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MOROCCO旅日記

15年越しのモロッコへ

カサブランカから時計回りに1680kmを移動。車で運転した距離は1020km

久しぶりの一人旅。
25年間勤めた会社を退社し、自分へのご褒美という意味もあったが、今後のことをじっくり考えるいい機会として1人で行かせてもらうことにした。
家族には感謝しかない。
なぜモロッコなのかと聞かれると、日本とは全く違うイスラムの文化や建築やサハラ砂漠への憧れ、踏み入れたことのないアフリカ大陸。それとモロッコ旅は15年前に計画していたが、パスポートが2日前に切れていたという大失態で実現しなかった旅先だっただけに思い入れが強かった。モロッコのベストシーズンでありながら、観光客がそれほど多くない平日を選べたのはフリーランスの特権。

初のアフリカ大陸上陸

一番時間的に無駄がなく、かつ安かったのがJALーモロッコエアーカタールエアの連携。ロンドン・ヒースロー空港で短いトランジットを経て3時間のフライトでカサブランカに。予定より1時間遅い夜10時半に到着。初めての国に夜遅く到着というのはなんとも不安である。今夜泊まるリヤドからの送迎タクシーがもういないかと危惧したが、律儀にネームプレートをかかげて待っていてくれてホッとした。
今回の宿はできるだけリヤドに泊まろうと計画を立てた。リヤドとはモロッコ特有の邸宅をリノベーションして宿にしたもので、吹き抜けのある中庭や屋上のテラスがあるところが多い。
タクシーで夜道を走ること20分。旧市街の入口で降りて歩いた。
初日の宿はRyad91。
部屋にはベッドだけというシンプルな作りだがテレビもドライヤーもある。
水が欲しくてフロントの青年にたずねてみると、そこにたむろしていた若者がガイドをかって出てくれて、近くの売店まで連れて行ってくれた。
「どこいく予定?」と聞くので旅程を伝えたら、最後のエッサウィラに反応し、「あそこは良いぞ!」と前に行った時の写真を嬉しそうにiPhoneで見せてくれた。

Ryad91のテラスで朝食

翌朝、チェックアウトして大通りで流しのタクシーを捕まえ、駅まで行ってもらう。ひたすらクラクションを鳴らしながら交通量がカオスな大通りをガンガン飛ばす。数日後にはレンタカーを借りる予定だが、いやぁ…こんな街走る自信がない…。
駅でタンジェまでの2等車特急チケットを買い1時間程待って列車に乗り込む。駅員に自由席か指定席か聞いたが結局よく分からず適当に座った。
周りはモロッカンのファミリーや、おじさん同士の旅行のようでかなりローカル。大西洋沿いを北上する列車の窓からは、海が見えたり茶色い大地を羊の群れが移動している景色が見えたり。かと思えば何もない荒野に巨大な近未来的高層ビルが建てられていたりする。

このビルがモロッコで見た一番高いビルだった。

3時間ほど乗って終点タンジェで降りた。タンジェはアフリカ大陸の北端でヨーロッパへの玄関口だ。

タンジェ駅

タンジェからシャウエンは長距離バスが出ているはずで、タクシーでバスターミナルまで行ってみたが、次のシャウエン行きは4時間先だと言う。周囲には店などもなく陽射しが強い。短い旅では「時は金なり」。タクシーで行くことを決意し、ドライバーと金額交渉をして後部座席に乗り込んだ。
100キロを2時間かけて移動し、明るいうちにシャウエンに着いた。
タクシー代は東京に比べれば格安だがガソリン代がかなり高いことが分かった。
シェフシャウエンという町はリフ山脈の奥深くにあり、城壁に囲まれたメディナ(旧市街)は迷路のように路地が入り組み、町中が青く塗られていてとにかく猫が多い。
タクシーを降りて早速青い迷路を荷物を持ってさまよい、メディナの中にある「SANTA」という名のリヤドに到着。
部屋はいい感じで昨夜のカサブランカの部屋と比べたら3倍くらいは広い。ベッドの横の窓から見える景色は青一色で、まるでおとぎの国に泊まるような気分である。

部屋の窓からは青い迷路で遊ぶ子供たちの姿が見えた

カサブランカからの大移動が落ち着き、早速カメラ片手に町に合わせて青いシャツを着て探索を開始した。
町中猫だらけで僕のような猫好きにはたまらない。レストランバーで遅いランチとビールにありつき一休み。イスラムの国だが飲酒に関しては比較的寛容のようで、こんなにサクッとビールが飲めるとは思わなかった。

リヤドに戻るとスタッフのフレンドリーなおじさんが「屋上でお茶するかい?」と誘ってくれたので屋上へ上がった。町が一望できて夕日が真正面に見える絶景のテラスで「君の家だと思ってくつろいでくれ」とミントティーとビスケットを用意してくれた。なんと素敵なおもてなし。
8時半頃になってやっと太陽が山に落ち、肌寒くなってきたのでお礼を言って部屋に戻った。

絶景とティーセットのおもてなし

なぜかモロッコに入ってからあまり腹が減らなかったが、食べておくか、と先ほどテラスから見えた近所の最上階レストランに行ってみる。
ビールが飲みたかったがアルコールは扱っておらず、レモネードとチキンタジンとオリーブを頼み、8割ほど食べて早めにリヤドに戻った。

スパニッシュモスクの先へ

翌朝7時半に起きて近所を散歩する。
朝は静かで人影もなく、出会うのは猫ばかり。
猫撮り放題。子猫に誘われ小道を進み曲がって曲がってついて行くと幻想的な小さな広場に出たりする。

猫に誘われ小道を行く

昨日リヤドのおじさんに「明日滝のツアーにでも行くか?」と誘われたが、シャウエンという町が見たくて来たのに滝見てもな…。思い立ってテラスから見えた遠い丘の上の白いモスクまで歩いて行ってみようと準備を始めた。
まずメディナの中心にある広場まで行き、東へと進むと10分ほどで旧市街の端に辿り着いた。門をくぐりメディナの外に出ると、川沿いにオレンジジュース屋が軒を連ねている。そこから丘を登り、スペイン人が建てたという白いモスクを目指す。まるでドラクエの主人公にでもなったような気分。
20分くらい丘を登りモスクに到着した。

モスクからシャウエンを見下ろす

山の麓に広がる城壁に囲まれた青い町を眺めながら、少年が絞ってくれた生オレンジジュースを飲んだ。実に美味い…。
そこに30歳手前くらいの上下スウェットの青年が現れた。アノエルと名乗る彼とモスクの壁に寄りかかり2人で話をした。旅のルートを話すと、「エッサウィラは行ってみたいんだよねぇ」と言う。「俺はこの上の村でハシシを作ってるんだけど見に来るか?」と誘われた。モロッコではハシシを吸うことは合法らしい。どうせ何も予定ないしトレッキングするのも悪くない、ということで案内してもらうことにした。
アノエルが飼うコビーという可愛い子犬が妙に懐いてくる。母親譲りだと思うのだが昔から犬や猫に不思議と好かれる。先ほどもしゃがんで子猫を撮っていたら、その子猫ちゃんが飛び乗って来て肩にのぼり顔にすりすりとしてきたり。ナウシカとテトか。
ランチ付きのハシシ村ツアーということで、アノエルと連れのシンと3人で村に向かうトレッキングが始まった。

ハシシ村へ

牧歌的な山道を子犬と一緒に歩き始める

強い陽射しの中撮影しながら歩くこと1時間。小さな村に辿り着いた。
そこかしこに草が生えている。アノエルの家なのか、質素な建物に到着した。お婆さんが日向ぼっこをしている周りには山羊や鶏がいる。案内された暗い建物に入ると草が大量に入っている巨大な袋が何袋も置かれている。
ここで脅されて身ぐるみ剥がされてもおかしくないな、と若干の警戒心の中、ハシシをつくる過程を実演してくれた。合間にシンがランチを運んできてくれて、ハシシ袋をテーブルに3人でランチが始まった。堅いパンとオリーブオイルとオリーブ。それに目玉焼きとミントティー。モロッコでは必ず出てくるミントティー。小さいグラスに高々と注ぎ、角砂糖を皆2、3個入れる。この甘さがクセになる。
突然ニワトリが3羽乱入して来たりする。「パンはママが作っててオリーブはここで取れたやつで卵はこいつが産んだんだ」と言う。完全なる自給自足。食後にまた作業再開。粉状に濾(こ)すために直径1mくらいの円盤にストッキング生地の布を張り、その上に草を大量に乗せビニールを被せ、その上から2本の長い棒を使ってバンバン叩く。俺も手伝い交代で15分くらいで完了。
「俺らはすごい貧しいし家族もたくさんいる。父ちゃんも母ちゃんも婆ちゃんも爺ちゃんも子供も養ってて。だから毎日こうして働いてる」
「他の国に行けるなんて考えたこともない」と。
それにしてもシャウエンという町はこんなにもメルヘンな佇まいだが、周りはハシシ作りが盛んで、観光客やスペインに売って町を支えているという側面もあるようだ。

ハシシの匂いが立ちこめる小屋でのランチ
KEENのサンダルで歩くにはなかなかハードだった

ツアーしてもらったお礼を払い下山。行きとは違った岩だらけのハードな道を1時間歩き、汗だくでモスクに戻ってまた少年に生オレンジジュースを作ってもらう。再会したコビーがすり寄って来た。「ここからの夕日は最高だから夕方また来なよ。」とアノエルが誘ってくれた。

