母の夢を、娘の技術で叶える。アパレル店の家業のオンラインショップを作るまで
家業は何も、生まれる前からあるものばかりではありません。家族が起業して家業が誕生して、それを手伝ったり育む場合もあるのです。今回取材に答えてくださったのは「Art.Anty」というアパレル店を起業した志田貞子さんと、その娘の彩香さん。コロナ禍で一時閉店せざるをえない状況にまでなった家業を、カメラマンとライターとして活躍する娘の彩香さんがどう手伝ったのか、そして実際の心境を伺います。
家族の絆をテーマにしたお店の名前
──お店について教えてください。できたのはいつ頃ですか?
彩:もう10年以上前のことですが、母がアパレルのお店でパートをやっていました。パートで始めたものが店長を任されるようになって、アパレルの仕事に手応えを感じていたようです。そのお店をやめて、自分のお店を持ったのが3年前のことでした。名前は「Art.Anty」と言って、アパレルだけではなく、美術品や母が自ら描いた絵画なども販売しています。
──「Anty」の名前の由来は何なのでしょう?
貞:これはね、家族の頭文字なんです。家族の名前からひと文字ずつもらって。家族の絆を大切にしたいなっていう私の想いから。
彩:そうだろうなって思ってた(笑)。見た時は「出たよ!」って思いましたけど、家族が大好きな母らしいネーミング。
貞:あはは。
──さきほど絵画を売られているというお話がありましたが、絵はもともと描かれていたんですか?
貞:高校生の時から絵をやっていて、学生の頃からいい先生をつけてもらって勉強してきました。
彩:コンクールで入賞したりもしているよね。
貞:この間の絵は、彩香が撮った写真を描いたんだよ。
彩:知ってるよ。でも、私は風景画のほうが好きだなと思ってるんだけどな。
──彩香さんは美大を卒業されていますが、この絵を描かれていたお母さんの影響を感じることはあるんですか?
彩:母が本当はこうしたかった、という人生に少し影響されている気がします。でも、それが自分でもしっくりきたし、嫌じゃなかったから美術を勉強したことなので、結果よかった。小さい頃から母がお店に立ったり、絵を描いている様子は見ていたから、記憶にもそんな母の姿があります。
──じゃぁ、お母さまは彩香さんが美大を受けると言った時はちょっと嬉しかったり?
貞:それもありますけど、一番は彼女のいいところをもっと伸ばせるかもしれないということのほうが嬉しかった。小さい頃から絵本をずっと読んでいるくらい物語が好きな子だったから、それを伸ばしてくれたらなと思っていました。
夢みがちで、実行力のある母によって家業が誕生
──お店を始めると聞いた時は、どんな印象でしたか?
彩:母は良い意味でも悪い意味でも大人になってもいつまでも少女のような人なんです。夢みがちなところがある。けれど、それをやってのけてしまう実行力も同時に持ち合わせているんです。だから、お店を始めると聞いた時も「また言ってるよ」と「すごいな」の半分ずつでした。それが本当に売り上げが1000万円も超えていて、夢を叶えてしまう人なんだというのが後になってわかって、「本当にすごいな」に変わってきています。
貞:それも顧客のみなさんのおかげですね。お客さんを大切にしているので、支えていただいているんだと思います。
──そうして彩香さんの家にめでたく「家業」が誕生したわけですが、これまでは手伝うことはあまりなかったんですか?
彩:全然ありませんでした。だって母はこんな風に夢みがちな人ですから、巻き込まれたら大変だなって思って距離を置いていました(笑)
貞:え〜っ!
彩:だから、パソコンのこととか、オンラインショップとか、どうやったらできるの、と聞かれても返事しなかったりして。言ってもすぐにはわからないだろうし、自分は自分の仕事で忙しいし、何より喧嘩をしたくなかったんです。
──それはちょっとわかります。家族と仕事が混ざると、喧嘩になってしまうことも多いですよね。
コロナ禍で始まった家業の手伝い
▲彩香さんが撮影した商品写真のページ。モデルは妹さんを起用した。
彩:そうそう!だから、こういう状況になる前は、アドバイス程度に留めていましたね。
──それでは、本格的に手伝い始めたのは?
彩:あまり家業に関わらずになんとなく距離を置いていたら、こんな状況になってしまったんです。特に最初の緊急事態宣言が出た時はお店も閉めて、服が全然売れなくて、どうにかしなければならなかった。一方で、私のほうは仕事の忙しさが少し和らいで時間ができて。さらに、家族が死ぬかもしれないという病気が流行っているということが私の家族への考え方を少し変えたんだと思います。もっと大切にしなければ、と。
──なるほど。それでオンラインショップを開くことに?
彩:そもそも相談はもともとされていたので、それに返事をしたところから手伝いが始まりました。インターネットのことも母よりはわかるし、写真は仕事でやってきたから撮れる。やれることがあるなら手伝おうとマインドが変わりました。
──その時、お母さんはどんな気持ちでしたか?
