皇居外苑「楠公レストハウス」・安部総料理長のサステなお話し
お江戸の味を見事に再現した皇居外苑「楠公レストハウス」の安部総料理長
安部総料理長のサステナブルなお話しを紹介させていただきます。
■料理人の道、エコ・クッキングの教えとサステナブル
私が料理の世界に入ったのは、ちょうど平成元年です。運がいいことに、すべて手作りをする昔の料理人たちに育てていただきました。技術だけでなく、いろいろな考え方も教わりました。
エコ・クッキングの考え方は、料理人にとって当たり前に教わってきたことばかり。料理長が厨房に入ってきて、何をするのか。まずゴミ箱の中を見て、食材の無駄がないか確認します。水の使い方やガスの火加減等も、厳しく指導します。料理人が本来備わっていなければならないのは、素材を大切に扱い、使いまわしをして無駄を出さない技術なのです。
つまり、料理人の基本はサステナブルということです。
■お江戸の味を再現しようとしたきっかけ
一般財団法人国民公園協会皇居外苑は、戦後、皇居外苑が一般解放されてから70年以上にわたり、この地を管理・保存してきた団体です。私は、2006年に皇居外苑内の「楠公レストハウス」料理長に就任しました。
皇居外苑は、環境省が所管していることもあり、環境への取り組み、食文化の保護継承、社会貢献に力を入れていました。環境省所管の財団法人だからこそ、サステナブルなことをやらなければいけない。
そんな思いで2009年にスタートしたのが、「EDO→ECOエコ・クッキングプロジェクト」です。東京ガスが取り組んでいる“エコ・クッキング”の指導者講習に参加したのをきっかけに新たな食のエコ・プロジェクトが始まりました。
100万人都市だった江戸の町は、「循環型社会」だったといわれています。そこで、江戸城のあったこの場所で、環境にも優しい江戸時代の調理法でお江戸の味を再現できれば、もっと多くの方々に楽しんでいただけるのではないかと考えたのです。
■お江戸の味再現で苦労したこと
「江戸エコ行楽重」は、主に江戸中後期の料理書がもとになっています。約100冊の料理書は現存しているのですが、現代のレシピ本のような写真や細かい手順は書かれていません。中でも特に苦労したのが、分量の記載がないことでした。
材料と調味料だけの江戸時代の料理書のレシピから、私が想像で料理を作っても、説得力がないと思い、江戸の食文化に詳しい東京家政学院大学名誉教授の江原絢子先生に監修を依頼し、試作と試食を繰り返しながら、1年程かけてようやく完成したのです。
2010年8月から「江戸エコ行楽重 参の重」の提供を開始し、2011年には「与の重」、2013年から「会席」をお楽しみいただいています。
実は、「江戸エコ行楽重」の盛り付けもお江戸を再現しています。江戸時代に書かれた図案に基づいているのです。さらにそれぞれの献立が紹介されていたお江戸の料理書名も小冊子で紹介しています。
この「江戸エコ行楽重」は環境省所管の財団法人ならではの良心的なお値段で提供しています。
また、「JALショッピング」サイトなどで毎年話題になる〔皇居外苑 楠公レストハウス 安部総料理長〕監修 おせち奉春三段重にも江戸の知恵が活かされています。
■「薄味なのに旨みがある」
江戸時代と今とでは、料理に使用する調味料も異なります。できる限り江戸時代の味に近づけるために、素材や調味料にもこだわりました。
今は食に砂糖を多く使いますが、江戸時代では砂糖は薬とされるほど貴重なものだったので、料理には使っていなかったようです。このため、砂糖を使わずに調理してみたところ、自ずと塩分量が減り、出汁のきいた薄味仕立てになりました。驚くほど素材本来の甘さが引き立ちました。食材の多様性を引き出す江戸時代の食生活は、今の人たちが求めているおいしくて健康的な食事ではないでしょうか。
和食には欠かすことのできない出汁も、江戸時代は煮干しや鯖といった『雑節』でとるのが一般的でした。そのため、当時にならって味噌汁や煮物の出汁に雑節を使用していますが、旨みが強くてとてもおいしいと感じるはずです。醤油や味噌も、昔ながらの製法で造られた物を厳選しました。
