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潰瘍性大腸炎、クローン病(IBD)に対する食事・栄養の基礎

執筆: 宮﨑 拓郎(公衆衛生学修士(栄養科学)、米国栄養士会所属米国登録栄養士)
監修: 堀田 伸勝(消化器専門医・医学博士)

こんにちは、米国登録栄養士の宮﨑です。今回は、国内指定難病最大級の患者数となる潰瘍性大腸炎、クローン病などの炎症性腸疾患(Inflamatory Bowel Disease:IBD)に対する食事・栄養を考える上で大切なポイントについて紹介いたします。

IBDにおける食事を考える上でのポイント

IBDの診断を受けて間もない頃に、何を食べて良いかわからず困った経験をされた患者さんは多いのではと思います。

主治医の先生から具体的な食事に関する指導はないことも多いと思います。

さらにウェブで調べても様々な情報が飛び交っているといったコメントを私も多くの患者さんから聞いてきました。ある人はラーメンを食べて良いと言っているけど、ある人はラーメンを食べていないといった具合です。

ではなぜIBDの食事については患者さんや先生によって異なる情報が発信されているのでしょうか?

これには様々な要因が影響を与えていると思いますが、最も大きな原因は、IBDで推奨される食事が患者さんの状況によって異なることだと思います。

本記事ではこの点を深掘りしていきたいと思います。

IBDと食事を考える上で、どのような点に注意すべきなのでしょうか?アメリカの消化器専門登録栄養士がよく参考にしている文献(1)では、IBDの食事管理に関しては、以下の点を検討すべきと提案されています。

 (1)病期・病状(寛解期/活動期、クローン病/潰瘍性大腸炎)

 (2)栄養状態

 (3)消化器症状

では、この3点について、もう少し詳しくみていきましょう。

(1)病期・病状

IBDは、活動期(炎症などが起こり症状が悪化する時期)と寛解期(症状が安定している時期)を繰り返す疾患で、その病期によって推奨される食事内容が異なります。

活動期では、寛解導入を目標とした消化管の負担の少ない食事が推奨され、寛解期には寛解維持および消化器症状のコントロールを目標とした食事内容が重要となります。

例えば、活動期では消化管の炎症によってたんぱく質の消費が亢進するため、より多くのたんぱく質が必要となることがあります。

また、脂質や食物繊維は消化に時間がかかり、消化されずに残った脂質・食物繊維は、消化管の動きで押し出す必要があるために、消化管の動きが活発になります。よって活動期では、消化管の負担をできる限り抑えるために、脂質や食物繊維の摂取を制限をすることが一般的です。

一方、寛解期では、炎症が落ち着いているため、栄養素の必要量は健常な人と同程度になることが多いです。この時期には、栄養バランスの良い食事を意識しつつ消化器症状をコントロールするための食事が重要になります。

活動期・寛解期別のエネルギー・各栄養素の必要量

さらに、クローン病と潰瘍性大腸炎で、食事療法・栄養療法に関する科学的エビデンスが異なります。例えば、クローン病では経腸栄養療法が推奨されていますが、潰瘍性大腸炎では経腸栄養療法は推奨されていません。

また、プロバイオティクスは潰瘍性大腸炎に対しては有効ですが、クローン病にはあまり効かないことが分かっています。

このように病期・病状により推奨される食事・栄養療法が異なります。

(2)栄養状態

消化管の炎症による消化吸収不良や食事制限によって、IBDでは栄養不良のリスクが高くなります。どの栄養素が不足しているのか、もしくは摂取しすぎているのかによって、推奨される食事内容や必要となるサプリメント等が異なってきます。

IBDでは、炎症の落ち着いている寛解期でも、自主的に食事制限を行なっている患者さんが多く、ビタミンやミネラルなどの微量栄養素が不足している患者さんが多いと言われています。

例えば、韓国で行われたIBD患者さんの各栄養素の摂取量を比較した試験では、食事制限をしている患者さんでは、制限していない患者さんと比べ、栄養不良の割合が高く、特にビタミン、ミネラルなどが不足していたことが確認されています。(2) 

IBDでは乳製品を制限している患者さんが多く、カルシウム不足により骨粗しょう症のリスクが高いことも報告されています。(1)

栄養状態を良くすることは、生活の質(QOL)の改善に繋がるため、栄養素が不足しないように注意しましょう。

(3)消化器症状

IBD患者さんのうち約1/3の方は、寛解期で炎症が落ち着いているにもかかわらず腹痛・下痢等の消化器症状を有していると言われています。(3), (4) 腹痛や下痢等はIBD患者さんの悩みの種の一つであり、生活の質(QOL)の低下につながります。

さらに、患者さんによっては、狭窄や脂質の消化不良をきたす可能性があり、これらの状況に応じた食事が必要となるケースがあります。(1)

これらの消化器症状については、低FODMAP食などの食事療法を行うことで、コントロールすることができることが様々な研究で示されてきており、今後のIBDの食事療法として注目されています。


まとめ

以上、IBDにおける食事内容の概要について紹介させていただきました。

IBDの食事管理では、万人に当てはまる単一的なガイドラインは存在せず、個々の患者さんの状況によって適切な食事が異なるため、その状況に合わせた食事内容にする必要があります。

過度な食事制限は、ストレスの原因になり栄養状態やQOLの低下につながります。

IBDだから、これはダメ、あれはダメというものはなく、主治医の先生と相談しながら食事全体のバランスに気をつければ、症状が落ち着いている時期は健康な人と同様の生活を送ることができることもあると思います。

また潰瘍性大腸炎・クローン病患者さんとご家族向けのオンラインコミュニティ「Gコミュニティ」でも食事に関する情報を発信しています。匿名・無料で登録可能で登録者数は2000名を超えました。ご興味ある方はぜひチェックください。


執筆者プロフィール
宮﨑拓郎 (米国登録栄養士、公衆衛士学修士)
Academy of Nutrition and Dietetics (米国栄養士会)所属 Registered Dietitian (登録栄養士)。アメリカミシガン大学公衆衛生学修士(栄養科学)終了。大学病院等での勤務を経て米国登録栄養士取得。同大学病院消化器内科で低FODMAP食の研究に従事。帰国後コロンビア大学監修クリニックなどで保険適応外栄養プログラム立ち上げ、食事指導などに従事。講談社より「潰瘍性大腸炎とクローン病の栄養管理 IBDにおける栄養学の科学的根拠と実践法」「潰瘍性大腸炎・クローン病の今すぐ使える安心レシピ 科学的根拠にもとづく、症状に応じた食事と栄養」を共著にて出版。

参考文献

  1. Halmos EP, Gibson PR. Dietary management of IBD—insights and advice. Nat Rev Gastroenterol Hepatol.12(3):133-146, 2015.

  2. Lim H-S, Kim S-K, Hong S-J. Food Elimination Diet and Nutritional Deficiency in Patients with Inflammatory Bowel Disease. Clin Nutr Res.7(1):48, 2018. 

  3. Farrokhyar, F., Marshall, J. K. Easterbrook, B. & Irvine, E. J. Functional gastrointestinal disorders and mood disorders in patients with inactive inflammatory bowel disease: Prevalence and impact on health. Inflamm Bowel Dis. 12, 38-46, 2006.

  4. Simrén, M. et al. 0Quality of life in inflammatory bowel disease in remission: the impact of IBS-like symptoms and associated psychological factors. Am J Gastroenterol. 97, 389-396, 2002.