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竹林整備13・・鰹節と鰹節削り器を持ち込む

おはようございます。今日もよい一日を。

一日、間をはさんで、また出かけた。高気圧がやってくる!!

(間の一日は、鰹節の買い出し。「親孝行がしたい!!」と乾物屋のお店の人に言って、枕崎の雄節、薩摩節をだしてもらう。)

一番扱いづらい、鰹節削り器が家に一台。あとは、東急ハンズで買ったものとか、たまたまバーゲンで見つけた削り器は、簡単に削れたが・・。ネパールの日本食屋さんにばら撒いてきた。

ザックに、鰹節削り器と、替え刃、木槌、掃除用ブラシ、取説一式をビニール袋にいれて、詰め込むと、結構重い。そうそう、鰹節。

電車は、7時ぐらいに乗り込む。今日も、丸元淑生のシステム料理学の続きを読みながら・・。何々、「貝とレバーは、完全食・・」

貝か、食べなかったなあ。食卓に出すには、砂だしで失敗。シジミは真水で。少しでもガリガリというと、嫌味をいわれた。けど、コンビニおでんのつぶ貝の串は買ったけど、もう見なくなってしまった。シジミ、アサリの味噌汁を作るのも、味噌は赤みそだとか、ダシは、シジミ、アサリからでる出汁を使ってつくるものと、蘊蓄をいわれて。いままで、アサリの味噌汁を作る時、粉末のかつおだしをいれていた。更に貝の酒蒸しができなくなり、知人の家に行ったときも、牛筋の煮こみ、アサリの酒蒸しなど、調味料として、お酒が大量に使われていたので、せっかくの料理も手を付けることができず、私だけ、ご飯をよそおってもらい、牛筋の煮汁をかけてもらったのか、漬物で、食べた苦い記憶。「貝」は、消えた。

原始は、貝塚なるものがあって、貝を食べていたそうだ。

そうか、貝は、「完全食」か・・。

だが、サザエを頂いたときも、焼いたり、お造りにしたじゃないか。アワビだって、貝。(これは、魚屋さんで、お造りにしてもらった)

しかし、アサリは、オチビのとき、潮干狩りに家族の行楽として行っていたけど、結婚してからは、そういうことなかったなあ。オチビの時の方が、貝をやたら食べていた。大きい貝の焼いたものとか。

一人様になってからは、ムール貝の苔か、海藻がいっぱいついたのを、一個ずつスチールタワシでこすり落として、パスタにして食べた。それっきり。

そんなことを、考えながら、オババの家へ。天気、快晴!!
だけど、時間がはやかったので、寒い。霜柱もできている。

お勝手場から、あがろうとしたけど、鍵が。
玄関から、ピンポーンと何度押しても、来る様子なし。仕方がないから、霜柱を踏んでいたら、オババがやってくる気配が。

「玄関あいとるのに・・」(古い作りなので、引き戸がやや重いだけだった。)

「今日は、病院行く日やで・・」とよそ行きの格好をしている。

9時になったら、姉ちゃんのお迎えがあり、車で病院へ行く予定。

その少しの時間に、鰹節と鰹節削り器をだして見せる。

オババがいつものガサっという手つきで、鰹節削り器をだす。

「なんちゅう、立派な・・」

「カンナの調整がうまくいかんところやわ・・」

乾物屋さんで手に入れた鰹節をだして。

「雄節やわ・・」「こっちが頭で、こっちが尻尾」

短い時間で、渾身の親孝行を見せようと、ハサミをもってきて、開封し、ペーパータオルで、カビを拭く。

「少し濡れたふきんで、湿らかすといいよ・・」

の言葉も無視して、頭であろうほうから、削りだす。その前に、取説を読みながら、木槌でたたいて、調整。(まだ、うまくいかず)

カンナの向きを変えて、削りだす。最初は、粉ばかりは覚悟の上。

「どうや、かしてみろ!!昔とった杵柄・・」

でも、使わせずに、そのままギコギコと、鰹節をけずる。

そのうち、姉ちゃんのお迎えがきて、病院へオババがでかける。

「ストーブの石油いれといてね・・もう少しやで!」

と、言われても、鰹節を削り続ける。途中、カンナの向きが反対であったことに気づく。

ひと段落、飽きたところで、手をとめ、オババの台所の引き出しをあけて、タッパーの適当なものは・・。一つ見つけて、姉ちゃんに今まで削った成果を食べてもらおうと、鰹節、ほとんど粉だけど、丁寧に移し替えた。

ストーブの火を消して、石油タンクをもって、外に出て、石油をいれようとしたところで、オババたちが帰ってきた。

石油を手押しポンプで、入れるのも久々やなあと。オババが「電池式のものは、具合が悪いで、手押しやわ・・これも調子わるいわ・・どうや、かしてみろ・・」と。

なんか、懐かしかった。ポンプの上のつまみがねじ込み式になっていて、入れるときは、つまみをねじり、フタをして、プッシュプッシュと押す。タンクに石油が入っていく。その前に、タンクの蓋が、今はボタンを押すだけで開くようになっていた。オババから教えられてセーフだった。

オババが、プッシュプッシュとポンプを押して、何やら話しかけてきても、目盛りのところに目が集中。あふれだすのが怖いから。

「ちゃんと見とる?目盛り・・」「見とるよ・・」「もうそろそろええとちゃうか?」と、ポンプのつまみのネジを緩めて、石油が入ったところで、カチャンと蓋を閉める。

「鰹節に石油の匂いがうつるといかんで、石油入れは、後(今)にした」

姉ちゃんに、例のタッパーを渡そうとすると、オババが「見せてくれ・・」とタッパーを開けようとしたが、指先の力加減の仕方が加齢とともに、ゾンザイになって、思いきっり、開けてぶちまけてしまうのが関の山で。やめさせ、姉ちゃんに渡して、開けてもらって、匂いをかがせる。

