見出し画像

六本木WAVE 昭和バブル期④

l  猫を預かった話 謎の人
 
 インターホン越しに「こんにちは」という控え目な声が聞こえた。オートロックを解除してから私の部屋に着くまでのわずかな時間にあれこれ想像した。すぐに玄関のベルが鳴った。そこに現れた彼女は、先ほどと同じようにもう一度「こんにちは」と言った。そして大きめの濃いサングラスを外した。その小さな顔は日本人離れしていてとてもエキゾチックに見えた。

 年齢は20歳前後であったろうか。ショートボブ、身長は自分と同じか少し高めで見た目は雑誌のモデルと言ってもおかしくはない容姿であった。長袖のやや緩めの白のカットソー、身体にぴったりフィットするスリムな黒のジーンズを履いて小さめの黒いチェーンショルダーバッグを提げていた。あとでそれがセリーヌだということが分かった。

 そして玄関から入るなりフローリングの床に正座して三つ指を付き頭を下げた。「あの!! 楽にしてください…」おもわず恐縮してこんな台詞が口をついた。「キャンディ(源氏名 あたりまえか)です。今日は呼んでいただきありがとうございました。」「こちらこそ よろしくおねがいします」不自然な挨拶の交換になった。

 するといきなりバルコニーの方に視線を向けて「眺めのよさそうなお部屋ですね。外を観ても良いですか?」礼儀正しくお伺いされたので「あっ どうぞ どうぞ」と調子のよい上ずった私の声。彼女は音もなく立ち上がりバルコニー越しに周囲の景色を観ていた。

 「東京タワー みえるんですね ここから…」「そうそう こんな狭い部屋だけどそれだけは自慢なんだ」「午前0時に灯が消えるんですよね パパから聞いたことがあります…」「(ん?)」少しアクセントに違和感があった。しばらくソファに腰かけながらお互いのことを話した。年齢は19だった。

 先ほどの会話の違和感をそれとなく尋ねた。そこでわかったのは彼女の父は英国人で大きな客船の船長であり、母は韓国人ということだった。トリリンガルである。優性遺伝?なのか親の良いところを受け継いでいるらしく、肌は白くスタイルも良く、目が濃いブルーであった。また端正で聡明そうな顔立ちだった。一言で言えば美人さんのお嬢さんであった。このような場合に相手を褒めるのは礼儀として当然であるが、お世辞ではなく少なからず感動していた。

 そしてまた一つ余計なことを聞いてしまった。遊び慣れている男性ならタブーに近い、少なくとも初対面ではNG質問であった。「どうしてこの仕事をしているの?」敢えて「こんな」ではなく「この」と言って気を使ったつもりなのだが…。彼女はそれに対して咎める風でもなく「そうね たまに訊かれるわね…」とうつむきながら答えた。(つづく)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?