モスクから下山し1時間ほどかけてリヤドに戻った。
帰りがけに買った冷たいビールをテラスで飲み、谷の向こう、丘の上にポツンと建つさっきまでいた白いモスクを眺めた。あそこから結構登ったよなぁ。多分行ったであろう村の建物が点のように見えた。
後で夕日を見に行きたいが、またあそこまで歩くのは中々の骨だな、。
少し昼寝して8時過ぎに陽が落ちてから夜のシャウエンを撮りにまた散策することにした。

ベルベル人のもてなし

モスクの広場に行って街灯がともり始めた夜景を撮影する。昼とはまた違った美しさが広がっている。西の空が色づいていたが建物があって夕焼けがよく見えない。じょじょに濃いブルーへと変化する空を眺めながらモスクの前の階段に腰掛け一服していたら、土産物屋らしきおっさんが満面の笑みで上手い英語で話しかけてきた。
「日本人か?モロッコ初めてか?」のお決まりの切り出しから、
「一服するなら良い場所に案内してやる」と言う。まあ怪しいとは思いつつ乗ってみた。
広場が一望できるおっさんの店の屋上に案内され、おっさんは椅子とテーブルを用意してくれたうえにミントティーまで振る舞ってくれた。
思わず「How much?」と聞いたが、「金はいらんよ。俺の気持ちだ」と下に消えて行った。

広場が一望できる屋上に特等席を作ってくれた

西側の空はまだ夕焼けが残っていてほんのり赤く、広場を囲む店の屋上のテラス、目の前のモスク、さらにその遠くには昼に行った白いモスクも見えた。

その光景とおっさんの突然のもてなしに感動しながら撮影したりティーを飲んだりと1人優雅に堪能していたらおっさんがやって来て、「どうだ?」と満面の笑み。いろいろと話をしているうちに、急に笑顔が消えて身の上話をし始めた。
彼はメルズーガのサハラ砂漠出身のベルベル人で、7ヶ月前に母親が亡くなってからというもの、毎日満点の星を見ては悲しくて泣いて暮らしていたという。でもこのままじゃまずい、と思ってシャウエンまで来てこの店で働き始めた。3ヶ月経つがこの町が大好きで、今じゃ毎日がHappyだ!と言ってまた満面の笑顔に戻った。「This is life. This is life.」と遠くを見て頷いていた。その言葉に合わせたかのように、白いモスクの建つ丘から丸い月が登ってきた。
「Wow, almost full moon!」と二人で明日満月のはずの丸い月を眺めた。おっさんの演出に脱帽。

タイミング良く登ってきた丸い月

月見を堪能して下に降りた。俺の店に寄ってけよ、と言うので1階の店に入ったらそこはカーペット屋だった。
店内には笑顔の素敵な両腕ヘナだらけの20代くらいの女の子がいた。ナオミというそのフランス人は日本語の地名が沢山刺繍されたウエストバッグを見せてくれて、「ニホンダイスキ、ココゼンブイキマシタ」と片言の日本語を話した。屋久島、鹿児島、熊本、沖縄。しばらく日本の話をしてから店の奥に行くともう1人のおっさん。「初めまして。モロッコ楽しい?」と流暢な日本語。彼は北海道に住んで仕事していたらしく、こちらも最近毎月のように知床に行っているので北海道話で盛り上がる。
カーペット屋のおっさんが、ナオミも日本語ぺらぺらおじさんも自分の友達なんだと紹介してくれた。程なくしておっさんはカーペットを広げ、プレゼンを始めた。
なるほど、こういう展開ね。全てはカーペット売りに導くセッティングだったのか、と思わず笑ってしまった。「これはラクダの毛だ、こっちは子羊だ、手作業で1ヶ月かけて作った。ヨーロピアンも日本人も皆買っている。船便で送れるから問題ない」と船便の伝票を何枚も見せてくる。前のめりでプレゼンしてくれるが、「ほんと悪いけどカーペットはいらないんだ。まだ最初の町だし」と言うと割とあっさり引き下がった。
それじゃあと言ってフェズに日本語堪能なモロッカンの友達がいるから行くなら会ってみろ、と電話し始め、いきなりiPhoneを渡された。
電話口にはこれまた日本語堪能な中年男性の声。モハメドさんというらしい。カーペット屋のおっさんの周りは日本語話せる奴ばかりだなw 
「どこに泊まるんだ?」と聞くので予約しているリヤドの名前をを言ったら「あそこは汚くて狭くて牢屋みたいだぞ」という情報まで教えてくれた。とりあえずフェズに着いたら会おうと言って連絡先を聞いて切った。
この旅で初めてWhat’s Appというアプリを使ったが、これが大変便利。電話番号が分かればどの国の人とでもチャットができる。
これから小まめにモハメドさんとチャットをすることになる。
3人と写真を撮ってお礼を言って別れた。
リヤドに戻ってモハメドさんの「牢屋」という言葉が気になったので宿の予約をキャンセルできるか問い合わせてみたが、直前なので全額キャンセル料がかかるとのこと。何とか2泊目だけキャンセル料なしで対応してくれたので、代わりに別のリヤドを一泊だけ予約した。
すっかり気に入ったSANTAのテラスに上がり、シャウエンの夜景とほぼ満月を堪能してワインを飲んで眠りについた。

世界一の迷宮都市へ

モロッコのリヤドはどこも12時チェックアウトというのがありがたい。
朝の撮影からリヤドに戻りテラスで朝食。子猫がいて膝の上に飛び乗ってくる。フェズ行きのバスは午後1時発だったので、11時頃までのんびりしてチェックアウトした。
今回のSANTAというリヤドはスタッフもテラスの眺めも朝食も、全てにおいて満足度が高かった。Booking.comのレビューをしっかり書いておこう。

SANTAの吹き抜けの1階

タクシーでバスターミナルまで行ってバスを待つ。
昨夜会ったフランス人のナオミと再会して挨拶を交わす。フェズ行きのバスが来て乗り込もうと思っていたらなんと知り合いのアヤカに遭遇!
4ヶ月かけてヨーロッパをバックパッカーで旅しているアヤカとは、モロッコのタイミングが合いそうなら合流しよう、と連絡を取り合っていたがまさかここで会うとは思わなかった。驚いてハグを交わして再会を約束し、アヤカが降りたバスに乗り込んでフェズへ向かって出発した。

途中一度トイレ休憩を挟み4時間半くらいかけてフェズに到着。バスの移動はなかなか快適だった。フェズは9世紀初頭にモロッコで一番最初にできたイスラム王朝。城壁に囲まれたメディナ(旧市街)は巨大迷路のようで世界一の迷宮都市とも言われている。そのメディナの入口「ブー・ジュルード門」までタクシーで行く。バックパックを背負い、右手にスーツケース、左手に持ったiPhoneでGoogle mapを頼りに人でごった返したカオスの迷宮へと足を踏み入れた。

迷宮の入口ブー・ジュルード門

門をくぐると動物や人間やよく分からない食べ物の匂いが鼻をつき、四方から「コニチワー」「トーキョー?」「ガイドするよ」と声をかけられる。スーツケース引きずった日本人なんてネギしょったカモだ。全ての声掛けを無視しひたすら歩く。門から真っ直ぐ行けば10分ほどでリヤドに着くはずだった。Google mapを見ても見当たらない。すると胡散臭いあんちゃんが「Where do you want go?」と声をかけてきた。「Do you know Riad DAR DIWAN?」と聞いてみると、「カムカム」というのでついて行く。
人がすれ違えない程の細い路地を入って行き、右に曲がって20mほど行った奥にドアがあった。こんな場所絶対わからんわ!という所にひっそりとサインがあった。
「案内したんだから金をくれ。フィフティンDH」と言うので、まじかと思いつつも15DHをコインで渡した。「No,50!」と言う。おいおい30秒で50はないだろ!「さっきタクシーで20分乗って50だったんだぞ!」と言ってコインだけ握らせ追い払った。やれやれこれがフェズか。
Riad DAR DIWANはメディナの中でもかなり歴史が長いらしく、ずっと家族経営をしているとか。吹き抜けの空間は良かったが全体に年季が入っていて、部屋は窓が無く暗い。
テラスまで4階分登り、一面茶色のメディナを眺めウェルカムティーをいただいた。

Riad DAR DIWANの1階吹き抜けは素敵だった

まだ陽が明るい7時に昨日電話で話したモハメドさんと門で落ち合った。スキンヘッドにサングラス、デニムに(この暑いのに)ジャケットという出で立ちはこのメディナではかなり浮いていた。
日本にしょっちゅう行って仕事をしているらしく日本語ペラペラ。本上まなみと仕事をしたことがあるらしいw。東京のどこに住んでるの?と聞かれて「東京の西、吉祥寺の近く」と答えると、「OH, オモテサンドウ?」と全然理解していないリアクション。モハメドさんは日本の土地や地名の話になるとすぐ「オモテサンドウ?」と言ってくる。
明日はお祈りの日で店が全て閉まってるからこの2時間でメディナの迷宮を案内してくれると言う。最後は酒が飲めるレストランで飯を食いたい、という要望も伝えた。
このメディナで生まれ育ったというモハメドさんは、そこかしこで挨拶され、ちょっとしたメディナの顔のような存在らしい。右へ曲がり左へ曲がり、細い路地をクネクネと歩き、方向感覚の良い僕でも頭のコンパスは完全に麻痺し、まったく方角が分からなくなる。これはいきなり一人では歩けんわ。モハメドさんのおかげで誰も客引きに寄って来ず、心置きなく撮影しながら歩くことができた。
9時になってメディナで唯一酒を提供しているというホテルのバーレストランに連れていってくれた。僕としてはここで一緒に乾杯でも、と思ったが、その途端モハメドさんが「Am I perfect?」と聞いてきた。君をここに座らせてビールを提供したところで任務完了、俺のガイドは完璧だったかい?というわけだ。いや、完璧でした。「じゃ、俺帰るから。また明日な!」と、颯爽と帰って行った。

