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書評的な、あと叙情的な何か

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折に触れて読んだ本の記憶が、私の追憶と共鳴する時、その瞬間が静かな空間であればあるほど、私は「失われた時を求めて」のプルーストとなる。
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少年たちの夏の死「夏の庭」湯本香樹美

少年たちの夏の死「夏の庭」湯本香樹美

私の父は急にこの世から旅立っていった。

当時、私は20代半ばで営業職の仕事をしており、休日にレンタルビデオを借りて家でゆっくり映画に勤しんでいた。

訃報の連絡が母からあったのは正午過ぎの長閑な晴れた際だったと記憶している。

母は、ひどく取り乱していた。

私はそれまで身近な人の「死」というものに立ち会ったことがなく、実際にその瞬間が来るとどんな感情が自分の中に訪れるのかと考えていた。

偶然

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僕たちに必要なもの「おおきな木」

僕たちに必要なもの「おおきな木」

きっと僕たちは戻ってくるだろう。

あの日無邪気に遊んだあの場所に。

忘れていた心のドキドキを思い出して、なぜか悲しくも色褪せないあの日々に想いを馳せて。

僕たちは子供から大人へと成長する。

大人の階段を登っていく。

一歩ずつ。

そしていつの間にか、心も身体も成長し、成人して恋をする。

仕事をする。

結婚する。

子供が生まれる。

そして、若い時分の「若気の至り」が抜けきれぬまま向

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「この夏のこともどうせ忘れる」という絶妙な感覚のハザマで

「この夏のこともどうせ忘れる」という絶妙な感覚のハザマで

深沢仁(ふかざわじん)が築き上げた、いつかの遠い夏の記憶が、僕の心の深奥にも確かに存在し、沈澱していた緑の茶渋が、かき混ぜるとまた絶妙に液体の中に溶けていくように僕の中の「それ」が共振した。

「それ」とはつまり、儚くて、脆くて、それでいて危険な香りのする鋭利で壊れやすい夏の記憶だ。

誰もが感ずるであろう、けたたましいセミの声に魅せられたその記憶を思い出させてくれる作品だと思う。

ポプラ文庫よ

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考えるほど沼にハマる「正欲」の自己矛盾性

考えるほど沼にハマる「正欲」の自己矛盾性

朝井リョウの「正欲」を読了した時、私の中に抱かれた感情というものは、「これはやられたなぁ。。」であった。

誰もが心の奥底の方で微かに思っていたことに違いない。

いわゆる「正しさ」という凶器をこれでもかとこの小説を通して、「矛盾」という形で突きつけられたように感じた。

これは人間の卑しさの抽出であり、炙り出されにくい闇を見事なまでに昇華させた作品だ。

全面オビのコピーには、

と記載されてい

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私小説の文豪:西村賢太「苦役列車」

私小説の文豪:西村賢太「苦役列車」

彼の筆致には底辺の底の底で絶望し切った男の極度の「諦観」という無敵さを感じる。

「無力」は、「無敵さ」と往々にして同義であると考えさせられる。

西村賢太氏の「苦役列車」を読むとそう思わずにはいられない。

私が西村賢太氏を認識したのは、大半の人がそうであるように彼がこの「苦役列車」という私小説で芥川賞を獲得した2011年だった。

当時の記者会見で、「そろそろ風俗に行こうかなと思っていた」と発

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私たちに潜む「傲慢と善良」

私たちに潜む「傲慢と善良」

辻村深月という作家が直木賞作家であり、著書の中にはアニメ化されたり、映画化されたりしているものがあることは知っていた。

しかし、アマノジャクな私は有名作家はみんな読んだことがあるだろうから、もっと掘り出し物作家を読みたいという思考のもと、辻村作品のどの作品も目を通したことはあまりなかった。

”あまりなかった”というのは、唯一「ツナグ」を途中まで読んだことがあったからだ。

知人宅に遊びに行った

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