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ドサクサ日記 11/13-19 2023

13日。
日頃から何らかの配達員のような格好をしているので、近隣の住民からも何らかの配達員だと思われている節がある。以前にまったく知らないし付き合いもない家の前を通りかかった際、玄関先にふらっと現れたマダムから「ヤマトさん、もうひとつ荷物持っていってくれないかしら?」と声をかけられた。自分のどこを見回しても、ヤマト運輸を思わせるものは身につけていなかった。にも関わらず、だ。

14日。
都内のスタジオでプロデュース仕事。音楽の仕事をしていると、自分が知っていることややっていることをブラックボックスに入れたくなる。私なりのコツが感覚的なものではなく、言語として体系的に説明できる、つまり他人でも再現性がある場合には特に。そういうことを知るためにかかった費用や労力なども考えてしまう。しかし、利己的な感じで自分の懐に情報を隠し持って、それを自分の先進性だと考えるのはさもしい。同じ条件でも自分らしい仕事として違いを見せられるのが技術なのだから。なので、自分の知ってること、やっていることは何でも教える。伝える。文化というのはそうしたパスで成り立っていると思う。しかし、パスされたことを使うか使わないかは受け取った側の話だと思う。納得できないことは飲み込む必要はない。そういうフェアな態度で行っているのは現場の空気の整体かも。

15日。
SNSにまつわるニュースを読んでいると、いっそインターネットごとなくなってしまえと思う。しかし、それは早計で、この発明がなかったら社会は更なる地獄だっただろう。経済的な意味でも、情報や機会という視点からも、ネットが開拓したり平したりした功績は大きい。しかし、使ってる我々の文学的な愚かさがそこに押し寄せてしまって、あるいは元来の醜さが露わになって、対応に苦労している。

16日。
ブロードキャストの吉村君のラジオに出演。芸人は競争が激してく大変そうだなといつも思う。大きなマネージメント会社のなかで「推し」みたいな存在に選ばれなければ、そもそもクライアントに売り込んでもらえないのではないかと想像する。まわりはお笑いの天才だらけだろう。面白さだけでなく運も必要な世界でしぶとく続ける根性。配信を観ている人が少なくても手を抜かず、全力でバス村をやっている彼は素敵だなと思う。徒手空拳っぷりが潔いを通り越して一旦悲しみに辿り着き、底を打って戻ってきてウケる、みたいな複雑な回路を経て笑ってしまう。バス村が全国区でバズる日が来たら嬉しい。奇跡かもしれないが、それを観たいと思う。相方の房野君は歴史の本の出版で成功しているように見える。そういうのもあって、世界で最も心配なコメディアンのひとりでもある。バス村を応援している。

17日。
19歳のときに買ったギターを使おうとスタジオに取りに行き、持ち運んでいたところ電車のなかに忘れてしまった。うっかりが服を着て歩いているような人間だと自覚しているが、さすがに凹んだし腹が立った。駅員さんに事情を説明するも、時間も遅く対応が難しい様子だった。とりあえず、JRのホームページから忘れ物として登録して返事を待つことに。いろいろな人を巻き込んでしまって申し訳ない。

18日。
早朝に「ありません」的なメールが来ていたが諦めずに再登録。10時過ぎにオペレーターと話している間に「見つかった」というメールを受信。そのまま引き取りの方法を聞いて、立川に到着。委任状を書いて、スタッフにギターを引き取ってきてもらった。自分のお金ではじめて買ったギターだった。そのギターを立川のライブで演奏したいという軽はずみな企てだったのだけど、えらい大事になり、なんとか無事に見つかった。JRを含めいろいろな人の善意に感謝している。当時は大学受験に失敗して、まったく出口の見えない、将来も見えない、特段やりたいこともない、モラトリアムと呼ぶにはあまりに悲惨な時代だった。音楽を見つけなかったら、俺は生き残れなかったと思う。新聞奨学生の友人から何枚かのCDを借りて、俺の人生は変わった。その友人も久しぶりにライブを見に来てくれた。彼が「寂しいから」と誘ってくれて、俺は関東学院大学を受験したのだった。農業系の大学を志望している自分にとっては、名前も知らない学校だった。恩人と呼んだら恥ずかしがるだろうけれど、彼がいなかったら立っていないステージなので、久々に、というか立川に見に来てくれたのは嬉しかった。また立川でライブしたい。

追記。

日記とは関係ないが、日々、パレスチナの情勢を見聞きして落ち込んでいる。イスラエルという国家の成り立ちは複雑だと思う。それを丸ごと問うのは骨が折れる。しかし、友人はこう言っていた。現在に起こっていることは「道徳的には何も複雑ではない」と。ミサイルを病院に打ち込んで子供たちを殺すのは間違っている。市民を殺すのは人の道に反している。
反対しないと、戦争はなくならない。虐殺もなくならない。

俺も一緒に、学ぶところから始めたい。たった今起きていることに比べたら、スピードが遅い。絶望的に遅い。しかし、それでも歩む必要がある。今起きていることに目を凝らし、どんなに遅くても、学ぶしかないと俺は思う。無知と罵られても、恥ずかしくても、そこから始めるしかない。

そして声を上げたい。日々の生活や仕事のあれこれに埋め尽くされた毎日で、ほとんど無力としか呼べない場所からでも、こういう言葉を誰も発しない世界があってはならないと思う。世界はパレスチナを見ている。俺もみている。そしてあなたも。
戦争反対。虐殺反対。
Stop the genocide in Palestine.