ひたすらスキンヘッドに付いて行く

やっと冷たいビールにありつけた。それにしてもモロッコに入ってからほんと食欲がなく、ピザを4切れほど食べてリヤドに戻った。

新市街の方へ

7時半、朝の撮影探索。
全て店の扉が閉まったメディナはゴミだらけ。背中にゴミかごをいくつも乗せたごみ収集ロバが歩いていたりする。

ごみ収集ロバ

朝食を済ませてチェックアウト。次のリヤドまで歩いて行ってみる。
今朝のリアドとは打って変わってかなり素敵な佇まい。一階の席には意識高そうな黒人男性とフランス人と思しき女性。部屋も広くシルバーと白を基調にしたインテリアが素晴らしい。

2階から中庭を見下ろす

メディナがお祈りの日でクローズしているのでバイクタクシーの後ろにノーヘルで乗り、新市街方面のユダヤ人街とアラブ人街のスークに行ってみるが、ユダヤ人街の店も残念ながらほぼ閉まっている。

ほとんどの店がクローズ
観光地での撮影する時のポーズって国民性が出て面白い。こちらはスパニッシュカップル

新市街まで歩き、マックでランチを済ませた後、ある日本人のブログから情報を得て向かった大型ショッピングモールでワインをゲット!
タクシーで旧市街のリヤドにいったん戻る。夕方に少し迷宮を散策し、昨日モハメドさんに教えてもらった眺めの良いホテルのレストランで食事をする。フェズのメディナが一望でき、その向こうに夕陽が沈む。日に5回流れる、礼拝時間を告げるアザーンが流れ始める。いくつものモスクから時間差で流れるアザーンは町を反射し、ディレイして聴こえ幻想的。これを聴くと遠く異国に来たなぁ、と実感する。昔トルコのカッパドキアで聴いたアザーンを思い出す。

迷宮都市に陽が沈む

そんな景色を眺めるもどうも食欲がなく、大量のタジンにほとんど手をつけられなかった。何となく腹の調子が良くなさそうな…。この日は少し早めに寝た。
翌日、またモハメドさんと落ち合って初日行けなかったアルガンオイルの工房やシルクの工房、有名な革染め工房タンネリを見学する。革工房の建物に入る時にミントの葉を手渡された。なにこれ?
写真では何度も見たことのある有名なタンネリだが、実際に見てみると圧巻。建物の3階から見下ろすその工房の左半分には白っぽい液体で満たされた穴が並び、右側は色とりどりの穴が無数にある。まるで巨大な絵の具のパレットの中に小人が入って作業をしているよう。それにしても鼻が曲がりそうに臭い。この匂いは左側にある大量の白い液体から漂ってくる。なんとこれは鳩のフンなのだとか。鳩のフンは革染めの色どめとして高級な材料らしい。入り口で渡されたミントの訳がわかった。ミントの葉を鼻に当ててないとほんときつい。

絵の具のパレットの中で小さな人が働いているように見える

午後3時前にレンタカー屋にタクシーで移動。確かめてなかったがオフィスは3時で閉まるところだったらしく、ぎりぎりで車をゲットできた。少し遅かったら閉まってしまい、翌日は閉店だったというから危ないところだった。
モハメドさんのおかげでカオスのフェズもスムースに歩け、無事車をゲット。彼と写真を撮りそこで別れ、いよいよサハラ砂漠を目指してロングドライブスタート。

お世話になったフェズのモハメドさん。歳聞いたら4つ下だったw

借りた車はルーマニアの「ダチア(Dacia)」という自動車メーカーのDOKKER。ルノーのカングーとほぼ同じ。左ハンドルのマニュアル車で右車線。それも交通はカオス。なかなかの緊張の中走り始めた。
走って30分くらいでATMで現金を下ろし、遅いランチでビーフパニーニを買い、走りながら食べつつサハラの町メルズーガへと向かった。
20分も走ると建物も交通量も減り随分と運転しやすくなる。ただこの広い大地に舗装されている道は細く、アスファルトの両端は段差があってすぐ砂利なので、気を許すとガガっとハンドルを持っていかれそうで緊張感がある。モロッコ用に作ったプレイリスト、DJの友人からもらったミックスやライ・クーダーのパリ、テキサス、ピンク・フロイド、などなどを聴きながらのドライブは雄大な風景と相まってご機嫌だった。

途中トイレ休憩

4時間くらい経ってアトラス山脈の峠を越えるあたりでますます風景がダイナミックになり、アクションカムで動画を撮りながら走る。時おり車を路肩に寄せて写真を撮る。こうした自由が効くのが車の旅の醍醐味。当初は夜行の長距離バスでと考えていたが、こんな風景を味わうことなく移動するのはもったいない。思い切ってレンタカーを選んで大正解だった。

アトラス山脈越えのドライブはダイナミックで飽きない

アトラス山脈を越えるとさらに世界は茶色一色になり、まるで火星かどこかを走ってるような気分になる。岩と砂だけの世界かと思えば急にナツメヤシの群生のオアシスが点在していたりする。ヤシというと南国のイメージがあるが、こうした水のない砂漠地帯でヤシが生えている光景はなんとも異様だった。
時おり遅い車両が走っていると当然ながら追い越すわけだが、ある町の数キロ手前あたりで60キロくらいの遅い車両を追い越した先、警察がいて一台一台車両を停めていた。ウィンドウを下げると「追い越し禁止車線なのになぜ追い越した」と言われ、まんまと切符を切られ、200DH払うはめに…。3100円くらい。人生初の海外交通違反。わりとちょいちょい検問らしきものが多いことがわかったのでそれからはスピードは抑えめに走った。
飽きない景色を堪能しつつ更に3時間ほど走り陽が沈み始めた。時刻は8時。明るいうちに着くつもりがのんびりし過ぎて暗くなってしまった。

それにしてもこんな僻地でも普通にGoogleMapが使えるから頼もしい。そもそも車にナビすら搭載されていない。10時過ぎになりさすがに辺りは真っ暗。GoogleMapは公道を外れ道なき道に誘導し、舗装道路からラフな荒地に入り込む。真っ暗闇にヘッドライトに照らされる荒地を見つめてひたすら進む。こんなところで砂地にスタックしたらアウトだな、と緊張感が走る。
遠くに薄ぼんやりと城壁のようなシルエットが見えてきた。あれがホテル??と恐る恐る近づいて城壁の門をくぐってみると車が一台停まっていたので横に停めて降りてみる。iPhoneのライトを照らして暗い城に近づいてみる。すげーこえー。アクションカムで動画を撮りつつ、昔観た映画「ブレアウィッチプロジェクト」を思い出してしまう。ゲイトをくぐってみると、先の方に光があった。ほっとして中に入ってみると2m近くありそうな制服を着たベルベル人が現れ、低い声で「サー?」と聞いてきた。「I have a reservation tonight」と答え、無事部屋に案内された。

翌朝のホテル。夜あの大男がぬっと出て来たときは驚いた

薄暗い部屋だがまあ悪くない。
明日はアヤカが早朝メルズーガにバスで到着するのを迎えに行くことになっていたので、早々に寝ることにした。

泊まった砂漠のホテル
ホテルの前は大砂丘
モロッコではリヤド以外に泊まったのはこのホテルだけ

6時に起きてアヤカを迎えに行くために外に出る。夜は暗くて分からなかったが目の前に広大な砂丘が広がっていて感動!足元を見るとフンコロガシが一生懸命歩いている。初めて見た!古代エジプトではスカラベと言われ太陽神として崇められているフンコロガシ。自分より大きな糞を転がす様は太陽を作り出していると例えられており、再生、想像の神。朝から幸先いい。

休憩時間なのか、ラクダの群れが一斉に電柱に首を擦り付ける

15分ほど車で行ったバスステーションでアヤカと落ち合った。
モロッコの長距離バスはアトラスの峠越えのくねくね道もガンガン飛ばし、地元の人間でも吐きまくると聞いていた。ただでさえ車酔いしやすいというアヤカは、長距離バスに8時間揺られた直後で見るからにぐったりしていて、もうバスにはこりごりといった感じ。僕は僕で長距離1人ドライブで話し相手もおらず、睡魔と戦うのに疲れていたので、砂漠ツアーの後もマラケシュまでの旅路を車で一緒に行くことにした。

宿に戻って朝食を食べ、シャワーを浴びると程なくしてサハラツアーの予約のためにやり取りをしていたガイドのモハメド(また別の新しいモハメド)からchatが来た。プールがあるホテルで会う約束をした。
待ち合わせの時間まで5時間以上あったので、ホテルのレストランで1日に何度も飲んでいる生オレンジジュースを飲み、ランチとコーラをのんびり楽しんだ。それにしても乾燥している。何杯オレンジジュースや水を飲んでも乾きは癒されない。せっかくプールがあるので短パンで入ることにした。この乾燥した砂漠地帯で水に飛び込むというのはなんと贅沢なことか!全身で水分を吸収し、プールサイドで乾かしてはまた飛び込んだ。後から5、6人皆一様に腹が丸々と出たアラブ系のおっさんらが子供のように無邪気にプールに飛び込み始めた。それにしてもアラブ系のおっさんたちは常に男同士でつるんでいる。いろんなポーズや飛び込み方できゃっきゃしながら、みんな一度飛び込むごとにFaceTimeで奥さんだか彼女だかに報告している。たいへん微笑ましい。
そうこうしてるうちに声をかけてきたモロッカンがモハメドだった。ラクダのような長いまつ毛に愛嬌のある笑顔。ずっとchatでやり取りしていたが予想外にかわいい顔立ちだったモハメドは、サハラで生まれ育ったベルベル人だった。これまでの旅のことやらこれからのサハラツアーのことやらを話すと、「日本人やヨーロピアンは旅ができて羨ましい」「俺らは外国なんて一生行けない」と言う。「家族や親族に対してお金がかかりすぎる」とも。「政府は何もしてくれないので、お金を貯めても親族に使ったらすぐなくなる。結婚式は3日間も続くからすごく金がかかる」と遠い目で言うモハメドの表情を見て、あらためてこんな旅ができている自分は幸せだ、と実感する。