貞:もうね、「嬉しい」という表現を使うのはもったいないくらいの、嬉しさ。言葉にするのが難しいくらいの気持ちでした。
彩:それ、「すっごく嬉しい」でいいじゃん。
貞:違うの。それ以上の喜びが溢れてくるような感じだったから。
写真の技術を生かしてオンラインショップを作るまで
▲最初の撮影のページより。ご自身がモデルになり撮影を行った。
──実際に彩香さんが撮影された写真を拝見しました。モデルもご自身でされているんですね。
彩:こんな状況で、それしかなかったんです(笑)
──最初の撮影をして写真ができあがるまではどんな風に手伝ったんですか?
彩:まず、撮影する商品は遠隔で一緒にセレクトして仕入れました。商品を仕入れるためのウェブサイトがあるので、そこに共通のIDでログインしながら商品を決めていきました。店舗で売っている服のセレクトはこれまでほとんど母がしていましたが、オンラインショップで服を買う層はおそらくもう少し若い私と同年代くらいの人たち。そこで私の目線も欲しいと言ってもらい、一緒に選んだんです。
次にスタジオを借りて、そこに服を宅配して、三脚を立てて、服を着た自分を撮影します。これがとても難しかった。私はモデルではないので、雑誌やオンラインショップで色々なポーズを研究して、セルフタイマーで撮影するのですが、ファインダーを覗いているわけではないので思うように撮れていないんです。それでも「なんとか使えるな」という写真をセレクトして、およそ50点ほどの商品の着用写真を撮りました。
▲ベーシックなアイテムから時にはユニークなセレクトも。シルエットにスパイスがあるトップス(上)、抜け感が可愛いハワイアン柄のTシャツ(下)。
──すごい、一日でですか!
彩:そうなんですよ。それに、何が大変って、このスタジオ、エアコンがなかったんです!
──それは大仕事ですね。お母さまは、この写真を見た時どうでしたか?
貞:さすがだわ!!って思いました。嬉しかったなぁ。
▲現在のオンラインショップには彩香さんが撮影した写真が並ぶ。
https://www.instagram.com/art.anty/
▲写真や商品はインスタグラムでも見ることができる。
家業をめぐる「夢」と未来
──実際に家業を手伝ってみて、どんな感想ですか?
彩:そりゃぁ大変でした。手伝い始めた時は、LINEのアカウントすら持っていなくて、何かを説明しても「文じゃわからない」って電話がかかってきて無料サポートセンター状態です。でも、こんなきっかけがなければ手伝うことがなかったと思うから、よかったなと思っています。
──お母さまは、家業をいつか継いでほしいなという思いはあるんでしょうか?
貞:「継いで」という表現が合うのかわからないけど、お店を一緒にやるのはずっと私の目標なんです。
──そうだったんですね!
貞:彩香が大学一年生くらいの時に、「いつかママのお仕事を一緒にやりたいな」と書いたハガキをくれて。それから、それがママの目標だったのよ。一緒に買い付けに行ったり、時々一緒にお店に出たり、私がいなくなった後は、お店を持ちながら彩香に好きな仕事をしてもらったり、なんて考えてました。
彩:もう〜嫌なんだよ〜。そのハガキ、お店に勝手に飾ってたんですよ!
──あはは。「嫌なんだよ」と言いつつ、ちょっと嬉しそうですね。彩香さんの理想の家業との関わりはどんなものですか?
彩:母とお店とお客さんの関係を長いこと見てきていると、このお店がお客さんに支えられてきたのがよくわかります。例えばこれから、ネットで接客をして服を売るなどの選択肢を増やしてみてはどうかなとか、自分にできそうなことでサポートできたらいいなと思っています。それに、家業を手伝うことで、自分の仕事にも意外なプラス面があって。
──どんなことですか?
彩:経済に関わる記事を書いたり取材したりすることがあるのですが、その時経済の切り口で得た情報や知識を、お店で実感すると「こういうことか!」と納得することができるんです。例えば「巣ごもり消費」と言われてもピンとこなかったものが、お店でゆったりしたワンピースや家に飾るための絵画が売れるのを見て「なるほど」と腑に落ちたことがありました。
──なるほど。知識が立体的に実感できるんですね。
彩:そんな感じです。巻き込まれるだけだと思っていた家業も、巻き込まれてみたら、写真を撮るのも面白いし、母が喜んでくれるし、楽しめるとうことがわかりました。このお店の将来はどうなるのかなって考えると、自分のお店に...という考えになっていくのかもしれませんが、今はその先を考えたくないから、そこでいったん考えるのをやめています。
──お母さんはいかがですか?
貞:近くのお店に、家族経営でやっているところがあって、いいなって思っています。みんなでお店をやって、家族の絆を深められたらなって、夢は広がりますね。
▲オンラインショップの「About」ページより
志田さんの家に生まれたばかりの家業は、これからどうなっていくのでしょうか。取材の後久しぶりにオンラインショップをのぞいてみると、モデルを起用したさまざまな写真が並んでいました。お母さまの夢を見る力と、彩香さんの技術力があいまって、育っていく家業の姿が目に浮かぶようです。
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本記事の内容・表現は、取材当時の"瞬間"を『家業エイド』視点で切り取らせていただいた、あくまで家業を通して皆様が紡いでいる物語の過程です。皆様にとっての「家業」そして「家業との関係性」は日々変わりゆくもの。だからこそ、かけがえのない一人一人の物語がそれを必要とする誰かに届くことを切に願っております。
運営チーム一同より
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