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石鹸の香りが良いなら石鹸でいいじゃない

ils n'ont pas de pain? Qu'ils mangent de la brioche !
パンがなければお菓子を食べればいいじゃない。

日本語では「お菓子」となっているが、原文はブリオッシュ。当時は一般的なパンよりも高級なものだったそうで、身分の高い人が庶民の暮らしを知らないことを示すセリフとなっている。

このセリフは、マリー・アントワネットではなく、思想家ルソーの『告白』が典拠であるようだ。

Enfin je me rappelai le pis-aller d’une grande princesse à qui l’on disait que les paysans n’avaient pas de pain, et qui répondit : Qu’ils mangent de la brioche.
私は、ある偉大な王女が、農民には食べるパンがないと言われて、困った末にとうとう”パンがなければブリオッシュを食べたら良いのよ”と言ったことを思い出した。
『Confessions』Jean-Jacques Rousseau

「偉大な王女が言った」と書かれているが、結局、このセリフは誰がいったのか定かではなく、実話であるかも創作であるかもわからない。

さて、タイトルの「石鹸の香りが良いなら石鹸でいいじゃない」の話。

新作の香水を試したくて、とある香水販売店(厳密には「店」とは違うが便宜上「店」ということにする)に行った。
はい、どうぞ!と言って出されたムエットからは、清楚で爽やかな香りがした。
悪くはない…と思いたかった。
これをどう伝えるか一瞬のうちに言葉選びを始めて、出てきたのが、
「爽やかですね、でも私にはもうちょっと捻りが欲しいです」
だった。

その香りは20代くらいをターゲットにしているそうで、私は初めて香水を使ってみようかと思っている人たちには良いかもしれない、という話をした。

ムエットをくれた販売員と、その日会いたかった別の販売員が接客を終えてやってきた。
3人でその香りについて語る。
その内容をざっくりいうと「なぜこのブランドが、こんなつまらない香りを作ってしまったんだろう」
ということだった。

香水を売っている販売員たちが、そんなに正直に言ってしまって良いのかな…
でも、確かにそう。今までのラインナップからは想像できないような、”これじゃなくても”感ある香りだった。
どんなに腕の立つ調香師がいても、そしてどんなに高級な香料が使える資金力があったとしても、ブランドやディレクターがダメだと良いものはできないという典型的な例かもしれない。

調香師、苦労しただろうな…
(実際、試作回数もかなり多かったよう…)

その香りは日本人が好みそうな香りであるが、欧米人はあまり好まないよねという話から発展して、日本人はとにかく石鹸の香りを好むという話になった。
それがタイトルの「石鹸の香りが良いなら石鹸でいいじゃない」である。
典拠は販売員だ。素晴らしい名ゼリフである。

いわゆる「石鹸の香り」に定義はなく、およそ花王ホワイトのフローラルブーケの香りが基準になっているらしい。
これに近いものがあるとしたら、TOVAのリニューアル前のTOVA(トヴァ)だと思う。

多くの日本人が石鹸の香りを好むのは、清潔感やお風呂文化ということもあるだろうが、「万人ウケ」とか「誰からも好まれる」ことが香水を選択する際の基準になっているからというのも一因があるかと思う。
人から嫌われないようにしたい、人に良い香りと言われたい…
日本人が他人評価で生きる以上、香水文化がなかなか根付かないのもわかるような気がする。

「石鹸の香りが良いなら石鹸でいいじゃない」は言い得て妙であり、しかし、パンの代わりがブリオッシュならグレードアップだが、石鹸の香りのフレグランス代わりが石鹸ならグレードダウンだ。

石鹸の香りが好きなのは良い。私も好きだ。
でも何かもったいない。
この世の中には石鹸の香り以外にも良い香りはたくさんある。
日本人はもう少し個性を大切にしたり、自己表現しても良いのではないかと思う。

でも、やってみようかな、石鹸を袋に入れて持ち歩くの。
外出先でも手洗えるしね…。

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