冷たい水に浸かり幸せ実感中

また少し泳いで陽に当たる。アヤカは喉の調子が悪いらしく室内で横になっていた。そういう自分もどうやら腹の調子が悪い。
たまにエレクトロビーツみたいな音が腹から奏でられている。トイレに駆け込むと完全に下していた。
夕方6時近くなって出発の準備をする。フェズでターバンを買った時に教わった巻き方の動画を見ながら2人して何とかそれっぽい出立ちになった。頭と首を日差しから守り、鼻と口を砂から守る。目はサングラス。なるほど非常に機能的。車で出発地点まで移動。車内でボブ・マーリーを流すとモハメドのテンションも上がり、モハメドと2人して「Is this love?」を熱唱しながら車は砂丘の入口へと向かう。車を停めいよいよラクダに乗り換える。ラクダの名前を聞いたら「ボブ・マーリーとスクービードゥー」と言う。来る前に読んでいた日本人の旅ブログで、「ボブ・マーリーという名のラクダに乗った。」と書いてあったので、偶然にも同じラクダ!?と思ったが、後で聞いたらベルベル人は動物に名前を付けないらしい。飼い猫にも飼い犬にも。なのでラクダの名前を聞かれたら誰しもが皆「ボブ・マーリー」と言ってるのだそうだ。メルズーガの全てのオスラクダは皆ボブ・マーリーなのか、と何とも不思議な気持ちになった。

腹の激痛を堪えラクダに揺られる
裸足で歩くとほんとに気持ちいい。砂を持ち帰ろうと思ってたがすっかり忘れたことが悔やまれる
これぞサハラ砂漠!

ラクダに揺られること10分ほどで周りはすっかり砂丘に囲まれた。乗り心地は悪くないのだが、いかんせん腹が絶不調で5分ごとに激痛が走る。痛みがおさまるのを待っては写真を撮って、また次の痛みに耐える。なかなかのハードライドだ、。

ボブ・マーリー。笑ってるみたいでラクダってほんと可愛い

途中耐えきれずにアヤカからもらった正露丸を飲む。更に50分ほど揺られ、夕日を眺めるためにしばし休憩。この時期は空がクリアーではないらしく、夕日の姿はアフリカをイメージするいわゆる真っ赤な大きな夕日ではなく、満月のように白く輝く太陽が水に溶けていくようにフェードアウトしていくというちょっと和風な風情だった。これはこれで美しい。

白く輝く太陽がゆっくり溶けていく

夕日が沈み、またラクダに乗って10分ほど進むとキャンプ地が見えてきた。
到着してボブ・マーリーにお礼を言いメインテントの中でティーをもらった。弱ったおなかにホットティーがありがたい。

キャンプサイトに到着

各自のテントに案内され1時間後に夕食と告げられる。その頃には腹の痛さが結構なもので顔をしかめていたらモハメドが心配そうに聞いてくれ、「テントにキューミン(クミン)とお湯を持っていってやる。それ飲んで横になれ。」と言う。
テントと言っても一人で35平米はありそうな空間の中央にダブルサイズのベッド。シャワーも洗面台もありコンセントもある。サハラの夜は夏でも凍えるほど寒いと散々聞かされていたがTシャツ一枚でちょうどいい。シャワーを出てモハメドが持って来てくれたキューミンのお湯割を飲んでベッドに横になった。
30分後、メインテントでのディナー。その時には嘘のように腹の痛みが無くなっていた。それを良いことにフェズで購入した赤ワインを開け乾杯した。隣のテーブルにはラクダで一緒にここまで来たイタリアンの2組の夫婦。ちらちらとこちらのワインを見ているので、「I got it in Fes」と言うと、「まあ賢いわね〜」と羨望の眼差し。
モロッコ入りしてからここまで食欲が全くなかったが、ここのタジンは肉肉しくなく豆と玉ねぎベースで口に合い、久しぶりによく食べた。いやぁ、キューミンのお陰で完全復活!アヤカからもらった正露丸との合わせ技が功を奏したのかも知れない。2人に感謝!テーブルに来たモハメドに「キューミンのお陰で完全FIXしたよ!」と感謝を伝え、赤ワインで乾杯した。あ、モハメド飲むんだね。

これまでで一番うまかったタジン

夕食を食べ終わり外に出ると焚き火を囲んでベルベル仲間6人ばかりがそれぞれの太鼓を持って叩いている。
聴いているうちに1人のベルベルに誘われ焚き火を回りながらアヤカと3人で踊り、ベドウィンソングを歌った。高揚してベルベルの輪の中に入って空いている太鼓を叩かせてもらった。焚き火の向こうに登り始めた明るい月と星空を仰ぎ皆に合わせてひたすら叩く。一曲終わりテントに戻って日本から持参したライトと友人(SANGA)作のお香を持って焚き火のそばに戻り、ライトを置いた周りの砂にお香を刺して勝手に場を演出をする。モハメドは「お前はマジックを使ったのか!?」と笑い出す。そのライトを使って1人のベルベルのモデルに演出してポートレイトを撮影し始める。手にライトを持たせ、「あなたはキングです!その手に持った光の中には未来が見えてます!そんな感じで!」みたいなことを言って撮影してはその画像を見せ皆で大笑いした。
その後日本製ライトをモハメドに売り込んだりと、腹復活&赤ワインでテンション上がりまくり本当の自分の素がさらけ出され、ベルベルの皆と繋がった感じがした。

ベルベルと一緒にひたすら太鼓を叩く
ライトを手に持たせて演技指導w

周りのベルベルに「サハラに住んでうちで働かないか」と誘われる始末。
ある1人の英語の上手いベルベルはiPhoneで写真を撮るのが好きらしく、彼がサハラで撮りためたインスタを見せてくれた。サンライズに大きな虹が重なっている写真や、満天の星空、夕日に輝く砂丘などこの大自然で暮らしていないと到底撮れないスペクタルな写真ばかりで、どれも構図が素晴らしく一瞬で惚れ込んでしまい、その場でインスタをフォローさせてもらった。
彼は自分のテントに帰り際、「カムカム」と言って月の方へと導いた。「ここから月撮ると良いよ。おやすみ」とテントに消えて行った。目の前に輝く月は満月から4日が経つというのにかなりの明るさ。いつか満月どんぴしゃの夜にサハラを体験してみたい!と思いつつ月を撮った。

満月の4日後だが強烈な月明かり。次は満月か新月の時に訪れたい

アヤカは喉の調子が悪いと早々にテントへ。僕は布を砂丘に敷いて音楽と香りをセットして寝っ転がる。月が明るくて満天の星は見れなかったが、柔らかい砂を背中に感じ、夜空を眺め夢のような今宵を思い返していた。お互いブロークンな英語だったが月を見ながら太鼓を叩き、冗談言って笑い合って波長が通じ合ったような気がした。本当に久々に心が完全解放した瞬間だった。
2時を回った頃、突然モハメドが現れ「ここで寝てんの??」と驚かれ、どこからともなくカーペットを持ってきて敷いてくれた。
「Much better!」
少し話しておやすみを言って去って行った。3時頃テントの布団に潜り込み「This is life…」とブツブツ言って眠りについた。

翌朝、外に出て白く輝く朝日を拝み、あらためてサハラにいることを実感する。昨日の夜の出来事が夢だったかのような気がする。
身支度をして、朝食に豆と玉ねぎのタジンをいただく。量が程よく今までで一番口に合う朝食。
このキャンプツアーは何もかも大当たり。
荷物をまとめ、帰りは四駆で砂丘を走る。とんでもないアップダウンを結構なスピードで疾走するのはアトラクションのようで面白い。砂丘の入口に着き、車を乗り換え我らの車をモハメドが運転。俺は助手席、アヤカは後ろに乗り込む。お父さんの家に行きたいんだがこのまま運転していいか、と言うので30kmほど運転を任せたことにより、助手席で心置きなく周りの風景を撮影することができた。

メルズーガの町ともお別れ

目的地のワルザザードに着き車を降りてハグを交わし、サハラで心が繋がったモハメドと別れた。

最後に俺を撮ってくれ、と言うのでシャッターを切った

自然が作り出したスペクタクル

メルズーガを後にし、2時間くらい火星でも走っているかのようなドライブが続く。

砂漠地帯でもガソリンスタンドはたくさんあるので安心

次の宿泊地ワルザザードの町へ行く途中にあるトドラ渓谷はロバート・ハリスさんの本で読んでいて是非行ってみたかった場所の一つである。

切り立った崖の前の町

トドラ渓谷。川の両サイドに何百メートルも切り立つ崖。その巨壁にはロッククライマーがへばりついている。世界的にも有名な、クライマーの聖地らしい。川を遡って上流へ。ふと気づくと水が無くなる。今まで辿ってきた川はどうやらすぐそばから湧き出しているようで、川の始まりを目撃した。

iPhoneで縦パノラマで撮ってみる
超広角レンズでも収まり切らない高い崖

ここでもまた生オレンジジュースを飲み、川沿いに少し歩き車に戻る。
トドラ渓谷を後にしドライブ再開。
途中高台のビューポイントらしき場所に車を停め、眼下に広がる絶景を眺めていたら、どこからともなくノリのいいベルベルドレッド兄ちゃんが声を掛けてきた。「どこかランチ食べるとこないか?」と聞くと「ここ家族でやってるレストランだから寄ってけよ」と言うので入ってみる。だだっ広い空間が広がるレストランはカーペットとたくさんのクッションがあって居心地が良い。さっきの兄ちゃんの妹が現れたので、タジンを頼んだ。その間、今度はモーガン・フリーマン似の父ちゃんが現れ、庭に並べてるカーペットやらバッグやらを見せてくれた。そこでサハラの人びとに伝わるデザインの指輪を買った。
地獄のようにぐつぐつと煮えたぎった、豆と玉ねぎとトマトチキンのタジン。絶品だった。腹も完全復調してガツガツと食べてしまった。ドリンクは当然生オレンジジュース。食べ終えた後も「昼寝してけよ」と言われなんだかんだ長居したが、重い腰を上げてドライブを再開した。

