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アイヌの「しゃべる祭具」イクパスイ

先日、阿寒湖アイヌコタンの民芸品店で買った「イクパスイ」。
イクパスイとは、アイヌ民族神事の際に用いる、木を彫って作られた棒状の祭具であり、「酒を飲む(イク)箸(パスイ)」を意味する。

アイヌ民族の神事では、イクパスイの先端を酒につけ、祭壇に向けて垂らして、カムイに酒を供える。イクパスイの先端は、削られて窪んでおり、そこにわずかに酒を汲むことが出来る。

その窪みの中に、さらに小さな穴のような窪みがある。これは「パルンペ」と呼ばれている。写真では丸に見えるが、やや先端が尖っていて、三角形にも近い。

パルンペは、「舌」という意味だ。イクパスイは、人の願いを神に取り次ぐものであり、その「舌」で、イクパスイが神に願いを語ってくれるのである。また、イクパスイを介して供えた酒は、一滴が一樽となってカムイの元に届けられるという。

神道における御幣にも近い。御幣は、元々神に対する供物の一種だが、神が宿る依代ともされ、祓串のようにお祓いをするための祭具ともなった。

御幣とよく比較されるのは、「イナウ」と呼ばれる、形状や用い方もよく似た木の「削りかけ」であるが、イクパスイもイナウ同様、それ自体「魂」を持つ神聖なものとされる。
また、イクパスイに削りかけが付いた、中間的存在の「キケウシパスイ」というものもある。

イクパスイに汲んだ酒を垂らす対象が、イナウであることも多い。先日、阿寒湖アイヌコタンの劇場「イコロ」でアイヌ古式舞踊を見学した際にも、イクパスイで酒を垂らす様子を再現していた。

イクパスイの表面には、様々な紋様があしらわれる。このイクパスイでは、両端に中程が太くなった線が二本、横に刻まれているが、これは「イトゥクパ」という家紋の一種であり、父から子へ、父系で伝えて行く。

一方、母から娘へ、女系には、貞操帯の形や結び方、紋様などが伝えられ、これもまた家紋の一種としての機能を持っていた。

ただし、イクパスイも地域や部族によって様々だ。紋様が異なるのはもちろんの事、パルンペも表にあったり裏にあったりどちらにもなかったり、イクトゥパも両端にあったり片方にしかなかったり。持ち方や作法なども、様々である。

今回購入したものは、真ん中が空洞になっているが、これなどはイクパスイの中でも珍しい形状と思われる。また、上の写真のように、このイクパスイには裏側には何の紋様も窪みもない。

一口にアイヌ民族といっても、地域によって文化は様々だ。北海道は四国と九州を合わせたよりも広い上に、かつては樺太(サハリン)、千島列島にまで住んでいた(樺太には現在も少数ながら暮らしているらしい)。

特にオホーツク海沿岸部については、現在の極東ロシアから渡来したと思われるオホーツク文化人の影響が考えられ、一般にイメージするよりもはるかに多様性があるのだろう。

今回、イクパスイを購入したのは、奥に向かってどんどん高くなっていくアイヌコタンの、かなり上の方に位置する「オイナ民芸店」である。イクパスイはこの店の店主の手作りであり、アイヌの民芸品の他、和人の家紋(武田菱とか平家の揚羽蝶紋とか)を彫った木の板などがズラリと並んでいる。

店主からも、イクパスイについて様々な興味深い話を聞く事が出来た。そして、イクパスイ自体は、これまで博物館や資料館では何度も見た事があるが、北海道にいくつかあるアイヌコタンの中でも、販売しているのを見たのは始めてなので、

「私なんかは民俗学が好きなので、強く惹かれますが、なかなか買って行く人はいないんじゃないですか」

と聞いたところ、

「いやそうでもない」
と、意外な返事が返って来た。

「マンガで取り上げられると、女の子が買いに来たりするんだよ。今ならゴールデンカムイとか流行ってるでしょう。ちょっと前は、シャーマンキングにも出てきて」

いくらアイヌ民族に関係したものとは言え、私よりずっと年齢が上の、白髪に貫録を感じさせる店主から、こんな単語がスラスラと出て来るのにも面食らったが、こういうものが、そういう「売れ方」をするということに、本当に驚いた。それも、一回きりでなく。

イクパスイで一番面白いと思うのは、「舌」を使って、カムイに人の願いを語ってくれるという点で、「雄弁な神」という別名もあるという。

このイクパスイが、雄弁に言葉を話すさまを想像すると、多分にマンガチックで、ファンタジックだ。漫画によく登場するのも、分かる気がする。

我が家では、このイクパスイを、高い位置に、大事に飾ってあるが、眠っている間に、神界へ飛んで行き、雄弁に物語るさまを想像しながら寝たりしている(笑)

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