姉ちゃんは、「いい匂い・・」オババは、納得いかず、「昔とちがう・・」

「削りはじめやで、しょーない」と私。

姉ちゃんが行ってから、オババに削らせる。他人からみたら、危なっかしくみえても、やっている本人は気づかないものだ。お互いさまだわなあと。

「やっぱり、濡れふきんで、湿り気を与えてやってからのほうがええ・・」

と言われても、色々な説があって、そのまま、オババのお昼用に少し削ってやる。小皿にもって、そのまま。(粉状態)

それから、日に当たるために外に出て、庭木観察。ナンテンの剪定を少しと、柿の木の枯れ枝が引っかかっていたので、その片づけ。

私の聖域。裏庭にはいる。焼き場あたりで、柿の木の枯れ木を片づけやすいように、ノコをだして、切っていた。

オババが現れて、草取りをし始めた。「ビワの木を剪定してほしい・・高いところは、鳥が食べてしまうし、手が届かんで・・」と。

私、ノコをもって、ビワの木の徒長枝らしきものを次々と剪定。

オババ、草むしりをしながら、昔話。

「うちは、貧乏やったで、ひどいこと言われたわ・・頭数が多いから、「あんたとこ、寝る場所あるの?」とか・・」(昔は、曽おじいさん、おばあさん、オヤジ+オババ+姉ちゃん+私、叔父二人もいた(独身だったころ))計8人家族。

「『おやつに、鰹節なんて!!』と言われたこともある・・」とか。
「あれは、サバ節の削り節の入った袋の底が丁度握らせるのによかったんで、たまたまやわ・・」

私の記憶は、干しブドウをやたら好んで食べていた。新聞紙に砂糖を入れてもらって、ペロペロ舐めていたし、ジャコや、鰹節かサバ節の粉をペロペロも。鶏のとさかかと、思っていた、昔の赤い色したクジラのベーコンの細く切ったものとか。冬になれば、板状の酒粕を焼いてもらって、醤油を付けたものとか。別に恥ずかしいとか、貧しいと思ったこともない。

小泉武夫先生の本を読んだり、話を聴けば、健康的なおやつを与えられていたようだった。

オババと作業をしながらの、昔話は、ふ~んというものばかり。

鰹節から、色々と、昔の藁ぶき屋根だった時代の古い家の間取りとか、どこに五右衛門風呂があって、竈があって、思い出されてくる。浦島太郎の玉手箱の紐を解くかのように・・。

そういえば、農繁期の時のおやつが一番だったなあと。親戚中が手伝いにくるから、おやつは、あるもので、なんとか工夫した形跡を思い出す。

昔は、ホットケーキミックスはなかったので、小麦粉と卵と砂糖だけで、ホットケーキもどきを焼いてくれたような。裏面は、真っ黒に焦げていたけど、それが懐かしくてたまらない。お饅頭も、不細工だけど、大き目の鉢に蒸かして、詰め込んでいた。(その御鉢が、池の近くに置いてある。その鉢を見る度、あの時のお饅頭を思い出す。

缶に入った、ビスケットとか。普段口にできないものが、現れるので、子供心になぜだか、農繁期は、ワイワイ、賑やかで好きだった記憶だ。
(嫁としてのオババは、気使いが大変だったと思う。農作業の合間のお昼ご飯の仕度。だから、お昼の12時のチャイムの音には敏感なのだ。チャイムが鳴る前に田んぼから離れ、台所に立つことと、叩きつけられていた。)


帰り際、時間がある限り、今度は、ペーパータオルを濡らしてしぼったもので、鰹節を拭いては、削り直した。

オババ、「やっと、香りがするね・・」と。

「なんか入れ物はない?」オババ、味噌が入っていた小さめのプラスティックの容器を。サランラップをひいて、削った鰹節をいれて、サランラップで茶巾包みにして、容器の蓋をかぶせる。

初めて聞いた言葉、「あんたが来てくれるだけでも、親孝行と思っとる・・」

なにか、じんわり来た。

帰りの電車では、丸元淑生のシステム料理学の本のレバー料理のページを読みながらで。夫は、焼肉屋さんで、必ずレバーを頼み、あんときの焼き過ぎず、生焼け過ぎずに焼いてもらった、レバーを噛みしめて、肉汁がジワッーとでできたときの感覚を、舌が覚えていて、肉汁か・・・と。ため息。

やはり、鰹節削り器がないと、まるで主がいないような感覚で、なにか寂しく感じた。鰹節シンドロームか。これも、自力で立ち直っていくしかないんだよな。道具は、使ってこそ、活きるわけだから。


追記:手作りのバレンタインチョコをいただく。
姉ちゃん製のチョコから、口にした。見た目は、豆煎餅のような、隙間にマシュマロがはいって、シリアル系も入っていた。
何かの味とソックリ。「一本満足シリアルチョコ」の味に似ている。
あれ!意外とおいしい。ボロボロと落ちるが、チョコバーより食べやすい。

姪っこの手作りチョコは、日を変えていただく。クッキー生地のカップにチョコにくるみとマシュマロがのっている。感慨深い。チョコづくりをするようになったんだ。

で、早速メールを打つ。姉ちゃんチョコ気に入ったと。もしまた、つくったなら、108円で、買います。温かくなると、溶けやすくなるが、涼しいところにおいておけば、行動食、非常食にいいかも・・










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