まるで木彫りの彫刻のような笑顔
メロンをいただきつつ我が家のようにくつろぐ
笑顔の素敵なベルベルファミリー
この場の思い出にサハラの指輪を買った

ご機嫌なレストランを出て絶景ドライブ再開。
途中、またも警察に停められ、「おい、あそこで一時停止しなかったろ」と言われる。免許証を確認され、「こんな砂漠の一本道に一停なんかあったのかよ!?」と言い返すも「400DH」と無情に言うので渋々渡す。「モロッコは初めてか?」「そうだ」「モロッコは好きか?」「Yes」と言うと「じゃあ今回は200で許そう」と言って200返してきた。何このやりとり!? モハメドから「普通は400取られる」と聞いてたので、まあ良かったのかも。

それから2時間ほどかけてワルザザードの町に到着した頃には、あたりは暗くなっていた。メルズーガから来るとまあまあ大きな町に感じる。町で一番大きいスーパーに行き、パンとハムとレタス、チーズ、プチトマトとオレンジジュースを買い、サンドイッチを作って2人で夕飯とした。
町の中心地にあるホテルを予約したアヤカを送り届けてから、15分離れた郊外のリヤドにチェックイン。金かかってそうだけどインテリアのセンスがディズニーランドのパンプキン部屋みたいで落ち着かない。窓から見える景色は工事現場で砂埃が舞っている。一点良かったことと言えば、久々に部屋にテレビがあって、たまたまプレミアリーグの決勝マンチェスターシティとマンチェスターユナイテッドの試合がやっていたこと!これをワイン飲みつつ観戦できたのは大満足。試合はまさかのマンC負け。

パンプキン部屋

翌朝、昨日のスーパーに寄ってワインとウイスキーを購入してアイット・ベン・ハドゥに向かう。
ここは11世紀に作られた要塞のようなカスバ(集落)で、城壁に囲まれた内部は敵の侵入を阻むため迷路のように複雑な構造になっている。
「グラディエイター」「アラビアのロレンス」「ゲームオブスローン」などのロケ地として有名である。元々住んでいたほとんどの人たちはここを出て川を渡った町に住んでいるが、2家族だけまだ町に残っているという。中を散策している最中、テラスがあるというカフェに入ってみる。ベルベルの爺さんはここに住んでいるらしく、「ラッセル・クロウがここに座ってのう、一緒に話したさ。その時の写真だ。」と、この場所で過去に起こった奇跡的な出会いの紙焼き写真を見せてもらった。リドリー・スコット監督作品はどれも好きである。中でもグラディエイターは好きで何度も観ている。これは室内に上がるしかない。と2人で家に入った。
テラスに上がり素晴らしい眺めとコーラを堪能し、僕は壁に飾ってあった小さいバッグを買った。

カフェのサインが最高過ぎた
カフェのサインの通りにテラスでくつろぐ。冷たいコーラが最高過ぎた

強い陽射しが照りつける中、カスバの頂きまで登り、大パノラマの異世界を堪能した。 

現代の地球とは思えない景色
こんな所に2家族住んでいるというから驚き
茶色い世界にあるせいか、ヴィヴィッドな物に魅かれてしまう
モロッコのいたる所で見たが、コウノトリが直径3mくらいはある巣を作ってる
土産物屋の鏡

アイット・ベン・ハドゥを後にしマラケシュへと向かう。
アトラス山脈を越えるドライブは移り変わるダイナミックな景色を見ているだけで飽きない。助手席でウトウトするアヤカに気を遣ってやんわりとカーブを切る。
トイレ休憩で絶景を見ながらアイスを食べる。長いドライブも話し相手がいると睡魔が来ないので助かる。ペインターであるアヤカのこれからのアート活動のことや旅のことや、僕の過去の旅体験談やらを話しているうちにいつの間にかアトラスの峠を越える。白く輝く夕日を眺めながらアヤカのDJで、フィッシュマンズ、ハナレグミ、スーパーバタードッグが流れる。
3時間ほどして街にさしかかると交通量が増え始め、車線関係なく入り乱れる車や、3人の子供(全員ノーヘル)を乗せて電話しながらジュラバはためかせバイクで走るママ。堂々と反対車線を走るバイクの爺さん。誰もウィンカーなど出さない代わりにクラクションは鳴らしっ放し。信号のない所で平気で渡ってくる歩行者。逆手のシフトチェンジもすっかり慣れてはきたが脇汗が出る。レンタカーの返却時間がぎりぎりでGoogle Mapによると到着予定は閉店時間7時の2分過ぎ。結局5分過ぎて車を滑り込ませたがオフィスは閉まっている。ダメ元でショップのおっさんを見つけ返却できるか聞いてみたら「OKOK」と言う。助かった…。全ての荷物を出して世話になった車と記念撮影。よくぞここまで無事で(無事故2違反)済んで良かった良かった。

1000km乗ったDOKKERと記念写真

タクシーでメディナに向かいそれぞれの宿にチェックイン。
マラケシュで泊まったリヤドはちょっと奮発してRiad Le Pèlerinメディナの細い路地の奥にひっそりとドアがあり、中に入ると外の素っ気なさからは想像も付かないエレガントな空間が広がり、まるでコンランショップ。

1階吹き抜けのロビー

荷物を置いて夜のエル・フナ広場に繰り出した。
これまでの街とは全く違った熱気と活気に満ち溢れ、めちゃくちゃテンションが上がる。ずらりと並ぶフルーツジュース屋、屋台の数々、広場では大道芸や生演奏、ベリーダンスを披露する女性、大量のランプを売る商人、それぞれに人が群がり、ごった煮な巨大な空間が大きな一つの渦となっているようだった。少し外れにはモスクから何十台もの馬車が並んでいて、広場を堪能した客達が馬車に乗って帰って行く。夢でも見ているような光景だった。

馬車タクシーが列を成す
活気あふれるフナ広場
店の中がまるで黄金の曼陀羅のようで吸い込まれそうになる
このおっさんが作ってくれた串焼きが最高だった

時間を決めてそれぞれ別でさまよい歩き、落ち合って屋台でBBQの串を食べる。なかなか美味い。ここにビールがないのが残念でならなかったがそれも慣れた。また思い思いにぶらつき写真を撮り、気づけば11時半くらいになっていた。アヤカは広場の中央でやっていたある楽団ライブに魅了されずっと聴いていたのだが、遠巻きにその楽団の撮影をしていたらそのメンバーの1人が走り寄って来た。あ、撮影しちゃいけないのかな、とカメラを下ろすと、僕の右手の指を指し、「サハラ!サハラ!」と言って右手を自分の胸に当て天を指差した。おそらく彼らはベルベル人で俺がしていた指輪に気づいたらしい。「サハラは俺の心にあり、神と繋がっている。」みたいなことを言っていた。この後エッサウィラでもベルベル人に指輪を見せると急に打ち解けたりと、この指輪のおかげで会話のきっかけとなることが度々あった。

何軒も連なるフルーツジュースショップ

いい時間だし宿に戻るか、とナビってGoogleMapを頼りに歩こうとするが、メディナの路地はすっかり店終いしていて暗くてゴミだらけ。来た道がビニールシートで閉ざされていて通れなくなっていたが、若者が「カムカム」とビニールシートをくぐって道案内をしてくれた。「メディナの中では頼りになるのはGPSでなく地元の人間だ」と言ってずんずん進む。右に曲がり左に曲がり、暗い路地を10分くらい進んだか。「ここからは簡単だ」と言って先を教えてくれたが、「気持ちをくれ」と始まった。あーだこーだと言い合ったがこの暗闇で何をされるかわからない。悔しいが言い値を渡して帰路についた。最後に後味の悪い思いをしてしまったが無事に戻れたことに感謝しよう。
最後にワルザザードのスーパーで買った赤ワインを2人で飲みながらモロッコの濃かった数日間を反芻した。アヤカとは最近まで何年も会っていなかったし、じっくり話したこともあまりなかったが、なぜか姪っ子と数日間一緒に旅するような不思議な感覚だった。お互いまた明日から1人旅再開。
Bon voyage!
アヤカはスペインに戻りヨーロッパ周遊の再開、僕はモロッコ旅最後の町、エッサウィラまでバスで行く。