今はお刺身といえば醤油とわさびが定番ですが、『料理物語』(1643年)や『合類日用料理抄』(1689年)に、「刺身は煎り酒にからしやわさびで食す」とあります。当時は煎り酒で食べることも多かったようで、醤油・煎り酒・お酢の3種の調味料と、わさび・からし・生姜の3種の薬味が、お刺身のネタによってさまざまな組み合わせで使われていたそうです。
“旨み”も日本人が発見したと言われていますし、日本人の味覚や感性はすごいものです。江戸時代の人々は、現代人以上にお刺身の楽しみ方と工夫を知っていたのかもしれません。
「江戸エコ行楽重」の与の重に入っているお刺身は、自家製の煎り酒にからしで召し上がっていただきます。
■お江戸に学ぶ日本の素敵な食文化
もちろん江戸時代は冷蔵庫などありません。このため、その日つくったものをその日のうちに食べ尽くすという食生活でした。必要な分だけつくって、残さず食べていたということです。
また、江戸時代の料理書から、限られた食材を工夫して食べていたことが伺えます。また、ネーミングも日本人の感性が表れています。
例えば、「江戸エコ行楽重」にも入れている「タコの桜飯」。火を通したタコの姿が桜色に染まる様子と、その足を薄切りにした形が桜の花びらに似ていることから、それを桜に見立てて名前を付けたというところが素晴らしいと思います。
江戸時代の料理は、現代の私たちにとって新鮮に感じるものばかり。料理人の私にとっても、当時の料理書はアイディアの宝庫です。野菜や芋類といった食材でも、「こんな使い方ができるのか」と驚かされることが多いのです。食感も大事にしていたようで、シャリシャリした物やホロホロした物など、献立ごとに変化があっておもしろいのです。
修学旅行の小学生からご年配の方まで年齢層も幅広く、北海道から沖縄まであらゆる地域から来られる大勢のお客様が楠公レストハウスでは皆が同じ食事。皆で同じ時間を共有し、皆で同じ食事を共有することによって連帯感が高まる。これも実はもともと日本人が培ってきた旅行などの特別な日、即ち「晴れの日」の食の姿なのです。
江戸時代中期になると、庶民の間でも花見や芝居、相撲見物などの娯楽が盛んになっていきます。この影響から携行食としての弁当に楽しみの要素が加わり、花見弁当や幕の内弁当など、趣向をこらした行楽弁当が作られるようになりました。「江戸エコ行楽重」は、江戸時代の料理法と現代の食材が織りなす「お江戸の味」を、行楽弁当のかたちで再現しています。
個食の時代において、「晴れの日」の食の文化も失われつつありますが、皇居の前で「お江戸の味」を味わうというストーリーがあることによって、旅行者の皆さんに楽しんでいただけているのではないでしょうか。
ここで日本の素敵な食文化を紹介しておきましょう。和食には3つの食材の楽しみ方がありました。それは、「走り」「旬(しゅん)」「名残り」のこと。「走り」は出始めの食材や初物をいただくこと。「旬」は今まさに美味しい時期のものをいただくこと。そして「名残り」は、時期的に終わりのものを、最後にもう一度楽しんで来年の「走り」と「旬」を待ちましょうという楽しみ方です。日本人は季節に寄り添いながら、3つの味を楽しんでいたのです。
今は「旬」の最高のものだけがよしとされ、「旬」を過ぎたものは商品価値がないと見なされます。今一度、「走り」「旬」「名残り」の楽しみ方を思い出せば、食品ロスの削減につながるのではないでしょうか。
まさに温故知新。お江戸から未来に引き継ぎたいサステナブルな食文化がここにあります。
■子供たちへの思い
楠公レストハウスには、修学旅行や社会科見学の子供たちも多く訪れます。「江戸エコ行楽重」を開発した背景には、学びの場である学校行事で、皇居というこの場所ならではの食事を楽しみながら、歴史と食を学んでほしいとの思いもありました。
修学旅行の場合、旅行会社を通しての依頼がほとんど。長年繰り返し言われてきたのが、「子供たちが好きな食事で、お腹が一杯になる食事」という要望です。そこで出てくるのは、ハンバーグ、からあげ、エビフライなどなど。
