとられるだろう。実際、セカンドアルバム以降の2作は売り上げを落ちており、今作もセールス的には下から数えたほうがはやいくらいだ。

バンドらしい質感から離れれば、「Frail State Of Mind」「Yeah I Know」「I Think There's Something You Should Know」「Shiny Collarbone」の4曲は2ステップ~ブレイクビーツ楽曲が収録されている。問答無用のダンス・ミュージック、踊れるという目的をキッチリとこなすナンバーだろう。

「Having No Head」ではシーケンスと深いエコーがかかったピアノがリズムレスに絡みあいから、途中から柔らかくリズムトラックが加わってハウス・ミュージックへと変わっていく。ここに「ロックバンド」的なサウンドスケープを見つけることは難しい、だが、彼ら4人にとってはそれで十分なのだ。

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「踊れる」という感覚から離れ、「Calm Down≒穏やかになれる」という感覚はどうだろう。今作をリリースした直後、マシューはとある人との対談企画に登場した。若いころから自分のヒーローであった彼との対談で、マシューは前のめりにいくつもの話題を振っている。2人はお互いの音楽活動について意見を交わし、互いを賞賛して対談を終える。

その人物はブライアン・イーノ、ご存知アンビエント・ミュージックの祖であり、後の現代音楽やミニマル・ミュージックなどに多大な影響を及ぼした人物。ロキシー・ミュージックの初期メンバーであり、トーキングヘッズ、ディーヴォ、デヴィッド・ボウイ、U2、コールドプレイの名作群にプロデューサーとしても参加してきたレジェンド。御年72歳だ。

もう一人、ブライアン・イーノが発掘し、現在でも現役バリバリのプロデューサー/コンポーザーとしても活躍しているスティーブ・ライヒも、マシューやドラムのダニエルにとってのヒーローとして対談企画に出演している。

ここまで3作品を追いかけて来たなら分かるであろうが、The 1975作品に関しては、ファズやオーバードライブで歪ませたギターサウンドよりも、ピアノ・シンセサイザー・オーケストラをそれぞれに重ね、エフェクティブな形で空間を構成していくアンビエントミュージックからの影響がうけとれる。

今作だけでみても、トップを飾る「The 1975」のバックトラックに始まり、「The End (Music For Cars)」「Streaming」でのオーケストラを使った壮大さ、「The Birthday Party」でのピアノサウンドの質感や遠くから聞こえる細やかなボーカル&コーラスワークやエコー処理、あるいはオートチューンを用いつつもボーカルを存分にあしらえたスローバラッドな楽曲にも、アンビエント性を見出すことはできるだろう。

マシューの父であり俳優のティム・ヒーリーが作曲した「Don't Worry」や、「Nothing Revealed / Everything Denied」「Bagsy Not In Net」「Tonight (I Wish I Was Your Boy)」がまさにそうだ。マイナーキーを主体にしつつ、不穏なエレクトロニカとして仕上げられた曲もある。

FKA Twigsがコーラスに参加した「What Should I Say」も同じように、ノイジーだったりうるささといったものはない。アンビエントらしい穏やかなヴァイヴスが秘められているのだ。

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先にあげた対談企画には、イーノやライヒ以外にも、マイク・キンセラ、ボビー・ギレスビー、スティーブ・ニックス、キム・ゴードンに加え、00年代以降のオルタナティブなカントリー/フォークの在り方を示したBright Eyesことコナー・オバーストとの対談も行なわれている。

これまでの作品や今作でマシューが弾き語ってきたボーカルスタイルやアコースティックギターのスタイルは、コナー・オバースト以降のインディー・フォークやそれらに影響を与えたシンガーソングライターが奏でるものと、とても近しいスタイルになっている。

スフィアン・スティーブンス、オーウェン・パレット、エリオット・スミス、アンドリュー・バード、アイアン&ワインなどなど。あえてソロシンガーのみを挙げたが、ここに絡んでくるバンド群もまた多い、それこそJustin Vernonことボン・イヴェールも同じ系譜に入るだろう。

00年代以降にひそかに起こっていたフォーク/カントリーを現代的に読み返していく流れを、マシューは聞いていたのだろうと思う。今作においては、「Jesus Christ 2005 God Bless America」「Roadkill」「Playing On My Mind」はカントリーやフォークソングの形としてしっかりと足跡を残している。

USのインディー・フォークをリファレンスしたカントリー&フォークなトラック、オーケストラやオートチューンを駆使したアンビエントミュージック、2ステップやブレイクビーツを主にした柔らかくキックしていくダンストラック、それらが連綿と繋がっていき、今作はゆるやかさや穏やかなムードを漂わせていくのだ。

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トップを飾る「The 1975」ではグレタ・トゥーンベリによる気候変動問題についての独白が入っていることで、今作を聴くひとはより注意深くなるだろう。これまでと同様に、様々な社会問題と事象について歌詞を書いている。

2曲目に入った「People」は今作から先行発表された楽曲で、それまでの彼らのイメージを覆すようなハードコアめいたノイズ・ギターサウンドに包まれたパンクソングで、今作のなかでは異色も異色、後半を考えてもこの前半に位置したのは間違いがないだろう。