モロッコ人の憧れの町、エッサウィラ

朝、マラケシュのバス停でエッサウィラ行きのチケットを買い、出発まで2時間あったのでカフェでオレンジジュースを飲みながら旅日記を書いた。
バスは指定席なのに皆適当に座るもんだから、やむなく一番後ろの席の窓側に座ると、横2席にでかいアラブ人の兄ちゃん2人が前の席のでかいアラブ人の姉ちゃんと盛り上がるので完全に囲まれた状態。よりによってバックパックを膝に抱えて座ってしまったのでまるで身動きが取れない。相当しんどい状態で3時間耐え、やっとエッサウィラに到着した。
18世紀半ば以来、モロッコ各地から文人や芸術家が集まる交流の場であり、ボブ・マーリーやレッド・ツェッペリン、ジミ・ヘンドリックスも愛したといわれる海辺の町。これまでの乾いたモロッコの町とは違い、港町特有の潮の香りとカモメの鳴き声が響く。まるでスペインにでも来たかのようだ。
メディナの入口を探して歩いているとドレッドの黒人の兄ちゃんが話しかけてきて「これからマラケシュに行くんだ!」と興奮気味。アフリカのどこ出身だったか聞き取れなかったが、「What’s Appやってたら番号教えてくれ」と言うので教えて2人で写真を撮った。
町全体が綺麗で遠くからは波の音が聞こえる。昔一時住んでいたイギリスのブライトンを思い出す。
綺麗な城壁に囲まれたメディナの入口を見つけてくぐると、これまでに行った町のメディナとは違って落ち着いていて、感じ良い服を店頭に並べたショップやギャラリーが並び、そこら中にいる猫たちも心なしか綺麗でくつろいで見えた。

メディナの入口
野良猫にも気品がある

10分ほど歩くと今日から2泊するリアドRiad Azulがあった。部屋は3階で窓から光が入り気持ちがいい。

カモメマークのサイン
なかなか素敵な部屋である

これまで溜まった服の洗濯をして部屋に干し、カメラを持って早速町の散策に出かける。
客引きも声掛けもあまりなく心穏やかに歩くことができる。シャウエンよりも更に平和な感じだ。服屋に並ぶ商品は気になるものが多く、ついつい立ち止まってしまう。メディナの中を歩き回り、砲台がある城壁に上がると海が一望できて圧巻。これまで乾燥した茶色い土地にずっといたこともあり、海という圧倒的な水の量にとても癒される。町々で会ったモロッカンに「最後にエッサウィラに行く」と言うと「あそこは最高だ!」とか「いつか行ってみたい!」と言っていたことがなんとなく分かるような気がする。裕福そうなヨーロピアンがバカンスに来ている客層も多いが、モロッカンの観光客も結構多い。

モロッコで初めてビーチを歩く

夕ご飯は城壁沿いにあったUMIAという、外から見てインテリアや照明が素敵な店にふらっと入ってみた。なんとビールもワインもあり、フードは魚が豊富。ツナとパン、イワシのカルパッチョ的なものをつまみにビールとカンパリオレンジを飲んだ。やはり生オレンジが効いてめちゃ美味い。

日本語の海、うまいから命名した、と言っていた
これまたコンランショップ的なハイセンス
久々の魚は最高であった

店を出てふらふらと夜景を撮影し、リヤドへの帰り道、サハラのモハメドからビデオ電話が来た。ビール片手にご機嫌そうで「Hello my friend! How are you? 」と。歩きながら背景のエッサウィラを見せ、「いい感じだよーエッサウィラ」「友達はどうした?」「スペインに戻ったよ」などなど言葉を交わし電話を切った。酔って砂漠から電話かけてくれるなんて嬉しいな。
夜はベッドでメルズーガの写真の整理をしながらワインを飲んだ。

最後の最後に身の危険を感じる体験…

朝ごはんを終え、カメラを持ってメディナの散策。他の町にも負けず劣らず猫が多い。綺麗な町には綺麗な猫が多く、ゆったりしている。逆にフェズのようなゴミゴミした町の猫は汚れた猫が多く、必死に生きている感があった。何となしに今日1日で何匹見るか朝からカウントしてみることにした。

背景と色合いがマッチし過ぎ!
君もバイクと色合わせすぎ!

明日のマラケシュ行きのバスのチケットを買いにバスターミナルに行き、11時15分発のチケットを購入。その時話しかけてきた老人に「この辺でお酒買えるとこあるか」と聞くと「全部閉まってるからねぇ」「俺の友達なら買えるから待ってろ」と言い、そのうちもう少し英語が話せるサングラスの兄ちゃんが現れた。「今は闇ルートでしか買えないから買ってきてやる」と言って赤ワイン1本とビール2本を調達してきてもらった。城壁の前の木の下で昼から飲んでぐだぐだしている6人のおっさんたち。

暇そうなおっさんたち

そこで一緒にワインを飲み、いろいろ話しているうちに同じ歳のまともそうなおっさんが「魚食いたいか?」と聞いてくる。ランチをどこで食べるか探していたこともあり、「魚買って俺が家で調理してやる」と言うので、「一度リヤドに帰って戻って来るよ」と赤ワインを置いてリヤドに戻った。
カメラのバッテリーを入れ替え、やや怪しい感じもしたので財布とカードやパスポートなどは部屋に置き、少量のキャッシュだけ持って戻った。すでに魚を調達していたタメのおっさんとサングラスの男と3人でタクシーでどこかに向かった。
5分くらいで着いたその家は貧困層を絵に描いたような暗い部屋。

出された魚にかぶりつく

そのうち揚げた魚をたくさん出してきてチリソースを付けて手で食べる。なかなか美味い。白ワインも飲みつつ、タメのおっさんがyoutubeでボブマーリーのライブを流す。でもってなぜかチャイニーズの絵付けのティーポットを「プレゼントだ」と手渡された。

謎のプレゼント

と、その辺りまでは楽しいランチだったのだが、サングラスの兄ちゃんが、四角い穴の空いた壁をさして「ここにはテレビがあったんだが子供が病気になって金がかかるから売っぱらっちまった。」と悲しげな顔になる。「俺らはプール(poor)でほんとに生活が大変なんだ。」と言い出す。平日の日中に働かずにぐだぐだ飲んでるせいだろ、と心の中で突っ込み、キタキタこの同情誘う貧乏話、これまでの旅路で何度か聞いたな、、ちょっと空気が怪しくなってきたので、「そろそろ行くかな」と腰をあげると、「いやいやだめだ、帰らせない。」と行く手を阻む。「頼むから俺らをヘルプしくれ」と。「テレビ代をヘルプしろ!600DHだ!」と無茶苦茶なことを言う。後ろ手にドアを閉め「If you NO, I kill you, do you understand?」と凄んでくる。ちょっとトイレに行かせろと玄関の横のトイレに入るも、扉は開けたままで監視され足が震える。手持ちは5ユーロ札一枚のみ。どうするどうする…と焦り、「助けてやりたいのは山々だが、今手持ちがないからATMに行かせろ」と提案する。「じゃあカメラを置いていけ」「それは無理だ」と押し問答。タメのおっさんはサングラスの兄ちの暴走を落ち着かせ、とりあえず一緒にATMに行こう、と言い3人でまたタクシーに乗る。今拉致られてんじゃん!?とも思いつつ、ATMの前で車を降り、カードを入れるふりをして、「カードが使えんからこの5ユーロだけ持ってけ、ランチとワイン代だ」と無理やり握らせ足早に去った。日中周りに人もいたし後ろで何かわめいていたが振り向かずにダッシュした。

しばらくして追って来ないので落ち着いて歩き出した。いやあ、心臓が高鳴っている。今回は完全に相手を見誤ってひょこひょこと付いて行ってしまった。一度戻って部屋に貴重品を置いてきたのは正解だった。
それにしてもあれだけの状況作って600DHってせこいなあいつ。1万ちょっとを出せと言ってたわけだよな。(彼らにとっては大金なんだよな。)信用しかけて親しげに飲んでた気分はどん底に落とされショックでならない。どんな素敵な町にも裏側があってやばい輩はいるんだな、と。
脇汗流して歩いていると、バスを待っている女学生が話しかけてきた。時間が知りたいらしく腕時計を指さしている。少し話して写真を撮らせてもらう。これまでの悪夢から現実に連れ戻されたようで、エッサウィラの天使のようであった。

話しかけてくれてありがとう!

気を取り直して歩いてリヤドに戻り、macを持って海が見下ろせるテラスの店を探した。カクテルも飲める4階のルーフトップのレストランに入り、ピニャコラーダを飲みながら海と太陽を眺め、大きくため息を付いた。あぁ無事で良かった…

海を眺めて平和な時間を取り戻す

その店でこれまでの旅日記を書き始めたら気持ちが切り替わった。
忘れかけていた猫カウントを再開し、結局1日で196匹の猫に遭遇した。シャウエンとフェズとマラケシュもこんなもんだったから優に1000匹以上の猫に会っている計算になる。
リヤドに夜戻り、あの男に買ってきてもらったワインとビールを飲みつつ引き続き旅日記に取りかかり、結局夜中の3時まで書き続けた。

モロッコ最終日

朝食を食べてパッキングし終えカメラを持って散歩に出る。すぐ近くにある服屋の店先に吊るしてある商品をぼーっと眺めて煙草を吸っていると、素敵な薄手の上着に目が止まった。思わず試着させてもらい一発で気に入ってしまい、最後の最後に自分のためにお土産を購入した。
2泊お世話になったリヤドAzulをチェックアウト。昨日渡された謎の中国のティーポットは、あたかも最初からあったかのようにさり気なく部屋に飾って出てきた。

ベッドの横に飾ってあった藤島武二の絵が気に入ってしまった。いつかレプリカ欲しい
猫と女の子は絵になる
パパの後を追って海に続く道を走り出す子供
メディナの内と外
メディナの城壁すら美しい
北大西洋
城壁の娘
砲台で遊ぶ子供たち

行きのバスで懲りたため、早めにバスに乗り込み指定の席に座る。バックパックも荷物入れに上げ、今回は隣もいなく快適に過ごす。
3時間でマラケシュに到着し、そこからタクシーに乗って空港まで行った。
とうとうモロッコとはお別れ。空港で残ったDHキャッシュを使い出国手続きを済ませる。次はアフリカを出てアラビア半島のカタールへと向かう。

