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タイさんの取材ヨレヨレ日記⑥ ライバルたちは戦友

スクープの抜き抜かれにしのぎを削る記者にとって、ほかのメディアは全員がライバルです。ある時は他メディアの記者たちのひそひそ話に耳を澄まし、ある時はライバル記者が破り捨てた原稿をひそかにゴミ箱から拾って、大切な情報が書かれていないか確認します。

ただ、ライバルたちは往々にして、無二の親友にもなります。

それは当然です。

早朝から深夜まで記者クラブに詰めている記者たちは、その狭い空間で、家族よりも長い時間をともに過ごす訳ですから。「大型倒産」「大スキャンダル発覚」などの事件取材を競い合ったライバルたちは、「戦友」でもあります。

私が金融取材の記者クラブに詰めていた時の話です。ライバル紙に人格者で有名なキャップがいました。いつもニコニコ笑顔。私の上司とは対照的に、決して大声で部下を叱ったりしません。余裕があるときは、ほかのメディアの若手記者にも声をかけ、みんなで居酒屋やカラオケへ繰り出すこともありました。

その日も、この人格者のキャップに率いられて、数人でカラオケに繰り出しました。お酒も入って盛り上がってきたタイミングで、キャップのポケベルが鳴りだしました。

当時はまだ、携帯電話が普及していない時代です。緊急の連絡があるときはポケベルを鳴らして、相手からのコールバックを待つシステムでした。

キャップは「悪い悪い。一本、電話かけてくるわ」と言って、カラオケルームを出ていきました。

かなり長い時間が過ぎてから戻ってきたキャップの表情は、少しけわしく見えました。「あれ、変だな」とは思ったのですが、キャップはすぐにいつもの「カラオケ好きおじさん」に戻り、マイクを握って十八番を歌いまくります。私たちも楽しく歌い、飲んで、帰途につきました。

その数時間後。まだ未明の時間帯に自宅の電話が鳴りました。受話器からは、デスクの「おい。すごいネタ抜かれているぞ」という声が響きます。

あわてて届いたばかりの各紙朝刊に目を通すと、あのキャップの新聞が1面トップで大きな特ダネを載せていました。

そうです。あのポケベルは、キャップの部下からの「特ダネ取りました」という連絡だったのです。キャップは短い時間で部下たちに必要な指示を与え、デスクとの調整も終えて、何食わぬ顔でカラオケルームに戻ってきたのです。そして、ライバルたちが油断するように、楽しくカラオケに興じている風を装っていたのです。

あのニコニコ顔の裏に「凄腕記者」の素顔が隠されていたことに、私はその時、ようやく気付きました。

この恐ろしくも優しいライバルとは、今も仲良くお付き合いしています。


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