Wake up, wake up, wake up
It's Monday morning and we've only got a thousand of them left
Well, I know it feels pointless and you don’t have any money
We're all just gonna try our fucking best
Well my generation wanna fuck Barack Obama
Living in a sauna with legal marijuana

Well, girls, food, gear
I don’t like going outside, so bring me everything here

People like people
They want alive people
The young surprise people
Stop fucking with the, fucking with the
Stop fucking with the kids

1曲目2曲目の強烈なメッセージ性を放ったことにくわえ、以前からのアクティビストな姿勢も相まってマシューをウォーク・カルチャーの主導者として見る向きもある。(Woke Culture:社会で起きている問題に対して意識的に認識していこうという風潮)

マシュー自身はこう話してもいる。

「でも僕は、クソみたいなウォークカルチャーの先導者ではない。そもそもそれってどういう意味? まずそれについて話して、それからその定義を決めることってできない?既存の定義に従うんじゃなくてさ」

「僕は、自分がしているサポートはあまり世間に見せていない。でもそれは、ウォークカルチャーがクールだっていうことに超意識的だからでさ。ウォークカルチャーに寄り添うことで、シスジェンダーで白人でストレートの自分をより興味深くみせようとする考え方は、マジで勘弁してほしいね。僕自身は、ゲイのための空間を奪いたいなんて思ったことはない。」

ザ・1975、ロンドンにLGBTQのコミュニティ・センターを作る計画に寄付
https://nme-jp.com/news/56421/

インタビュアーの質問も期待値込みでかなり突っ込んだことを聞いてくるので、マシューも答えるときに思わずデカいことを答えるんだろうなと感じずにはいられない。

今作において見てみると、LGBTQに触れつつも、自身と相手に架かる愛について歌った曲がある。シューゲイザー&ジャングリーなギターポップに仕上がった「Me & You Together Song」だ

I had a dream where we had kids
You would cook, I'd do the nappies (Nappies)
We went to Winter Wonderland
And it was shit but we were happy (Happy)
I'm sorry that I'm kinda queer
It's not as weird as it appears
It's because my body doesn't stop me (Stop me)
Oh, it's okay, lots of people think I'm gay
But we're friends, so it's cool, why would it not be? (Not be)
I've been in love with her for ages
And I can't seem to get it right
I fell in love with her in stages
My whole life

僕らに子供ができる夢を見たんだ
君は料理をして 僕はおむつを交換して
僕らはロンドンのウィンターワンダーランドに繰り出して
イベントはつまんなかったけど、それでも僕らは幸せだった
ごめんな 僕ってクィアだから
見た目ほど変じゃないんだけどね
どうしても体が勝手にそうなってしまうんだよ
ああ、みんな僕の事ゲイだと思ってるけど、別に構わないよ
僕らは友達さ、それは変わりはないんだからさ
もう長い間、彼女に恋してる
でも上手くはいかなそう
どんどん彼女を好きになっていく
僕の生涯を通して

この曲、前半では幼馴染の相手を上手くいっているようなストーリーラインが書かれている。相手に対する言葉も「She」なので女性なのか?と読み解ける。PVにしても男性と女性の話になっている。

だけどもこの後半で「ごめんな 僕ってクィアだから。見た目ほど変じゃないんだけど、どうしても体が勝手にそうなってしまうんだ」という告白に対して、「みんな僕の事ゲイだと思ってるけど、別に構わない」と返す会話が挟まる。そして相手を「She=女性」として呼称して歌い続ける。

つまり、幼馴染の相手は男性ながらも女性性をもったトランスジェンダーであり、男性である幼馴染を女性として愛する僕は「ゲイ」だと言われてしまう・・・クイアにまつわる2人の人物を描いたラブソングに仕上がっている。

この2曲だけに留まらず、彼らは様々な描写と言及を通し、社会へのメッセージや熱量をを伝えようとしている。コロナ禍における社会情勢と不思議とマッチングしたことが本作への評価をあげていつつも、誠実に、力加減を考えながら、彼らは自身らの音楽を届けるのみだ。

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あえてもう一度書こう、セカンドアルバム以降の2作は、売り上げは落ちており、今作もセールス的には下から数えたほうがはやいくらい、セールスの意味合いでは確実にThe 1975への支持は下がりつつある。それでもなお彼らの影響力を見過ごせないのは、音楽性の高さ、メッセージ性、そして音楽に対する姿勢によるところが大きい。

バンドであればロックをしなければいけない、バンドは楽器のみを演奏しアンサンブルをするもの、ドラッグを好むミュージシャンはロックスター的らしくあれ、などなどそういった旧来的なイメージや先入観にまったくとらわれていない。

「美しさはこの世で一番鋭い武器」と語るマシュー、共作を続けてきたダニエルを始めとするメンバーらにとって、この歪すぎるバランスこそ彼らにとってももっとも自身らを誠実に表現できるスタイルだったのだ。

だからこそ、彼らへの注目が集まり続け、「次はなにをしてくれるのか?」なんて考えてしまう。彼らなりのスタイルを見守り続けるのみだ。

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