マラケシュ・メナラ空港

カタールエアに乗りドーハへ向かう。と思って離陸したら1時間で着陸体制。なぜかカサブランカ空港に着陸する。ん??違うフライト乗った??と思ったらカサブランカで更に人乗せてドーハに行くのね。焦った…。出発地点のカサブランカに戻り、これでちょうどモロッコをぐるり一周して戻ったことになる。
次はカタール、ドーハの3日間。

アラビアの富豪国カタール

マラケシュからドーハまで6時間のフライト

帰りのフライトがカタールエアー、トランジットがドーハということで、せっかくなら入国して2、3日見てみようと思って予定に組み込んだ。前回のサッカーW杯の主催国だったということもあり、当時街の映像もよく見ていていた。オイルマネーで潤っていて治安の良いドーハのイスラム的近代建築に興味をそそられていた。
朝7時にドーハ空港に到着。整然と近代的な空港で人も少ない。持っている全ての日本円をリヤルに替え、さらに追加をATMで下ろした。空港を出ても誰も声をかけてこないのでこちらから尋ねるしかない。
モロッコでは次から次へと客引きが来てウザかったのに、これはこれで寂しい。やっと見つけたタクシーに乗り込みホテルへと向かう。

ドーハ・ハマド空港の朝

立地が良く比較的安めなホテルをbooking.comで予約していたが、入口の佇まいから思った以上に高級感漂い、制服をきちっと着たポーターが大袈裟なカートで荷物を運んでくれる。モロッコと違ってチップは必要ない。朝8時なのでエクストラ払ってアーリーチェックイン。
部屋は5階。中に入るととんでもなく広くて驚いた。1人で泊まった部屋史上おそらく一番広い。窓からは眼下にプールが見え、テレビの大きさは80インチくらいの薄い壁掛け。ベッドは正方形のキングサイズ。ソファは3つあり、洗面室にはバスタブもある。広さはおそらく80平米はある。
しかしこれで1泊1万円以下というから驚き。日本のドーミーインより安い。
あまり眠れなかったフライト疲れのため、ベッドに倒れ込み泥のように寝た。

異様に広い部屋

昼前に起きて行きたい場所をiPhoneで決め、まずは近くのイスラムミュージアムに行ってみることにした。
外に出て歩いて5分であまりの暑さにくらくらする。モロッコでも暑かったがせいぜい30度くらいでいつも風があって心地良かったが、無風とアスファルト特有の反射熱もあり40度近く感じる。こんな暑い中歩いている人は見当たらない。ミュージアム目指して歩いてたが、1分と経たないうちに高熱のためiPhoneが止まってしまった。仕方なく方向を頼りに歩くこと10分。見覚えのある建物が見えて来たので目指してみる。
無人のゲートをくぐり、車用のエントランスまでの道を歩く。オープンしてんのか?と疑いたくなるくらい人影がない。左手は巨大な湾に木造の船が浮かんでおり、その向こうの岸は未来都市のようなビル群が霞んで見える。ドバイの街と似てる。

手前の古い船とビルのコントラストがおもしろい

館内に入ると巨大な吹き抜け空間が出迎える。ガラス張りの向こうにダウンタウンが見え、その景色を眺めながら寛げるレストラン。ちょうどランチタイムだったのでそこでオレンジジュースとサンドイッチを食べた。いかにも裕福なヨーロピアンのファミリーや、色鮮やかな衣装をまとった中東の女性たちなど、モロッコではあまり見なかった種の客層が優雅にお茶をしている。

贅沢な吹き抜け空間
イスラム特有の様式美
広角レンズを持ってきて良かった

1フロアに4つのギャラリースペースがあって全部で4フロア。全体としては王族の衣装をテーマとしてイスラムの歴史や文化などが豊富な展示品で紹介されていた。上の階から見る吹き抜け空間の写真を撮り、1時間ほど堪能してミュージアムを出た。
次に国立博物館へ歩いて行ってみる。ここは中に入らずに建物の外観のみ撮影。ローズサハラをモチーフに作られた斬新なデザインはアトリエ・ジャン・ヌーヴェルの設計によるもの。どこから撮っても絵になる。

博物館のロゴデザインも素晴らしい
「砂漠のバラ」というサハラで採れる石膏の結晶をモチーフにする、という発想がおもしろい

その後オールドスークに行こうと歩き始めたが…暑い。一台の三菱がすっと停まって「乗るか?」と聞いてくる。タクシーではなさそうだが暑さに我慢できずに乗り込んだ。スークへは10分ほどで到着。「後でシティーの方にも行くつもり」と言ったら、「支払いは後でいいので1時間後にまたここに来るからその時でいいよ」と言う。え!?ほんとに?支払わずして降りるなんてモロッコじゃあり得ない。

街中にアートがあるのもゆとりを感じる

車を降りてスークの中に入り、少し歩いて道端のフレッシュジュース屋で座ってドーハ初の生オレンジを飲む。なんと氷が入っている!かなりのオレンジジュースをモロッコで飲んだが氷入りは一度もなかった。これも国の豊かさか。暑い国での冷たい飲み物は贅沢極まりない。

モロッコで毎日何杯も飲んでた生オレンジだが、ここに来て初めての氷入り!

一通りスークを周り約束の時間に先ほど降りた場所に行ってみる。人と車でごった返している。15分ほど待ったが現れず。やられたかな〜と一瞬思ったが金払ってないのはこっちか。と律儀に更に待っているとようやく現れた。ひとまずダウンタウンのショッピングモールに行ってみることにした。

色味が統一されているせいかビル群も美しい

陽が暮れ始めた湾に沿って走ると光り輝くダウンタウンのビル群が近づいてくる。超巨大なモールのエントランスで停めてもらい、「いくら?」と聞くと。「Don’t worry,anything you like」と言う。へ?「気持ちでいいよ」的な?空港からのタクシー代を思い出し、これまで乗った距離を考え妥当と思える額の半分くらい50リヤルを渡したところ、なんと10返して来た。「Sure?」と聞いたがいいよと言う。「もし帰りも必要だったら呼んでくれ」と言うので電話番号を聞いてChatに登録した。
サイードという物静かなおっさん。タクシーじゃなくてマイカーでUberをやっているらしい。うーん、モロッコとのギャップが激しい。
ショッピングモールに入るとキッズスペースがあったがその規模が半端ない。どこも人で賑わっていて活気がある。

こんなでかいキッズスペース見たことない

中で巨大なスーパーを見つけ、明日の朝食を買う。なんとOnigiriが売っているではないか!手巻き寿司のお惣菜なんかも!ワルザザードのスーパーで「おにぎりないかなー」と2人で冗談を言っていたことを思い出す。
おにぎりとサラダとヨーグルトとオレンジジュースを買って、次は酒を探してみる。モロッコだと大きなスーパーには大抵ひっそりと併設されたリカーショップがあったので、そんなもんかと思っていたが甘かった。調べてみるとカタールでは五つ星の超高級ホテルでしか提供していないらしい。こんなことなら空港の免税店でワインを買うべきだった!と悔やまれる。
ま、帰りのフライトまで禁酒だな。

Onigiri

街中を散策して夜の都会を撮影する。東京のビル群と違ってデザインが斬新。さて夕飯をどこで食べよう、と歩いていたらメトロの駅の前に出たのでせっかくだからメトロに乗ってみよう、と地下に降りる。駅員にチケットの買い方を教えてもらい1dayチケットを買う。今から1dayももったいないか、とも思ったが100円くらいだからまあいいか。

地下鉄の入り口
ホームドアは鏡張り
車内も洗練されている

一度乗り換え、オールドスークで下車する。これは安くて便利だ。9時を回っていたが先ほどより随分と賑わっている。適当に2階にテラス席があるレストランに入ってみる。ほとんどが地元の男ども。頭から白い布をかぶり、首から足元まで真っ白のトーブと呼ばれる服装をしている人が多い。一方街で見かける女性は頭から足先までアバーヤという真っ黒いローブに身を包んでいて、人によって目だけ出してたり顔出しOKの人もいる。そのレストランでは男性陣ばかりで皆巨大なシーシャ(水タバコ)をボコボコ吸っている。

アラブ人のサッカーファンに混じってシーシャ吸いながらサッカー観戦

チキンのホットドッグと生オレンジジュースをオーダーし、ついでに周りに習ってシーシャを頼んだ。そのうちにどんどん混み始め、気づいたら2台のテレビでサッカー中継が始まっている。どうやらヨーロッパチャンピオンカップの決勝、レアルマドリード対ドルトムントのようだ。良いタイムングで入ったもんだ。そう言えばワルザザードのリアドでは偶然プレミアリーグの決勝が観れた。雰囲気からして皆ドルトムントを応援している。
長居し過ぎていたので引き分けのままハーフタイムに入ったところで会計しホテルまで歩いて帰った。

幻想的な街の広場

部屋に戻りテレビをいろいろいじったが、残念ながらサッカーの続きは観れず、やむなく旅日記の続きを書いている。

ドーハの建築

朝10時。どこに行くかGoogle mapでチェックし、車で20分ほど離れた場所にあるエデュケーションシティというエリアにいくつか見たい建築物が集まっていることがわかった。そこまで電車で行こうかと考えたが、駅まで15分灼熱地獄の中を歩くのもためらわれ、サイードにチャットしてホテルまで来てもらうことにした。「すぐ行く」と返信があり、5分くらいでホテルの前に来たのには驚いた。
走ること15分、まずはマトハフ・アラブ近代美術館。サイードに駐車場で待ってもらい館内に入る。客が一人もいなくて完全貸切。それも無料。絵画から立体まで近代のアート作品のコレクションでなかなか面白かった。