正直なところ私も随分と悩みました。個食の時代に合わせるようにバイキング方式にした方がいいのではないか。特に子供たちは好きなものを好きなだけ食べられる方が喜ぶのではないか。とはいえ、普段食べているものを皇居の前で食べることに意味があるのだろうかとの疑問も感じていました。
当初は「お江戸の味が子供たちに受け入れてもらえるだろうか」と不安でしたが、思った以上によい反応をいただきました。特に意外だったのは、「煮物が一番おいしかった」という子供たちがとても多かったことです。
大人が思い込んでいる「子供たちの好きな味」と、実際に「子供たちがおいしいと感じる味」には、実は大きなギャップがあるのではないかと考えさせられました。
「江戸エコ行楽重」には、お江戸の暮らしなどを解説した小冊子が添えられています。ぜひこの小冊子をお持ち帰りいただいて、ご自宅でもお江戸の食に思いを馳せてみてください。「こんな物を食べたよ」というご家族との会話が、歴史や食、環境に興味を持つきっかけになれば、とてもうれしいことです。
そういえば修学旅行で「江戸エコ行楽重」を食べた小学生が、ご家族で東京に来た際に、食べに来てくれたことがありました。
■お江戸と地方の食のサステナビリティ
当時世界一の人口を誇った100万都市・江戸。この時から現在に通じるヒト、モノ、カネ、情報が集まる流れが生み出されていきます。
当時のお江戸には美味しいものも集まっていました。このため、お江戸の食文化は確かに優れていました。ビジネス目的の単身者が多かったため、外食文化も花開きます。多くの料理屋もありましたし、庶民が気楽に集まる屋台のようなお店もたくさんありました。二八蕎麦や握り寿司も屋台のような庶民的なお店が発祥と言われています。その一方、お江戸発祥の食は本当に少ないのです。お江戸発祥はせいぜい深川めし程度だと言われています。
つまり、江戸独自の食文化はなかったのです。当時の美味しいものは地方にあったわけで、「江戸エコ行楽重」も地方の美味しいものを集めたものと言えるでしょう。
「江戸エコ行楽重」を始めてからもう12年が過ぎました。移り変わりが激しい時代にあって、12年間全く献立を変えないで提供し続けています。さらなる発展も遂げています。
もちろん「江戸エコ行楽重」の詳細なレシピをつくりました。後進の育成にも力を入れています。この味はこの先100年残ります。まさにすべてがサステナブルです。
サステナブルな「江戸エコ行楽重」を支えているのが地方の美味しいもの。しかし、今や地方の食のお宝は眠ったままになっています。残念ながら地元の人はお宝に気づいていません。外部の人と連携しながら、その地域ならではのわかりやすいストーリーやコンセプトを大切にすれば、地方からもサステナブルな食が発信できると思います。
日本の伝統的かつサステナブルな和食を楽しみたい方は、ぜひ「楠公レストハウス」にお越しいただいて、「江戸エコ行楽重」を召し上がってください。2022年6月末時点、新型コロナウイルスの影響で団体食のご予約のみとなっていますが、団体食以外の個別のお食事(「江戸エコ行楽重」含む)のご利用については、「楠公レストハウス(03-3231-0878)」へお問い合わせください。
それでは「楠公レストハウス」にて皆さまのお越しをお待ちしています。
<安部憲昭(あべのりあき)さんのプロフィール>
一般財団法人国民公園協会皇居外苑「楠公レストハウス」総支配人、総料理長。フランス料理など西洋料理の経験を積み、2006年より「楠公レストハウス」総料理長に就任。2009年より、エコ・クッキング推進委員会、東京ガス株式会社との協働で、「江戸エコ行楽重」の開発をスタート。調味料のことから和食をあらためて学び、献立の開発にあたった。江戸の味を再現した料理法と現代の食材が織りなす「江戸エコ行楽重」は、東京近郊の旬の食材と厳選した調味料を使用し、すべて手作りで江戸の味を再現している。食文化の保護継承を目的に安部総料理長監修の商品開発もおこなっている。
専門調理師・調理技能士、専門調理食育推進指導員、(一社)和食文化国民会議幹事