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読むグレイス②醸造学の研究論文を読む「加熱熟成が与えるマデイラワインフレーバーへの影響」

梅雨も明け、ブドウ畑では、摘房や除葉といった作業を進めています。
皆様はいかがお過ごしでしょうか?
ワイナリーのインスタグラムでは、農場の様子を公開しておりますので、お時間がありましたら、ブドウの成長を是非ご覧になってみてください。


前回、ボルドー大学醸造学部のアクセル・マルシャル教授がお書きになった論文を訳してみたところ、たくさんの反響を頂きありがとうございました。

このたびは、第二弾として、私も大好きなマデイラワインに関する論文を読み進めてまいりたいと思います。

マデイラワインとは、ポルトガルのマデイラ島で生産される酒精強化ワインのことを指します。
酒精強化とは、発酵途中または発酵後にブドウを原料とした蒸留酒を添加する製造方法で、グレイスワインも酒精強化ワインを造っています。

こちらのワイン、祖父の時代は、「マデイラタイプワイン」という名前が付いていたワインで、作家の山本周五郎氏が生前愛飲してくださったことから、お名前を頂き、現在は「周五郎」と申します。

なぜマデイラだったのだろう?と、醸造家になった今、亡き祖父に聞いてみたい気持ちもするのですが、ギリシャ神話に登場するアトランティス帝国は、マデイラ島だったのではないかという伝説もあり…祖父が、ギリシャ神話の三美神から名付けた「グレイス」という名が、マデイラを呼びよせたような楽しい想像をしております。

さて、論文の方を見てまいりたいと思います。
「Impact of Forced-Aging Process on Madeira Wine Flavor」
2008年に、『Journal of Agricultural and Food Chemistry』に掲載された論文です。

著者は、以下の方々です。
Hugo Oliveira e Silva, Paula Guedes de Pinho, Beatriz P. Machado, Tim Hogg,
J. C. Marques, José S. Câmara, F. Albuquerque, and Antonio C. Silva Ferreira

以前、マデイラワインの名門であるBlandy'sの当主、クリスさんのプレステイスティングに参加させて頂いたときに、香りについて質問をしたところ、ご丁寧にこちらの論文を送ってくださいました。
私自身はメディアの関係者ではないにもかかわらず、もったいない一席にご招待頂き、いつかお役に立てることがあれば…と思っておりました。

まず、「序論」を翻訳してみました。

「マデイラワインは、大西洋の島で作られたエタノール含有量18〜20%の酒精強化ワインである。
マデイラのカンテイロは、一回の収穫から造られるワインのことである。これらのワインの熟成は、暖かい地下室のオーク樽で、多かれ少なかれ行われる。熟成後、ワインは瓶詰めされ、収穫年が表示される。一部のワイナリーでは、酒精強化に続いて〈エストファゲム〉と呼ばれる加熱プロセスが行われ、最低90日間、約50℃の温度にさらされる。
この手順の後、ワインは最低3年間オーク樽に入れられる。加熱は〈強制的に熟成させた〉プロセスと考えられ、マデイラワイン生産における最初に導入された技術である。

マデイラワインの原料となるのは、5つのヴィティス=ヴィニフェラである。ブアル、マルヴァジア、セルシアル、ヴェルデーリョ(白ブドウ品種)とティンタネグラ(赤ブドウ品種)である。発酵過程やその結果として得られる残糖によって、マデイラワインは4つの基本的なカテゴリーに分けることができる。
セルシアルは、通常辛口ワインで、25g / Lの残糖まで発酵させる。ブアルは、65g / Lまで残糖を残す、半分を発酵させた中辛口ワイン。 ヴェルデーリョは、90 g / Lの残糖まで発酵させた中甘口。そしてマルヴァジアは伝統的には発酵させない、残糖110 g / Lの甘口。糖度に基づく伝統的なマデイラの分類は、OIVの指定には対応していない。

マデイラの製法は特異的である。ワインは甘口にも辛口にもなり、醸造は伝統的もしくは近代的方法で造られる。
伝統的な製法では、甘口の場合、発酵はほとんどまたは全く起こさず、基本的に果汁の酒精強化によって甘口となる。伝統的な辛口ワインの製法では、発酵が完全に終わった後、酒精強化が行われる。近代的な製法も同様に行われる。ただし、甘口ワインでは発酵は2日間しか行われず(酒精強化前)、辛口ワインでは発酵が終わりきる前にアルコール添加によって発酵停止となる。これはポートワインの醸造と同様である。結果として得られるワインが非常に異なることは明らかである。実際、それぞれの醸造方法による官能特性は各カテゴリー特有である。ブドウの種類と発酵、温度と時間に関わる加熱過程、そして貯蔵温度と貯蔵期間によって違いがもたらされるのである。