人のいない美術館でゆっくり作品を見る時間はなんとも贅沢

その後はMinaretein Centerの巨大なモスク。白い海牛のような不思議な建物。目の前の無人駅に無人のトラムが滑り込んでくる。無機質で人気がなくまるでSF映画。

何とも自由な形をしたモスク
中では残念ながら撮影できなかった
茶色い世界を無人のトラムが無人の駅に入る。SF映画のワンシーンのよう

次に巨大な木が屋根を支えるようなこれまた不思議な建築物Convention Centerの外観を撮影。キャノピーを支える柱は砂漠に生息する樹木シドラ(Sidra)をイメージしたものらしい。

カタールの教育・科学・研究・コミュニティ開発を推進する多目的施設
ドーハの建造物はとにかく巨大

所要時間1時間半くらいを貸切で運転してもらった。送迎と待ちまで入れていくらくらいか検討も付かなかったが、100リヤル札(4000円くらい)を渡した。「いいのか?」といった表情。これでも安いとは思うが…。別れ際に「明日フライトが早いので迎えに来てくれないか?」とお願いした。Uberはお客さんのレビューが命なので、マイカーの車内は居心地良く、皆運転が非常に上手い。それでいて行き先から決済まで事前にアプリで行うので会話する必要がなく、寡黙なドライバーが多い気がする。
モロッコのタクシーだとあれやこれやと話しかけられ、そこで地元の情報を聞けたりするわけだが面倒な時もある。まあ会話が全くないのも寂しいものではあるが。
ホテルに一度戻って夕方5時頃、スークの駅まで歩き、そこからメトロに乗ってまたダウンタウンまで行った。夕暮れの時間帯で空のグラデーションと近未来的なビルが美しかった。

ナツメヤシとビル街

海岸まで歩いてみると、なんとCOSTAの店舗があるではないか!喜び勇んで店内に入り夜景を眺めながらアイスホワイトラテを堪能した。モロッコでは絶対にありつけなかった代物でとんでもなく美味く感じた。
陽が暮れるにつれてビルに灯りが点き始め、街全体が輝きを増してくる。撮影しながらメトロ1駅分歩き電車に乗りスークで下車。

この木舟に乗って夜のダウンタウンを眺めればよかった…
あるビルのエントランス。どこも未来的

息子にカタールのサッカーユニフォームを買い、賑やかな目抜通りのレストランの外席でパスタとパイナップル生ジュースを頼んだ。
モロッコもそうだったが、毎日陽が暮れてから人出が増え、11時過ぎても小さい子供もたくさん遊んでいる姿を見た。やはり暑いので遅く起きて日中はあまり外に出ないようだった。ついいつもの癖でもったいないからと朝起きて日中観光、夜は疲れて早々に部屋に戻る、という行動になってしまう。後でiPhoneを見返したらこの旅で1日平均15000歩くらいは歩いていた。

幸せそうな家族の風景

今日も夜9時半には部屋に戻り、これまでの写真のバックアップとセレクトを行う。今回悩んだ末持ってきて大正解だったのがmacbook。寝る前の時間やバスや飛行機の移動中に旅日記が書ける。この作業は帰国して現実に戻って行うのと、まだ旅という夢の最中でやるのでは大きく違ってくる。感じたことは熱いうちに形にしておくのが大事だ。

旅最終日

早朝4時に目が醒める。
日の出が4時47分なので4時20分にカメラ2台と三脚抱えて海岸の方に散歩に出る。驚いたことにこんな早い時間なのに通りにはたくさんの人がいて、隣のカフェ?の外に人が溢れ、クラブの後の朝帰りのような空気。でももちろん誰も酒飲んでないんだよね。やはり暑くない時間帯に皆活動するようだ。

朝陽を浴びるイスラムミュージアムとダウンタウン

朝日を浴びるダウンタウンのビルを拝みホテルに戻った。
既にエントランスに着いていたサイードに待ってもらい、すぐにチェックアウト。空港まで20分ほどだが行きは2000円くらいだったような気がする。ただ昨夜のディナーでキャッシュをほぼ使い、財布の中には400円くらいしかない。空港に着いて「キャッシュがあまりないのでカード使える?」と聞いたがUberなので使えない。「空港で下ろしてくるよ。」と言ったが、「ある分のキャッシュでいいよ」と言う。「これしかないんだけど…」と400円分のキャッシュを渡すと、「Maby next time」とにっこり笑う。ベルベル人のような熱い抱擁ではなく握手をして別れた。
こうしたサイードの言動にも現れていたが、カタールはガツガツしていない。基本的に潤っているから観光客から金を取ってやろうという意識が低いのかも知れない。フレッシュジュース屋でもお土産屋でも、向こうからは声かけられずこちらから言って初めて対応するといった具合。スークの中の一軒一軒の店の灯りがやけに明る過ぎたり冷房が強過ぎたり。スークもゴミが落ちてないし、暗い路地もまったく危険な香りがしない。ある時路地の奥にあるトイレに入ったら、トイレ掃除をしている若者がいてにこやかに挨拶をしてきた。用を足した後に手を洗っているとすかさずペーパータオルを取ってくれて話しかけてくる。モロッコ癖で「あーいくらか払わないとなのかな〜」と思っていると、「どこから来ました?カタールは好きですか?Enjoy Katar」というやり取りを笑顔で交わすだけだったりと。なんだか皆ゆとりあるんだな〜。

ドーハ・ハマド空港
ドーハ・ハマド空港

最後の最後にラッキーなことに、飛行機に乗って座席を探すと、なぜかエコノミープレミアムというグレードの席だった。シートが広く足置きが出てきて足も伸ばせ、肘掛けは幅広くヘッドフォンはノイズキャンセルが付いた上質なもの。おまけに隣がいないので2席使える!席間違えたかと思って聞いてみたが合っている。どうやら羽田着時間が夜中なので空いていたらしい。日本人CAのお姉さんのサービスも本当に丁寧で、カタールで禁酒していた分、ビールにワイン、ウイスキーとついつい酒を頼み過ぎてしまい、ずっとほろ酔いで旅日記を書いていた。寝たり映画観たり旅日記書いていたりしていたら、あっという間にあと30分で着陸というアナウンス。信じられない時の経ち方!「あと10時間でも乗っていたいですよ」とCAのお姉さんに言ったら「あちらのお客さんも全く同じこと言ってました」と笑う。全く同じペースで飲んでいたサンパウロ帰りの日本人のおじさんと目を合わせて笑う。

最後にiPhoneで撮ったドーハのダウンタウン。砂漠のマンハッタンみたい

羽田に着いたのが夜11時半、雨。そういえばここまでの15日間、エッサウィラの曇りの午前中を除けば全て快晴だったというのは驚きである。
既にバスも電車もないので事前にタクシーを予約していたのだが、空港到着は2時予定。
それまでカフェでコーヒー飲みながら旅日記の続きを書くとする。

夜中の3時に帰宅。
モロッコ12日、カタール3日という15日間の短いようで長い旅も無事に終わった。
家族や友人と行く旅行と違って、1人でいると何かと話しかけられるし、誰かに頼ってこちらも話すし、ロコ(地元の人)とも繋がりやすい。
シャウエンのハシシ作りのアノエル、カーペット屋のベルベル人、フェズのスキンヘッドモハメド、サハラ砂漠のモハメド、写真がうまいベルベル兄ちゃん、エッサウィラのチンピラ、ドーハの運ちゃん、数日旅を共にしたアヤカ。もてなされたり騙されたり酒飲んだり一緒に歌ったり踊ったりドライブしたり。自分の拙い英語ながら人と繋がれたのはほんといい体験だった。

一人旅の醍醐味はやっぱり人との出会い

【番外編】 リヤドについて

今回のモロッコでは、全てリヤドに泊まろうと計画した。
その昔、ドバイの旧市街のリヤドに泊まってからというものすっかりリヤドファン。リヤドとはモロッコの「邸宅」「庭」を表す言葉で、吹き抜けのある四角い空間の周りに部屋がある。最上階にテラスがあるところも多く、景観がよければ最高。そこで朝食が食べれたりすると尚最高。通常は上から自然光が入る吹き抜けの1階で朝食を食べる。

◉今回のステイランキング

❶ シャウエン    SANTA
 立地、部屋、広さ、テラスの景色、スタッフ、全てをとって5★

❷フェズの2軒目のリヤド Riad Chay & Boutique
 インテリアのセンスが素晴らしい。部屋も広く清潔でテラスの朝食も文句 
 なし

❸ ドーハのホテル RAMADA
 部屋の広さ、コンセントの数、テレビ、バスタブ、1万でこれ!?
 という凄さ

❸ マラケシュのLa perelin
 完全にコンラン的な上質完璧リヤド。でもあまりにも部屋が小さい。マラ   
 ケシュという立地上しょうがないのかぁ

❹ エッサウィラ AZULL
 広さ、明るさ、立地、全てがちょうどいい。藤島武二の絵がポイント高い

❺ メルズーガのキャンプテント
 こんな場所にこの設備!というだけで恐れ入る

❻カサブランカのリアド Riad 91
 あんな都心でちょうどいい感じのバランスが取れたリヤド。明るいうち見
    てないからなんともだけど、トランジットとしては最高だった

❼メルズーガのカスバ Kasbah Erg Chebbi
 リアドではないがこんな砂地の中では十分すぎるほどの設備。
 Gとの遭遇がマイナスになったか

❽ ワルザザードのパンプキンリアド Dar S'BAH
 何気に一番期待してたのにがっかり。窓の外は工事現場。
 部屋のカラーがパンプキンすぎ! 

❾フェズのDAR DIWAN
 20代だったらアリだった

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