マデイラの香りを特徴付ける研究は既に行われている。
モノテルペノール、ノルイソプレノイドアルデヒド、アルコールアセテート、アセタール、エステル、フランおよびピラン化合物、ラクトンなどいくつかの化合物が同定されており、ワイン中のそれらの濃度はマデイラ特有の官能的特徴と関係があった。これらの研究では、ソトロンの形成は糖のレベルに関連していた。これらの結果は、還元糖とアミノ基含有物質との成分間反応である、メイラード機構によって説明される。この反応は、アマドリまたはヘインズ転位か、もしくはストレッカー分解に分岐し、メラノイジンを生成する。 アマドリまたはヘインズ転位により、フルフラール、ピラジン、またはチアゾールなどの環式化合物を生成しうる。糖の逆アルドール化によって、ジカルボニル化合物とアミノ酸とのストレッカー分解が起こると、メチオナールやフェニルアセトアルデヒドなどの揮発性アルデヒドを生成する可能性がある。最終的に、メイラード反応におけるほとんどの反応中間体は他の化合物と縮合して香気成分を生成、ついにはメラノイジン(褐色色素とロースト香、焦げ香の芳香化合物)を生成する。生化学的および化学的反応がマデイラの典型性にどの程度寄与しているかは、ほとんどわかっていない。

この研究の目的は、まず、マデイラワインの主な香気成分を特定し、その典型性への影響を評価することであった。第二に、典型性の要因となる揮発性物質の生成に寄与する化学反応を解明すること。そして第三に、近代的なマデイラ醸造に応用される最適な加熱温度と加熱時間を決定することである。」

ここで、私から拙い解説をさせて頂きます。
メイラード反応という言葉をお聞きになったことがあるかもしれません。
パンやコーヒーなどに、褐色の色調や香ばしい芳香を与える反応です。

以前、私はスパークリングワインの生産について、ソムリエの方から、メイラード反応に関する質問をされたことがありました。
メイラード反応は、思っている以上に複雑な反応で、私たち醸造家が科学を勉強するときには、初期・中期・後期に分けて論じられます。

山梨大学のワイン研究センターでも教鞭を取っていらっしゃった佐藤充克先生も、殊に後期段階に関して、いまだに分かっていないことが多い反応機構であると仰っていたことを思い出します。
アミノ基(アミノ酸)と、カルボニル基(糖など)が反応し、後期段階として「メラノイジン」という褐色色素を形成するのですが、その過程で香気成分を生成します。
メイラード反応は、加熱することにより反応が促進されるのですが、ワインの製造過程においては、珍しく加熱熟成を行うマデイラだからこそ、メイラード反応によって生成される香りがマデイラの特徴になっている、ということが考えられます。

そして、論文を読み進めていくと…
トレーニングされたテイスターの官能評価、GCMS、GC-O、AEDAを使った実験が行われていきます。

論文で、「結果と考察」に書かれているポイントをまとめてみました。

・より高温の加熱でより高レベルの揮発性物質が生成
・同じ加熱温度(45℃)では、加熱期間が長いほどより多くの揮発性物質が生成される
・セルシアルとマルヴァジアともに、45℃で120日間加熱したサンプルに最高点が与えられた
・マルヴァジアのサンプルは、典型的なマデイラワイン基準に最も類似したワインであると考えられ、最も高い残糖があった。
・官能評価は、長時間の加熱で向上
・加熱時間は、セルシアルよりもマルヴァジアに影響
・典型性のスコアは、ソトロンの濃度に比例
・加熱熟成によって発酵由来の香気成分は減少
・マデイラの典型的な香りは加熱熟成中に生成
・短い発酵期間、より高い残糖⇒典型的なマデイラ
・マデイラのフレーバーは〈熟成の指標となる化合物〉に由る

ここからは、私自身の理解となることをお許しください。
通常、私自身が白ワインを造るとき、重要とするのは、第一アロマと言われる、ブドウ自体が持つ品種香です。

マデイラの生産においては、この第一アロマや、発酵過程で出現する第二アロマよりも、貯蔵中に生成される第三アロマがより重要とされることが分かります。その中でも、論文の中で特に強調されているのが「ソトロン」という化合物です。
ソトロンとは、どのような香りかというと、論文中では「ナッツ香」または「ドライフルーツ」の香りとして同定されています。

ソトロンがマデイラの特性に貢献していることは、論文の締めの2行でもはっきりと述べられています。

「ソトロンは典型的なマデイラの風味に最も大きな影響を与える化合物である。ソトロンの量はマデイラの典型的な特性に従ってワインを集めるのに使用することができる。」

長くなってしまったのですが、マデイラの論文はいかがでしたでしょうか?
食後酒として選択されることの多い酒精強化ワインですが、マデイラは、他の酒精強化ワインよりも、酸がしっかりしているので、食中酒として楽しむこともできます。

醸造家として考えてみると、酒精強化の中でも、シェリーというと、微生物の面白さや神秘に注目し、ポートでは、認可されている品種は80以上(主要品種は5つ)と聞きますので、そのスタイルも含め多様性に着目したいところです。マデイラは…やはり貯蔵法なのだなぁと思わされる論文でした。
今日も、学びの多い一日をありがとうございました☺


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